第4章22幕 指笛<whistle through hers fingers>
「3時間って待っていると意外と長いものだね」
サツキがそう呟きます。
「そうだね。何かしてるとすぐ経っちゃうんだけど」
「少し時間が空いたようだし、ワタシは一度現実に戻って来るよ」
「なら僕も一度戻ってこようかな」
「私は二人が帰ってきてから行くね。マオはどうする?」
「なら、マオも、一度、帰る、わ」
「エルマは残って。一人じゃ寂しい」
「お姉さんがチェリーを置いていくわけないじゃない。じゃぁいってらっしゃい」
「いってくるー。二人とも気を付けてね」
そう言ってステイシーはログアウトし、続くようにサツキと愛猫姫もログアウトしていきました。
「さて。チェリー」
「分かってるよ」
エルマにそう返した後、私は大声をあげます。
「隠れているのはわかっていますよ。早く出てきてください。交渉には応じます」
すると木の陰から4人5人と姿を現していきます。
「あなた方の目的はなんですか?」
戦闘態勢を取りつつ確認します。
「我々の目標は我が国『ヴァンヘイデン』の情報を『ヨルダン』に持ち込んだスパイとして、指名手配されている外の者、チェリーの観察、及び拘束である」
あー。指名手配かー。
まぁそんな気がしてました。
でも指名手配はされたとは言え、重罪判定は受けてないはずでしょうし。
罪人判定だって、スパイ程度じゃできませんしねー。
もし仮にそうなっていたとしても、『ヴァンヘイデン』所属のプレイヤーまたはNPCに倒されなければ、デスペナルティーの期間延長はないので当面は大丈夫でしょう。この辺にいる人達は『ヴァンヘイデン』所属だとしても、まだその情報を手に入れてないでしょうから。
それはさておき、気に食わないので少し反論しておきましょうか。
「私はスパイではありません。『ヨルダン』に亡命しただけです」
「抜かせ。同様に、ステイシーという輩にも指名手配が出ている。おとなしく降伏しろ」
「エルマ」
私は小声でエルマに言葉を伝えます。
「なんでもいいから気を引いて。できれば私の口元が見えないようにしてほしい」
「了解」
エルマが小さい声で同意したのを聞き、私は魔法の発動準備にかかります。
「ちょっとまって!」
うお。声でか!
「なんだ?」
「チェリーとステイシーが指名手配なのはわかるよ? じゃぁあたしはどうなの!?」
そしてエルマが私の前に立ちます。
うん。身長差がありすぎて口元隠れてないよ。
「貴様は……。そうか。脱獄犯め」
まだ期間終わってないですからね。仕方ありませんね。
「貴様も来てもらうぞ。抵抗はするな。元とは言え同じ陛下に仕えた身。殺したくはない」
ほー。言いますね。まぁ準備ができたのでいいでしょう。あとは軽く詠唱するだけですね。
「チェリーとステイシーに逆らうと……怖いよー? ガオーだよー?」
そう言ってエルマが手をあげ、ちょうど私の口元を隠します。
ナイス!
「『眠レ 我ガ歌ニテ』≪スリープ≫」
そして小声で魔法を発動します。
「そんな脅しにわくっ……」
バタバタと数人が倒れる音がします。
「エルマ!」
一人効いていない男がいたようなので、エルマに声をかけると、腰の銃を抜いてスキルを発動しました。
「≪スタン・ショット≫!」
「くっ……!」
彼は回避しようと横に飛びます。
「≪ホーミング≫」
「ぎゃッ」
急に進路を変えた魔力の弾に対応しきれず、直撃しました。
「ふっ」
かっこよく銃の先端から立ち上がる煙を息で吹き飛ばし、くるくると回して腰のホルスターにしまいました。
「やっぱ昏睡系とかの魔法に対策を積んでるやつが出張ってきたか」
「そうだね。でもまぁこいつら眠らせちゃったし、しばらく追手は来ないでしょ」
「だね。ところでその銃ってサツキのとは違うの?」
「サツキのは魔銃。あたしのはただの銃だよ」
「ごめん違いが判らない」
「んー。魔銃は銃自体が魔力を発射するんだよ。MPを注ぐとね」
「じゃぁ銃は?」
「魔力を玉にして込めて、MPを使って飛んでいくんだよ」
「魔銃のほうが燃費がいいのか」
「そそ。その代わり属性とかが限定されてて、その都度魔銃を切り替えなきゃいけないの。銃は打ち手の魔力とスキル次第でなんでも撃てるからね。要するに特化してるのが魔銃で汎用的なのが銃かな?」
「よくわかった。私も銃持っておこうかな?」
「一つくらい持っておいたら? でもチェリー装備できるの?」
「無理。もうほとんど装備枠残ってない。特殊装備枠だけだね」
「じゃぁ特殊装備のホルスターを買って、そこに装備するしかないね」
「でも使えはしないんだよね」
「そうだね。左右どっちかの武器しまわないと」
「そう考えると特殊装備品で武器としても扱えるこの剣のありがたさがわかるね」
「だねー。とりあえずあとで装備受け取りに行くとき、ついでに見ようよ」
「そうだね」
「待たせたね」
一番最初にサツキが帰ってきました。
「おかえり」
「おかえり! 一番最初だね」
「そうか。まぁシャワーを浴びて、メールのチェックをしていただけだからね。そこまで遅くはならないさ」
「そうだね。いまちょっと前にそこに転がってる『ヴァンヘイデン』の人達が襲ってきたんだけど」
「まぁ君たち相手じゃ、返り討ちにあって当然さ。いい寝顔だね」
「処理に困ってる」
「それならいい案があるよ」
「なに?」
「こいつらをスパイとして『エレスティアナ』に引き渡す」
「名案。とりあえず『アクアンティア』に引き渡そう。でもみんな帰って来てからにしよう」
「それがいいね。私的な話で全く脈絡がないことなんだけどいいかい?」
「構わないよ」
「あたしも」
「身体を洗う時だね。どこから洗う?」
「んー。私は腕から洗うかな」
「あたしは足の付け根から」
「ふむ。ちなみにワタシは足の指から洗うよ」
「なんでそんなことを?」
「いやね。次々回作で温泉の話を書くと言ったじゃないか。それで主人公にどこから洗わせるべきか悩んでいてね」
「マオ、は顔、から洗うわ」
「顔か、それも悪くないね。っとおかえり」
「ただいま」
いつの間にか愛猫姫が帰ってきていました。
「注文、してた、ご本が、届く、時間だった、の」
「なるほど。ちなみに何を?」
「『俺、異世界で生きていける気がしないよ、かあちゃん……』を買った、わ」
「斬新なタイトルだね。ライト文学も読むんだね」
「本は、なんでも、読むわ。面白い、もの」
「本なんてずっと読んでないなぁ」
「私も」
「二人も、読んだ方が、いいわ」
「善処します」
「面白いのあったら教えて」
無難な回答をしたエルマとは異なり、私はある種の地雷を踏み抜く回答をしてしまいました。
「! 最近の、おすすめ、は……」
「もどりー」
ステイシーが戻って来て、愛猫姫のおすすめ本の羅列から解放されました。知識がすごい。
「ステイシーにも一応聞いておこうか。身体はどこから洗うかい?」
「えー? 身体ー? 顔かなー」
「あら。マオ、と、おんなじ、ね」
「うそだよ。腕から洗うかな」
どっちが本当なのでしょうか。まぁたぶん顔だと思いますけど。
「そうだね。ありがとう。参考になったよ」
「じゃぁ三人帰ってきたことだし、私も少しログアウトしてくるね」
「あたしもー」
「いってらー」
「いってらっしゃい」
「いって、らっしゃい」
現実に戻ってきた私は、少し部屋の温度が低いと思ったので音声端末を用いて、冷房の電源を落とします。
「ふぅ」
頭から専用端末を取り外し、ベッドの中で伸びをします。
ベッドから出て冷蔵庫の中にある牛乳をパックに口を付けて飲み、宅配されていたコンテナから日用品や食料品を取り出し、代わりにゴミを詰めます。
少しニュースを見ると、政治家の問題発言や、芸能人のスキャンダル等が流れますが、これと言って興味はないのですぐに消してしまいました。
そして軽く焼いたパンにバターをどっさり塗り、胃に収めていきます。
3Dモデルのかわいいキャラクターがダンスする動画を見ながらもぐもぐと食べていると、広告が流れて来ました。
普段でしたら飛ばしてしまうのですが、その広告が<Imperial Of Egg>のものだったので最後まで見てみます。
『第二陣ログイン開始!』
『広大な世界とリアリティーのある仮想現実』
『全てを体験せよ!』
『<Imperial Of Egg>』
有名で多くのアニメーション作品に出演している声優さんが、ナレーションしていました。映像もとてもきれいで映画をみているような気分でした。
っと。そんなことより早く食べてログインしないとですね。
動画を見終わる頃、ちょうどパンを食べ終わったのでお皿代わりに使っていたアルミホイルをくしゃくしゃに丸め、コンテナにぽいと捨てます。
歯を磨き、トイレを済ませ、部屋に戻ります。
そしていつものようにベッドへもぐりこみ、専用端末を起動して<Imperial Of Egg>に再びログインします。
「おまたせ」
「あぁ。チェリーおかえり」
「エルマは?」
「まだ戻ってきてないよ。ステイシーは散歩と言って周囲を警戒しに行ってるね。マオはそこで本を読んでいるよ。ワタシが昔書いた作品なんだけどね。どうも気に入ってくれたらしい」
「なるほど。そう言えばさっき動画サイトの広告で<Imperial Of Egg>の広告みたよ」
「あぁ。それならワタシもさっき見たよ。映画のワンシーンみたいでかっこよかったね」
「だよね」
「気になるのは、一度も見たことのない街が映っていたこと、かな」
「えっ? そんなのあった?」
「本当に見たのかい? 最初のシーン以外は見たことのない街だったよ」
「今後実装される場所かもしれないね」
「あぁ。もし実装されるなら、行ってみたいね」
そのあとサツキの面白体験談を聞き、笑っているとエルマが戻ってきました。
「おまたせ! おっとあたしは悪くないよ? カップ麺一個じゃ足りなかったお腹がいけないんだからね」
「はいはい。ではそろったことだし、ステイシーを呼び戻すとしようか」
そう言ったサツキが左手の親指と人差し指で輪を作り、口にくわえ、笛の音を出します。
「すごい! サツキ指笛吹けるんだね」
「ん? あぁ。まぁね。中学生の頃バスケットボール部だったんだけど、ワタシだけ吹けなくてね。祖父に何度も教えてもらったよ」
「こんどあたしにも教えてー」
「かまわないさ。あまり、教え上手ではないから許してくれ。さ。ステイシーも戻ってきたようだし、少し早いけど行こうか」
「そうだね」
「なんで指笛で呼ぶのかなー?」
「かっこいいからじゃない?」
ステイシーの疑問にエルマが答え、私達5人は再び、武器屋へと戻る道を歩き始めました。
to be continued...
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