間章8幕 風呂prrt.2<bath part.2>

 まどろみの中で、扉がノックされている音を聞きます。

 「智恵理お嬢様、朝でございます」

 「うーん……」

 ベッドからもそもそと這い出て床にペタンと座ります。

 「眠い……」

 辺りをきょろきょろと見まわし、時計を探します。

 「……。まだ7時じゃん……」

 時間を確認した私はもうひと眠りしようかなと思いベッドに向かってずるずるとお尻を擦らせながら進みます。

 「チェリー。はいるよーん」

 そうエルマの声がして、扉がバンッと開け放たれました。

 「なにしてるの?」

 見ての通り二度寝しようとしてるんだよ、と心の中で返事をし、ベッドに手をかけ身体を起こします。

 高級な、かけてることすら忘れてしまうほど軽い、羽毛の掛布団をめくり、もう一度ベッドの中に入ります。

 「すーすー」

 「えっ? 二度寝!?」

 エルマの声がどこか遠くで聞こえてきますが、私に返事を返す余裕はありません。

 トコトコと歩き、枕元まで来たエルマが私の布団捲りながら言います。

 「おきろおお! お風呂はいろ!」

 「あー。うー……」

 私を優しく包み込んでくれた布団が引きはがされ、現実という冷たく寒い世界に一人放り出されてしまいました。

 「お! ふ! ろ!」

 「うー……あと6時間寝せて……」

 「さすがにそれは長すぎる。行くよー」

 ダンゴムシのようにベッドの上で丸まっていたのですが、エルマに腕を掴まれ、無理やりベッドから出されます。

 半ば引きずられる様に引っ張られているので頭が覚醒してきます。

 「エルマ。わかった。わかったからちょっと止まって」

 「離したらまたベッドにもどるでしょ?」

 「戻らないから。お願い。お尻痛い」

 「ちゃんとお風呂いく?」

 「行くから」

 「わかった」

 エルマがパッと私の腕を離します。

 これは手形が付いてますね。

 「いてて……」

 お尻と腕を交互にさすりながら、立ち上がります。

 「おはよう」

 「おはよー」

 改めてエルマに挨拶をします。

 「お風呂行くんだっけ?」

 「そうだよ」

 「下着持って行かなきゃ」

 「もうメイドが持って行ってるよ」

 「え!?」

 「そういう世界だ。気にするな!」

 「あっ。うん」

 「では瑠麻お嬢様、智恵理お嬢様、脱衣所までご案内させていただきます」


 メイドに案内され、脱衣所までやってきます。

 「御召し物、失礼いたします」

 私は昨日からずっと着ていた服を脱がせてもらいます。

 やっぱりメイドさんはいいなぁ。

 服まで脱がせてくれるのは、もう楽の極みですね。

 魚が鱗をはがされるように、私は洋服を剥いでもらい、裸にさせてもらいます。

 「チェリーってさ、王族とかじゃないよね?」

 エルマにそう聞かれます。

 「王族とかだったらもっと駄目な人間になってたよ」

 「そっか。いや。なんか慣れすぎな感じがして」

 「<あいおえ>で慣れてただけだよ」

 「そっか」

 「智恵理お嬢様、お洋服をクリーニングして参ります。お風呂上りはこちらを御召しください」

 そう言ったメイドが替えの洋服を籠に入れ置いてくれました。

 「ありがとうございます」

 「では失礼致します」

 去っていくメイドを背中で感じつつ、浴室に向かってエルマと二人で歩いていきます。


 浴室の扉をカラッと開けると、大きい湯船とサウナ、露天風呂であろう場所への入口が目に留まります。

 「すごい! 露天とサウナもあるんだ!」

 「懐かしい! よーし長風呂しちゃうぞ!」

 まず二人でお湯を全身にかけ、身体を温度に慣れさせます。

 「まず、大風呂からでしょ」

 「だよね!」

 「えい!」

 「わーい!」

 タッパーンと飛び込むエルマとスルッとお湯の中に滑り込む対照的な様子になりましたが、出る感想は一緒でした。

 「「きもちいい」」

 

 いつも通りエルマと話しながら、身体の芯まで温まります。

 「次はどうする? サウナ? 露天?」

 そうエルマが聞いてきます。

 「一回サウナで老廃物流して、そのあと露天でしょ!」

 「そうしよう!」

 サウナに行くことで話が決まったので、大風呂から身体を出し、サウナの前までヒタヒタと歩きます。

 「タオルータオルー」

 そう言ってエルマがサウナの入口の横にある、木の扉をパカッと開けました。

 「ほい。チェリーの分」

 大き目のタオルと少し小さめのタオルを渡してもらいます。

 お尻に敷く用のタオルと汗を拭く用のタオルですね。

 「ありがと」

 「じゃぁいこう!」

 キッと扉を引くと、サウナ特有の木の匂いと熱気が全身を包み込みます。

 フィンランド式のサウナのようで、奥にサウナストーンが置いてあります。

 「フィンランド式だ!」

 「そうなの?」

 「えっとね……」

 そう言って私はフィンランド式サウナの特徴を説明します。

 「なるほどー! ずっとこの石は焼き芋用だと思ってたよ!」

 「一昔前からその石にアロマ水をかけるのも流行ってるみたいだよ」

 「へー。リラックスできそう!」

 「ヴィヒタもおいてあるし……さっそく……」

 私はヴィヒタを手に取り、ペチペチと全身を叩き始めます。

 「それがさっき言ってたヴィヒタだね? あたしもやろー!」

 ペチペチ。ペチペチ。

 二人でサウナ内にペチペチと快音を響かせます。


 10分ほど経ち、程よく息苦しくなってきたので一度サウナから出て、冷たい水を浴びることにします。

 「水風呂こっちだよー」

 サウナの奥にもう一つ扉があり、その先に水風呂があるようです。

 エルマが扉を開け、案内してくれます。

 「じゃーん! 水風呂兼水分補給場です!」

 「おお!」

 これはうれしい設備ですね!

 基本的に温泉などの内部で飲食は難しいです。しかし、それが自分の家にあるのであれば話は別ですよね!

 二人で腰に手を当てコーヒー牛乳を一気に飲み干します。

 「プハッァー」

 「ッカァー!」

 「さいっこう……」

 「昔を思い出すー」

 空になった瓶を回収ケースに置き、水風呂にさっと入り、身体を引き締めます。

 「つめたっ! きもちぃ!」

 「あぁー。ちべたいー」

 「もっかいサウナ行く? 露天行く?」

 そうエルマに問いかけます。

 答えはわかっているんですけどね。

 「露天行くでしょ!」

 「そうこなくっちゃ」

 ザバッと水風呂を出て、露天までヒタヒタ、足元に気を付けながら歩きます。

 「ふっふっふ。驚くなよー?」

 「ごくり」

 「ばあん!」

 エルマが満を持して開けた露天風呂は私の度肝を抜きました。

 正面には純和風の露天風呂があり、右手には洋風のガーデン、左手には日本庭園が、そして背後にはお城が。

 それがすべて、お互いを邪魔せず、フォローしあって生まれた奇跡の産物ではないかと思い、私は言葉を失います。

 「やはりチェリーさんにはこれが一番効いたみたいだね」

 「クリティカルヒット……」

 半ば放心状態で露天風呂に入ります。

 「夜はもっとすごいよ。ライトアップ頼んでおくからまたこよう」

 「うん……」


 思わぬところで出くわした私の絶景ランキングトップ10に思考の全てを持っていかれていましたが、何とか復旧し、エルマと思い思いを語りながら露天風呂から離れ、再びサウナや、大風呂を回ります。

 「ふぅー。あっもう朝食の時間になるね」

 「そうなの?」

 「うんうん。もう9時前だから」

 「わかった。じゃぁ一回でよっか」

 「だねー」

 二人で浴室というには大きすぎる空間を出て、脱衣所まで戻ってきます。

 「お疲れさまでした」

 そう言ってメイドが迎えてくれます。

 「智恵理お嬢様。御召し物のクリーニングが完了致しました。そちらお部屋のクローゼットにかけておきました」

 「ありがとうございます」

 身体をフキフキされながら返事をします。

 「お食事なのですが、和食、洋食、どちらになさいますか?」

 「あたし洋食でー」

 「じゃぁ私も洋食でお願いします」

 「かしこまりました」


 服を着せてもらい、食堂まで案内してもらいます。流石に覚えましたけどね。

  用意してもらった服は私のサイズにぴったりで、しかも今のトレンドを取り入れたいいものでした。

 着る前は少し抵抗があったフリルも着てみると案外馴染むものですね。

 

 食堂の椅子に腰かけ、料理が出てくるのを待ちます。

 ここで後数日も生活したら私は戻れなくなってしまいますね。

 まず運ばれてきた、新鮮なサラダに舌鼓を打ち、パンをちぎりながら食べます。

 コーンスープが妙に懐かしくて、何度もおかわりしてしまいました。

 「チェリーこの後観光行くんだけどいい?」

 「わかった」

 「おっ。素直だね!」

 「寝てるよりも流された方が楽しいって気付いただけだよ」

 「いいね!」

 「じゃぁ11時に車の手配するから、それまで部屋でくつろいでてよー。あっスタイリスト兼任のメイドが居るから彼女を部屋に送るね! 何か気になることがあったら聞いてみるといいよ」

 「ありがとう」


 朝食を終え、コーヒーで一服したのち部屋に戻ると、スタイリスト兼任のメイドが先についていました。

 「あっよろしくお願いします」

 「こちらこそよろしくお願いします。嘉納でございます」

 昨日見なかった顔ですね。買い出しから戻っていないと言っていたメイドでしょうか。

 「まず私が見ていますので、普段通りにメイクしてもらってもいいですか?」

 「わかりました」

 

 いつも通りの化粧を完成させ、嘉納に見てもらいます。

 「なるほど。ご自分の特徴を良く捉えていらして素晴らしいです」

 「ありがとうございます」

 「ナチュラルのメイクでしたらそれで十分でございましょう。少しかしこまった場ではリップの色をもう少し深い赤にして、目元にもう少し陰影を付ければ文句なしでございます」

 「なるほど」

 頭のメモに記載します。

 「智恵理お嬢様の場合、綺麗さを重視するメイクでございますので、それほど手直しは必要ございませんね。どうでしょう? 可愛い系のメイクに挑戦してみますか?」

 「興味はあります」

 「いいお返事です。では早速取り掛かりますね」

 そう言った彼女がメイクボックスから得体のしれないものをどっさりと取り出し、私の顔を作り変えていきました。

                                      to be continued...

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