第4章20幕 占い<fortune telling>
精霊の力によって自動で開く扉をくぐり、部屋をぐるりと見まわします。
なんの変哲もない家具ですが、どの家具からも魔力が少し感じられ、何かありそうな予感はします。
物は試し、女は度胸、と化粧台の鏡をのぞき込みます。
すると鏡に映った私がこちらに向かって手を振ってきます。
普通にホラーなんですけど。
鏡面にさらに顔を近づけると、ニタァと笑っています。
いや。笑えないです。これでどう化粧しろと? でもまぁ、私はプレイヤーなので関係ないですし、気にしないことにしましょう。
そして化粧台の前にあった少しカタカタと動いている椅子に座ろうとします。
椅子の前に立つと、椅子がひとりでに動き私の膝をコツンと突きます。
「あぅ」
少し力が抜け、椅子に座り込んでしまうと、椅子は少し満足そうにぽひゅーと空気を吐き出しました。
でもやはり便利ですね。意思を持った家具ですか。
クローゼットを開けると、服をかけるためのハンガーが食い気味にアピールしてきますが、かける服はすぐインベントリにしまっているので必要ありませんね。
ハンガーの両肩部分が少し下がったような気がしますがきっと気のせいでしょう。
あとは窓とカーテンとベッドなのですが……。うん。カーテンと窓を先に見ることにしましょう。
窓に近づくと、カーテンがシャァと音を立てて開き、裾の方で鍵をカチャンと開けてくれます。これは本当に便利。
窓を開け、外の新鮮な空気と内部の空気を入れ替えます。
夜の、少し冷えた風が心地よいですね。
宿の前を歩く人達を眺め、お酒で火照った身体を少し冷ました後、私はベッドに向かいます。
私が近寄ると、毛布がバッと跳ね上がり、開いた隙間を枕がトントンと叩いています。
「来いよ」そう言っているようにも感じられます。
ベッドで寝なくてもログアウトしてしまえばいいのですが、せっかく『精霊都市 エレスティアナ』に来たので、経験しておこうと思います。
装備を全解除し、いつもの寝間着を着用して、ベッドに身体を滑り込ませます。
布団をかけようと、上体を起こそうとしますが、勝手に毛布がかかり、枕が頭の下にやってきます。
これは、人をダメにする家具たちですね。
ログアウトして、リアルで食事をとってトイレに行ってから寝ようと思っていたのですが、ほんのりと温かい毛布にくるまれるとその気力すら吸われてしまったかのように私は深い眠りに落ちていきます。
頭の中に警報音が鳴り響き、私は目を覚まします。
あっ。寝ちゃったんだ。
そう考えるよりも先に警告へと目が向かいます。
空腹や、尿意などの警告が出ており、このまま居続けると、誰に見られるわけでもないですが、尊厳を失ってしまいそうなので、一度ログアウトして全て処理してきたいと思います。
時間を確認せずにログアウトしたのでこちらで時刻を確認すると午前6時を回った所でした。
このまま起きていてもいいのですが、少し寝足りない気もするので、食事とトイレを済ませたら熱いお風呂に入ってもうひと眠りしようと思い、音声端末から湯船にお湯を溜めます。
自動調理機から取り出した食事を食べつつ、朝のニュース番組をチェックします。
ちょうどお天気キャスターが天気について話しているところでした。
『本日の天気です。関東は全域に渡り、どんよりとした空模様ですね。北関東ではお昼過ぎからパラパラと雨が降ってくるかもしれません。折りたたみの傘を持っていくようにしましょう』
んー。このキャスターさんの声どこかで聞いたことあるような気もするんですよねー。どこで聞いたんでしょうか。
『続いて占いのコーナーです』
おっ。占いですね。私はあまり信じないほうなので流し見する事が多いのですが、興味はありますね。まぁでもいつも見ているときに最下位とかなので、どうせ今日も最下位でしょう。
『一位は水瓶座の貴方』
「ふぁ?」
持っていた箸を落とし、足でキャッチした後テレビを食い入るように見つめます。
『何をやっても成果が出る日。深く考えずに行動するといいでしょう。ラッキーアイテムはエビフライ』
「おっ?」
朝から少し重いかな? とは思いましたがまさにいまエビフライを箸で掴んでいたところですね。
なんか今日はいいことありそうですね。
その後、占いを流し見ると最下位はさそり座の様でした。
身近な友人にさそり座が居なくてよかったです。占いの内容が『事故にあうかもしれません。背後に気を付けてください』と、なかなか怖い事を言っていたので一安心です。
一位だったからか少し気分よく入浴できます。
名泉シリーズの入浴剤も入れ、骨から出汁が染み出るまで浸かり、温まったあと、髪を軽く洗い、お風呂場から脱出します。
「あっ」
お風呂に入る前に来ていたパジャマを洗濯するの忘れていました。
仕方ないので、タオルを身体に巻き付け、洗濯をします。
まぁ誰に見られるわけでもないので気にすることはないんですけどね。
冷蔵庫に入っている牛乳をそのまま口を付けて飲み、パソコンの前へやってきます。
有名な動画配信者の動画を見ているうちに洗濯が終わったようなので、ほかほかのパジャマを取りに行きます。
タオルを身体から引き剥がし、パジャマを着用してパソコンの前へと戻ってきました。
そう言えば何時ごろに集まるか決めていなかったんですよね。
サツキは原稿が完成して、次々回作の構成を練っている段階、つまりお休み中だそうなので起きていたらログインしているかもしれませんね。愛猫姫はいまお仕事していないそうなので、たぶんログインしているでしょう。エルマはログインしていると思うのであとはステイシーがいるかどうかですよね。意外とステイシーのリアルのこと知らないので何とも言えないのですが、ログインしている気がします。
あっ。
私がログインしていないんだ。
そう気付き、動画を最後まで見てからベッドに入り、専用端末をかぶり、ログインします。
先ほど急いでログアウトしたとき、上体を起こしたままログアウトしていたので、少し身体に違和感がある状態でしたが、数分もすれば治るのでよしとします。
フレンド欄とパーティー欄を確認すると私以外の4人はすでにログインしているようでした。
『今起きたよ』
私はそうパーティーチャットに書き込みます。
『おはよー』
すぐにステイシーから返事があり、続けざまに他の3人からもチャットが入りました。
『いまどこにいる?』
『宿の下の食堂ー』
『いくね』
みんなの居場所が分かったので、私もすぐにそこへ向かうことにしました。
「おまたせ」
「大丈夫ー。サツキもついさっき来たばっかりだからー」
「面目ない。いや。次回作が完成したことで気が抜けてしまってね。つい寝坊してしまったよ」
「でももう次々回作の構成練ってるんでしょ?」
エルマがコップに入った氷をしゃくしゃく食べながらそう言います。
「そうだね。構成はもうとっくにできているからあとは書き始めるだけだよ。実際、最初の締め切りまで半年以上もあるしね。ワタシの書く速度なら二月もあれば大丈夫さ」
「なら、早く、続き」
愛猫姫が氷の上にわずかに残ったアイスクリームを食べながらサツキを急かします。
「あぁ。身近なファンのためにも良作を早く拵えることにするよ。ところで次々回作の序文はどうだったか、感想はいただけるかな?」
「続き、が早く、読みたい、わ」
「掴みはおっけーということだね。ではその感じで書いていくことにするよ」
「待ってる、わ」
「ところでサツキは武器工房行かなくていいのー?」
ステイシーがサツキにそういうと、サツキは首を横に振りながら答えます。
「言っていなかったかい? すでに昨日行っているんだが断られてしまってね。理由はよくわからないんだが」
「なら別のお店に行ってみる?」
私がそう提案すると指を顎まで持っていき少し思案しているようでした。
「そうだね。プレイヤーのお店にでも行ってみようかな」
「さんせーい!」
「僕も賛成ー。何かいい武器が置いてあるといいなー」
無言で首を縦に振る愛猫姫も見え、全員の同意が取れたようなので、プレイヤーの経営するお店に行くことになりました。
「ところでプレイヤーのお店にどこか思い当たるところはあるかい?」
「あたしは全然」
「僕もー」
「ごめん私も」
「マオ、も」
「うん。みんなそういう回答だと予想していたよ。無論ワタシも無いんだけれどね」
そう言って掲示板を開いている様子でした。
私は運ばれてきたコーヒーを啜りつつ、その様子を見ています。
「あった。ここは良さそうだね」
「どこどこ?」
エルマが身を乗り出し、サツキの手元をのぞき込みます。
「都市が複数あるようなんだけどね、その内の一つ『水精の湖 アクアンティア』にあるそうだよ。しかもここはお墨付きと言っていい」
「どういうこと?」
私は少し気になったので聞きました。
「【教皇】てれさなの武器を作ったことがあるそうだ」
私と愛猫姫はポカーンとしていましたが、ステイシーとエルマはなるほどと言った様子ですした。
「そのてれさなさんってすごいの?」
「うーん。凄いといえばすごいかなー?」
「聖属性魔法の<最強>だよ」
「「へぇ」」
愛猫姫と同じ反応でした。
「うーん。どのくらいすごいか説明が難しいんだけどー。簡単に言えばねー、こないだ僕とチェリーで撃った複合詠唱魔法で大変なことになったでしょー?」
「そうだね」
「あのくらいのペナルティーを背負っても倒せないかもしれないー」
「はぇ? ほんと?」
「ほんとほんと。それだけ回復魔法がひどい」
「エルマは戦ったことあるの?」
「あるよ。PvP大会で戦ったんだけど、タイムアップであたしの負け」
「攻撃は?」
「一度も受けてない。そもそも攻撃するところを見たことあるのって<転生>クエストのボスモンスターくらいじゃない?」
「「へぇ」」
再び愛猫姫と返事が被ります。
「そう言うことだ。その彼女の武器を作ったというのなら腕は確かだろうね」
あぁ。てれさなさんは女性なんですね。
「ほんとに酷かった……。腕を切り落としても一瞬で生えてくるし、即死系の攻撃でもケロっとしてる」
「それはすごい」
「そこなら値は張るだろうが、いいものが手に入りそうだ。チェリーが飲み終わったらいこうか」
「そうだねー」
「まってね」
ごくごくごくと残ったコーヒーを飲み切り、立ち上がります。
「私もいい武器があったら買おう」
「それがいい。馬車が出ているそうだからそれで行くとしよう」
そう言って馬車乗り場までサツキの後を追っていきました。
to be continued...
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