第3章6幕 天使<angel>

 私服に着替えるというラビを部屋に残し、私と愛猫姫は1階に下りてきました。

 「ざっとですけど必要な物あります?」

 私がそう聞くと、愛猫姫は右手の人差し指をピンと伸ばし、自分の顎に当てながら答えます。

 「まずは、ベッド、かしらね。あとは、カーテンもほしいわ」

 「わかりました」

 行くなら『シエナ・レオナ』ですかね。

 「可愛い雑貨屋さんがあるのでそこに行きましょう」

 「わかったわ」

 店にある品物をジッと眺める愛猫姫をジッと眺め、ラビが下りてくるのを待ちます。

 

 「おまたせー!」

 私服に着替えたラビが可愛さマックスのポーズでアピールしてきます。

 これはねだられたらなんでも買ってしまいそうですね。すこし気合を入れて財布の紐をキュッと結びます。

 「じゃぁいこう!」

 ラビがそういい先頭を歩いていきます。

 「たのしみ、だわ」

 そう少し笑顔を浮かべ、愛猫姫も店を出ます。

 やはり買い物となるとテンションが上がってしまうのは女性の性というやつでしょうか。


 数分歩き、『シエナ・レオナ』に到着します。そしてアンティーク調のドアを開け声を掛けます。

 「こんにちは。おじゃまします」

 「「いらっしゃーいませー!」」

 シエナとレオナが迎えてくれました。

 「「『シエナ・レオナ』へようこそ!」」

 前回来た時と変わらない挨拶で少し頬が緩みます。

 「お久しぶりです。家具や雑貨を買いに来たのですが」

 「家具のイメージとかあれば」

 「言ってね! ちょうどいいものをとりだすよー!」

 「マオ」

 そう言って愛猫姫の腰当たりをポンと叩きます。

 うん。柔らかい。しばらく手は洗わなくていいかな? この世界ばい菌とかいなそうですし。

 「そう、ね。木目の、壁だから、それを邪魔、したくないわ」

 「木目!」

 「こんなのはいかが?」

 妹のレオナが裏にタタッとかけていき、倉庫を持ってきます。

 「「じゃじゃーん」」

 そう言って取り出してくれました。

 シングルベッドではありますが、少し幅広で、古いオーク材のような足がアンティークっぽくて非常に良いです。

 「ん、もう少し、暗めの色はない?」

 おや? 愛猫姫は気に食わなかったようですね。

 「それなら!」

 「こっちはどうかな?」

 先ほどのベッドに比べ幅が狭いですが木材の色は暗めで、これもなかなか良いです。

 「いいわね。これに、するわ。あとカーテンも、欲しいの」

 「カーテンもこのベッドに合わせる?」

 「いいのがあるよー!」

 「うん」

 再びレオナが倉庫からシュルシュルとカーテンを取り出します。

 「こんなのが」

 「ご希望かなって?」

 そう言って取り出されたカーテンは一般的なカーテンよりも薄く、レースのようなもので緻密に編まれ、細かなデザインが見て取れます。

 「すごく、いいわ」

 

 愛猫姫はこの店を甚く気に入ったようで、残りのものはすべてシエナとレオナに任せてしまいました。

 「お代は私が出すので好きに買っていいですよ。ラビも好きな物買ってね」

 先ほど締めたはずの財布の紐は切れ、好きに買っていいなどと言ってしまいましたが、この二人のうれしそうな顔を見ているとそれでもいいかなという気にされてしいます。

 ええ。そろそろ本気で稼ぎに行かないとヤバイ感じになってます。ラビのお父様から少しの援助はいただいているんですが、このお金は私が使っていいお金じゃないはずなのです。国民の血税から出ているようなものですからね。

 一度気になり、ハリリンに調査を依頼したことがあるのですが、その時の答えは、「あれは国王様のポケットマネーっす」と言っていたので恐らく買収されてますね。

 使えん奴め。


 二人の買い物が進む中、私も部屋に足りないと思っていたライトを補充するべく店内を歩き回ります。

 動物モチーフの品物が置いてある棚に兎があしらわれた可愛い、ブックライトを見つけ、即決で購入します。

 他に数点雑貨を購入していると二人の買い物も終わったようで、カウンターでお茶をごちそうになっていました。

 「ごめん。私が最後になっちゃった」

 「きにしないでいいよ!」

 「そうよ、買い物、なんだから、ゆっくり、考えない、とね?」

 天使か。


 シエナとレオナにお茶のお礼として『セーラムツー』で販売している、お茶菓子をプレゼントし、店を出ます。

 「二人ともお腹空いてる?」

 「減ってるかな!」

 「ぐぅ、って言ってた、わ」

 「じゃぁおいしいご飯屋さんに行こうか」

 そう言うとラビが一瞬身構えました。

 『飯処 廁』にはいきませんよ?

 ラビからしたらあれはトラウマ物ですからね。

 

 店を出てからすぐのところにある、小さめのカフェに入ります。

 運よく3人が座れる大きさのテーブルが空いており、スムーズに案内されます。

 シドニーから聞いた、隠れ家的なカフェ『街角の宵』というお店です。一度来てみたかったんです。

 ちらっと二人の顔を見ると買い物の時より輝いており、サプライズ大成功ってところでしょうか。


 席に着き、まずドリンクを注文します。

 「私はホットコーヒーでお願いします」

 「ミルクティー!」

 「ココア、が飲みたいわ」

 三人ともバラバラの注文でしたが、店員も嫌な顔一つせず、注文を復唱していました。なかなかいいお店ですね。

 

 目の前に置かれた飲み物を、味わうように飲み、食事も注文します。

 「マオは何食べたいですか?」

 「そう、ね。パスタ、かしら? おすすめの、でいいわ」

 「おすすめですか。パスタは結構種類多くて悩んでしまいますからねー」

 そう言ってメニューをペラペラと捲っていると、ラビが言います。

 「私、オムライスが食べたい!」

 オムライス、このお店にも……あるようですね。

 最初、プレイヤーが経営しているお店だと思ったのですが、こちらはNPCの経営するお店だったようです。現実の食べ物があるのか心配になっていましたが、杞憂だったようですね。


 NPCのお店にしてはバラエティーに富んだメニューの中から私も食べたいものを注文します。

 「すいません。注文いいですか?」

 「かしこまりました。少々お待ちください」

 そう告げた店員がすぐにやってきます。

 接客もなかなかですね。

 「えっと、このオムライスを一つと、ビーフシチュー、パスタは……おすすめをお願いします」

 ちらっと愛猫姫を見るとまだ少しメニューと睨めっこしていましたが、もし口に食わないようでしたらまた頼めばいいので。もちろんお残しは私が全力で胃に納めます。


 数分後それぞれが注文したものがテーブルに運ばれてきます。匂いだけでも胃が刺激されてしまい、空腹感に苦しめられます。

 ごくっと誰かが唾を飲み込む音が聞こえたので早速食べ始めることにします。

 「いただきます」

 「いただきます!」

 「いた、だきます」

 私の言葉を皮切りに、みな一心不乱に食べ始めました。

 

 私が注文したビーフシチューは肉がトロトロになるまで煮込まれていて、噛まずに飲み込めるほどでした。

 隠し味に、はちみつと野菜のペーストが入っているのが感じられ、深いコクと、フルーティーな香りが身体を満たしていきます。

 フルーティーでも甘すぎず、主張する部分はしっかり主張してくるとてもおいしいビーフシチューでした。

 一緒に持ってきてもらった、パンも素朴な甘味が感じ取れる一品で相性は最高でした。


 他の二人が注文した料理も別格だったようで、ラビはうっとりした顔を浮かべています。

 愛猫姫はハフハフと冷ましながら、ゆっくり咀嚼していますが、気に入ったようで、飲み込んではすぐに次を口に運んでいます。

 このお店は大当たりですね。今度他の従業員や、エルマも連れてきてあげたいです。


 極上と感じ得る食事を取り、数日間の疲労も消し飛んだところで、ホームに帰る前に買い忘れがないか確認します。

 「他に買いたいものはある?」

 愛猫姫とも食事の際、多少仲良くなったようで、普段通りに話す事ができるようになりました。慣れって大事ですよね。最近ずっと見ていたので脳が愛猫姫の美貌になれました。

 「マオ、はないかな? あ……お洋服、欲しいわ。おそろいの」

 「ラビと?」

 「チェリー、と」

 もうこれだけで私の心は崩壊しました。

 可愛すぎるんですよ。この人。ファン倶楽部の会員数が凄まじいことになっていた理由がやっとわかりました。

 「この服?」

 そう今着ているメイド服を指します。

 「そう」

 「ならカラーだけ変えて作ってもらいましょうか」

 そう言って東通りまで歩きます。


 「このお店で作って貰ったの」

 『メイドらぶらぶ』の看板を指して教えます。

 「メイド、さんが、たくさん、なのね。可愛いのは、好き」

 「好き」という言葉だけ切り取って脳内メモリーに保存したのち、扉を開け、お店に入ります。

 「ファーナ。こんばんわ」

 「お! チェリーいらっしゃい!」

 「私が着ているメイド服、色をカスタムしてこの美人さんにプレゼントしたいんだけどできる?」

 「できるよ! あっでもどうだろう。そのメイド服より、こっちのクーデレスペシャルのほうが似合うと思う」

 そう言ってメイドのプロであるファーナが一着のメイド服を手に取り、私に渡してきます。

 「試着、してもいいの?」

 「スクショ取らせてくれたら、安くするよ!」

 「着るわ」

 そう言った愛猫姫にクーデレスペシャルを渡します。

 試着室に行った愛猫姫が戻ってくる数分の間、ソワソワする足元を隠すために店の中をうろうろお歩きます。

 

 「着たわ」

 そう言って試着室のカーテンをバッと開けた愛猫姫は天使、と言って差し支えない程の姿でした。

 脳内のメモリーが爆発寸前になるほど、脳内スクリーンショットを取り、話しかけます。

 「すごい……めちゃめちゃにあってる……」

 「私の目に狂いはなかったね!」

 スクリーンショットをバシャバシャと取りながらファーナがそう言います。

 ラビも言葉を失っているようで、口をポカンと開けています。

 「マオ、これにするわ」

 「是非!」

 そう言ってすぐにお金をファーナにポンと投げ渡してしまいます。

 「マオさん、だっけ? それでちょっとこっちを振り向きつつ、『おかえりなさい。知ってる? 兎は寂しいと死んじゃうのよ?』っていってください!」

 ファーナが趣味全開のセリフを願うと、ニッコリ笑って愛猫姫が数歩後ろに下がり、こちらに背を向けます。

 私もファーナの意図を察していたので、脳内に完璧に保管するべく、脳内ムービーを起動します。

 

 クルッと振り返り、左側だけの横顔が見える状態で愛猫姫が言葉を紡ぎます。

 「おかえりなさい。ねぇ? 知っているかしら? 兎は……寂しいと死んでしまうものよ?」

 セリフを独自にアレンジし、俳優が裸足で逃げだすほどの凄まじい演技を目の当たりにした私達3人は、数分間固まってしまいました。


 フリーズの状態異常から何とか立ち直り、ホームに帰ります。

 帰る際、ファーナさんがティッシュを左右どちらの鼻にも指しているのは少しおかしかったです。

 ホームに帰り、ラビと私の魔法で愛猫姫の部屋を完成させ、愛猫姫の部屋で遅くまで女子トークをしました。

 ちょうど明日は定休日でお店が休みだったこともあり、途中からフランやシドニー、ハンナ、カンナも参加し『愛猫姫歓迎会』がひっそりと『セーラム』の上階で行われました。

                                      to be continued...

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