第4章31幕 訓練<drill>

 「お待ちしておりました」

 先ほどに比べ、トーンの落ちたシャンプーの声が訓練場に響きます。

 「では御指南頂こう」

 そう言ってサツキは自分の魔銃を取り出し、構えます。

 「結界は張ってありますので存分に」

 「そう言うことなら早速行かせていただこう」

 サツキが右方向に走り出し、両手の魔銃から玉を発射します。

 シャンプーを見開いた目でそれを見極め、魔銃の側面で玉を弾きます。

 「精度はいいですね」

 そう言ったシャンプーがサツキとの距離を一気に詰めます。

 「くっ!」

 サツキは後方にステップし、躱そうとしますが、それでもシャンプーの間合いからは抜け出せず、魔銃の側面で頭部を殴られます。

 「!?」

 驚くサツキの顔が見え、次の瞬間サツキは結界の壁にぶつかり、魔銃を手から落とし座り込んでいました。

 「魔銃格闘技≪銃衝術≫です。魔力がたくさん蓄積されている魔銃です。これで近接格闘するのも手です」

 「恐れ入ったよ。ワタシが探していた戦闘スタイルそのものだ」

 「誰しも魔銃を手にするものなら、一度は夢見る戦い方です。どうでしょう。≪銃衝術≫。覚える気はありますか」

 「無論だ。必ず貴女の技を受け継ぎ、伝承するとこの魔銃に誓おう」

 「ありがとうございます」

 同じ魔銃使いということで何か通じ合ったんですかね。

 「まずは前段階の≪銃格闘≫を覚えていただきます」

 「それはどうすればいいんだい?」

 「魔銃で格闘をこなせば【銃格闘士】が手に入りますのでしばらくは組手ですね」

 「なるほど。ではしばらく組手にお付き合い頂けますか?」

 「いえ。私はまだ秘伝の詰めがありますので、それで魔法戦闘に優れた方も募集していたのです」

 「そうか。なら……すまないがチェリー相手を頼めるか?」

 秘伝の実験台にされるくらいならサツキに殴られた方がまし、という思考を一瞬のうちに完遂し、私は返事をします。

 「いいよ」

 「迷惑をかけるね」

 「大丈夫」

 「ではそちらの奥半分をお使いください。ところで魔法戦闘に優れた方はどなたですか?」

 「あぁ。そこにいる男の子さ」

 「あぁ。男性だったのですか」

 「そうだよー。僕そこまで優れていないけど大丈夫ー?」

 「大丈夫です。障壁を10枚程度張れて、破られた障壁を即時修復させられる程度の技量でさえあれば問題ありません」

 「ちょっとまってー。それ普通に僕でも厳しいー」

 「では貴方も訓練になりますね。こちらへいらしてください」

 「うえー」

 とぼとぼとシャンプーの後に続くステイシーを見送り、私とサツキは奥のスペースへ向かいます。

 「あたしはこっちのほうが面白そうだからこっち!」

 エルマはこちらの見学を、愛猫姫もこちらの隅で本を読むことにしたみたいですね。

 「では準備ができたら言ってくれ」

 「格闘だよね? 装備変えるね」

 私はサツキにそう伝え、短剣と短刀を装備します。あとついでに【春野】も。

 まずは距離が開いてると思うので【春野】を使っていきましょうか。

 「いいよ」

 「おや。片手は銃だね。これは興味がわいてきた」

 「それほどのものじゃないよ」

 「じゃぁ行くよっ!」

 言いきり、こちらに走り出してくるサツキの腹部を狙って私はスキルを発動します。

 「≪マテリアル・シュート≫」

 「甘いっ!」

 先ほどシャンプーがやったようにサツキは魔銃で腹部をガードします。

 うん。そうでしょうね。

 一瞬目線がそれた瞬間を見計らい、銃を短刀に持ち替え、スキルを発動します。

 「≪静かなる殺戮≫」

 【暗殺者】時代に愛用していたこのスキルはやはり汎用性が高いですね。

 近接戦闘において、10秒間未発見状態になれるのは大きなアドバンテージです。

 視界から敵が消えたら背後を守れ。

 この鉄則をVRでもサツキは実践し、即座に右手の魔銃を逆手に持ち替え、後方に向かって撃ち始めます。

 「≪スプラッシュ・ショット≫」

 ですが私はサツキの正面から攻めます。

 「フッ」

 そう息を吐きながら、左手の短剣でサツキを一閃します。

 私はサツキを両断する未来が見えました。

 しかし、それは幻想で、実際はサツキが左手に持っていた魔銃で私の短刀を防ぎ切り、後方に向いていたはずの右手の魔銃で私の頭部を打ち抜きました。

 

 「流石、だね」

 一瞬のデスエフェクトから戻った私は、サツキの機転の良さを素直にすごいと感じ、褒めます。

 「いいや。今のはまぐれだ。たまたま発動していた≪動体感知≫が後方ではなく前方に反応したから、苦し紛れで前にガードしただけさ」

 「それにしては完ぺきに抑え込んでたよね?」

 「あぁ。それはその武器に精霊が宿っているからだと思うよ。ワタシは【称号】のせいか非常に精霊に敏感になっているらしい」

 「あぁ。だからか」

 「でも実のところ本当に危うい綱渡りだったね。もう二度とごめんだよ」

 サツキは両手を肩の高さまで持ち上げ、やれやれ、といった様子を表現しています。

 「【称号】はとれた?」

 隣から聞こえてくる爆音を意識から切り離しサツキに問います。

 「いや。【称号】はまだだね。如何せん今のは魔銃の本来の戦い方でしかないからね」

 「言われてみれば」

 「次は玉を発射しないで近接格闘だけをしようと思う」

 「そうだね」

 「ねーねー。気になってたこと聞いてもいい?」

 「ん? なんだい?」

 エルマがそうサツキか私かに質問してきます。

 「銃の時は弾じゃん? なんで魔銃の時は玉なんだろうね」

 「あぁ。それは簡単だよ。弾は銃弾。つまりもともと弾の形をしているものを銃から飛ばすんだ。それに比べて魔銃は形のないものを銃口部分で玉の形にして飛ばすものだから、玉と言っているんだと思うよ。チャットをめっきりしなくなってから気にもしていなかったね」

 「ふーん。よくわからない!」

 「まぁ必要な知識ではないだろうね。じゃぁ気を取り直してもう一度行くよ」

 「おいで」

 私も今回はスキルを用いず、正面からサツキの魔銃による格闘を受け止めようと気合を入れます。

 

 距離を詰めてきたサツキが、右手の魔銃を振りかぶり、側面で殴りかかってきます。

 それを左手の短刀の側面で受け、外側に逃がします。

 間髪入れずに、サツキの左手に握られている魔銃が下から跳ね上がってきたのでそちらは足で止めます。

 「下からの攻撃は読まれたら簡単に止められてしまうね」

 そう言って数歩後ろにステップして下がったサツキに対し、私は追撃の姿勢を取ります。

 二歩踏み込み、右手の短刀を投げつけます。

 「なっ!」

 投げつけられた短刀を左手の魔銃で弾き、さらに驚愕の表情を浮かべます。

 私は短刀を投げた直後、腰に刺さった【神器 チャンドラハース】を抜き、リーチの長いこの武器で胴を横なぎに切り裂いたのです。

 

 「一勝一敗だね」

 エルマがにこやかに言います。

 「いや別に勝負してるわけじゃないから」

 「驚いた。腰の剣は飾りじゃなかったんだね」

 「特殊装備品だから、両手に装備してても使える優れもの」

 「アクセサリーなんだと勝手に思い込んでいたよ。敗因はそれだね」

 「別に勝負してるわけじゃないから。というか多分サツキと本気で勝負したら一度も勝てないと思う」

 「まぁ。そこは相性だろうね。ワタシもエルマと戦ったら絶対に勝てない自信があるよ」

 「試してみなきゃわからないよー?」

 エルマはにこにこと笑みを作りながら返しています。

 「もっと格闘っぽくしないと手に入らないのかな?」

 「そうかもしれない。ハイレベルな近接戦闘より、型にはめたような戦いがいいのかもしれないね」

 「それなら私より、エルマのほうがいいんじゃないかな?」

 「んー? いいよ!」

 すくっと立ち上がり、エルマは準備運動を始めます。

 「ちょっと準備に時間貰ってもいいかな?」

 「構わないよ」

 「ありがとう。結界もあるし、試してみたい事があったんだよね」

 そう言ったエルマが精霊を数種類呼び出します。

 「すごいね。複数の属性の精霊を同時に使役できるようになったんだ」

 私は、驚愕をエルマに伝えます。

 「それだけじゃ……無いよ!」

 そう言ったあとエルマは息を吸い込みます。

 「≪憑依〔マルチ・エレメンタル〕≫」

 数種類、厳密には火、水、風、土の基本属性の四精霊ですが、同時に一つの身体に宿すという荒業を実行しました。

 「エルマ! 大丈夫なの?」

 「のーぷろ。【精霊姫】の【称号】で解除デメリットなしの≪憑依≫ができるようになった。もちろん≪憑依≫中のデメリットは……あるんだけどね」

 そういうエルマの右腕は焼け、左腕は切り傷にあふれ、右足はたくさんの棘が刺さり、左足は血が流れだしていました。

 これはキツイ代償ですね。

 「純粋に格闘戦ならこっちのほうが強いと思ってね」

 そうですが、無茶しすぎな気もします。

 「いくよっ!」

 そう言ってサツキに飛び掛かるエルマの顔は何かを振り切ったような笑みで満たされていました。

                                      to be continued...

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る