第4章54幕 散歩<going for a walk>

 「ではこちらへどうぞ!」

 パフェに案内された席に着きます。

 「ご注文お決まりになりましたらそちらのベルでお知らせください! 失礼します!」

 そう言っていなくなるパフェを見つつ、メニューを開きます。

 「私は決まっているので好きなもの選んでいいですよ」

 アンナはすでに何を注文するか決めているようなので、私もとりあえず何か注文しておきます。ビールでいいですかね。

 「じゃぁビールにします」

 私がそう言うと、アンナがポーンとベルを鳴らします。

 「お伺いします!」

 すぐに飛んできたパフェにアンナが注文します。

 「カルーア・ミルクとナッツの盛り合わせを。あとビールお願いします」

 「かしこまりましたー!」

 注文を取ったパフェがバタバタと階段を駆け下りていきます。

 カルーア・ミルクとか女子力の極み。っていうかこの世界にカルーア・ミルクあるんですね。やっぱり製作者がお酒とギャンブル好きっていう説は濃厚なんですかね。

 「すいません。子供っぽいお酒で」

 「いいんですよ。私こそおじさん臭い注文ですいません」

 「いえいえ」

 そうアンナと会話をしているとすぐにお酒とナッツの盛り合わせが運ばれてきます。

 「こちらご注文の品です! 何かありましたらまたベルでお知らせください!」

 「はい」

 「ところでチェリーさん。ハンナとカンナはまじめにやっていましたか?」

 「はい。とてもまじめにやってくれていますよ。大変な深夜帯の勤務を頼んでしまって申し訳ないです」

 「いいんですよ。あの子たちは元々夜型ですから。聞いていた話だと、『ディレミアン』のお店が無くなって」

 「そうです。なのでそちらの店主さんにこちらのお店のレストラン部門を任せることにしまして。その時、本店の人手不足を伝えたところ選ばれたのが彼女たちだった、というわけです」

 「運がよかったと思います。カンナなんてすごく癖があるでしょう? お店が心配になります」

 「大丈夫ですよ。そのあたりはハンナがすごくよくコントロールしてくれています」

 「妹がアレだからか、立派に育ってくれました」

 「否定できません」

 あはは、と二人で笑いながらお酒を飲み、談笑を続けます。

 「アンナさんはどうしてこちらでお仕事を?」

 「私の場合はあの子たちと違ってたんですよ。『エレメンティアーナ』出身の人は皆軍に入るか、本都市で仕事をするかのどっちかですから」

 「というとハンナとカンナは?」

 「あの子たちは上手く逃げ出したんです。二人とも軍に入る事になっていたんですが、馬車から上手く逃げられたんですよ」

 あの子たちは精霊魔法の天才でしたから、とつけ加えて、アンナはカルーア・ミルクをちびちびと飲んでいます。

 「そうだったんですか」

 「はい。それで商人の荷馬車に乗せてもらってたどり着いた先が『ディレミアン』だったと聞いています」

 「へぇ。じゃぁほんとに運命だったのかもしれませんね」

 「そうですね。あっ飲み物追加しますか?」

 「そうします」

 宿屋で働いているからかこちらの様子にいち早く気付いてそう言ってくれました。

 追加でビールを注文した私はアンナの話に耳を傾け、時折こちらの話をして楽しいひと時を過ごします。


 「あっ。もうこんな時間ですね。そろそろ帰らないと」

 「遅くまでごめんなさい」

 そう言ったアンナに遅くまで付き合わせてしまった謝罪をします。

 「大丈夫ですよ。私一人の時でもいつもこの時間まではいますから」

 「そう言ってもらえると助かります。こちらは私がお支払いしますよ」

 「いえ。悪いですよ」

 「たまにはいいじゃないですか。ハンナとカンナには助けられていますから」

 そう言って納得させ、支払いは私持ちになりました。正直なところNPCに奢ってもらうのは少し気が引けるんです。私達はモンスターを遊びで倒して換金したりできますが、NPCはそう簡単に稼げませんから。でもダーロンには今度絶対奢らせます。


 支払いを終えた私は、バーの前で待っていたアンナと合流します。

 「すいません。ごちそうさまです」

 「気にしなくていいですよ。家まで送ります」

 「そんな! 悪いですよ!」

 アンナは両手を前に突き出し首と一緒にぶんぶん振っています。

 「遅い時間に女性一人で返すわけにはいきませんから」

 あー。イケメンに生まれてたらこれでイチコロでしたね。サツキならたぶんそのまま家に上がり込めそうです。

 「じゃ、じゃぁお願いします」

 「はい」


 目と鼻の先にあるアンナの家まで夜風を浴びながら歩きます。

 「この時間が好きなんです。仕事終わりにバーで少し飲んで、涼しい夜風を全身で浴びながら帰るこの時間が」

 「よく、わかります」

 夜風が火照った身体には心地よく、心が洗われていきます。

 「少し散歩しませんか?」

 アンナがそう提案してきます。

 「いいですね」

 私がそう返事をするとアンナはクルッと方向転換し、王城の方へ歩き出していきました。


 「私はこの都市が好きになれませんでした」

 ポツリと呟くアンナの顔は暗くてよくわかりませんでしたが、声音はとても寂しそうでした。

 「どうしてですか?」

 「規則。ルール。そして習慣。そう言ったものに雁字搦めなんですよ。だから息苦しくて」

 あっ。少しわかります。

 「あの子たちが羨ましかった。自分たちの力で逃げ出して。今は幸せそうにしていると聞いて。あの子たち……」

 「ハンナとカンナが?」

 「『エレスティアーナ』にいるとき感情を表に出さず、ほとんど笑わなかったんですよ」

 「えっ?」

 確かに『セーラム』に来てからしか知りませんが、あまり笑った事は見たことありませんでした。しかし、感情を表に出さないというよりは、思いっきり前面に出すタイプだと思っていました。

 「変わったのは私達の運命から逃げ出せたからかなって」

 「そうなのかもしれないですね。なら……」

 うちに来ますか?

 私はそう言おうと思いました。

 「いえ。大丈夫です。今はこの都市が好きになりましたから」

 いう前に、アンナが返事をくれます。

 「そうですか。もし、もしつらくなって逃げ出したくなったら言ってください」

 「ええ。でもそんな日は来ないことを願います」

 「そうですね」

 二人で顔を見合わせながら笑い合いました。


 「今日はありがとうございました。色々聞けてうれしかったです」

 アンナを家の前まで送るとそう言いました。

 「私も楽しかったです。また話しましょう」

 「はい。是非。ではおやすみなさい」

 「おやすみなさい」

 ゆっくりと閉められる扉を見つめ、私は宿屋へ戻る道を歩き始めます。


 「みてたぞー!」

 「うあわっ!」

 後ろから突然声をかけられ私は飛び跳ねます。

 「やっ」

 エルマが右手を挙げて挨拶してきます。

 「びっくりさせないでよ!」

 まだバクバク言っている心臓を落ち着けつつ、エルマに抗議します。

 「だってチェリー宿屋からすぐ出てくんだもん。誰と密会してるのか気になるじゃん?」

 「密会じゃないよ。たまたま部屋に戻ろうと思ったらアンナにあっただけだって」

 「ふーん? そう言うことにしておいてあげよう。あー。妹が夜な夜な出歩くのを見てしまう姉の気持ちが少しわかった」

 「エルマは断じて姉ではない」

 私が少し強めに言うとエルマは泣き出しそうな演技をしながらこう返してきます。

 「だって妹が欲しかったんだよぅ!」

 「マオとかおすすめ」

 なので私はこう返しました。

 「マオか。あの子落ち着いてるから私が妹になっちゃうじゃん」

 「その通り。うちらで兄弟姉妹を考えると」

 「サツキがお父さんであたし長女、二女がマオで三女がチェリー。んで長男がステイシー」

 「お母さんは?」

 「サツキ?」

 「サツキ一人二役かよ」

 「まぁ細かいことはいいじゃん。どんな話をしてたの?」

 話を強引に戻したエルマにダイジェストで伝えます。

 「へぇ。そうだったんだ。結構古風な都市なんだね」

 「意外……でもないかな。本都市と『サンデミリオン』以外はどこもそんな感じだったよ」

 「そっか。とりあえず飲み行く?」

 「行かないよ。飲んできたばっかりだよ」

 「ちぇー。よしじゃぁ宿屋に行って寝よっかな」

 「そうだね。少し明日早めにログインしたいし」

 「うおおう! チェリーが早起き宣言!」

 「だってデュレアルさんのお店開くの11時でしょ? それまでに起きなきゃ」

 「あっ。うん。なんでもない。帰ろ」

 「ん? うん」

 先ほどまでいなかったエルマを連れ私は宿屋の部屋に帰り、ログアウトして眠りにつきました。

                                      to be continued...

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