最終章 ”最後の目的地”・厳島神社での顛末

第23話 友を助け出すためにできる事

「あの野郎…!!」

裕美とテンマが姿を消した後、健次郎が悔しそうな表情かおを浮かべていた。

外川とがわ…!これ…」

すると、海岸に何かが落ちている事に気が付いたはじめが私に声をかける。

「これ…裕美の…」

彼の声に気が付いた私は、地面に落ちている物に視線を下ろす。

そこに落ちていたのは、黒を基調とした色を持ち、方位盤や星が散りばめられて裕美の所有物・御朱印帳だった。

『ほぉ…。それは確か、古代中国の天体観測器と云われる渾天儀こんてんぎですかね…』

私はこの時、神田神社でテンマが口にした御朱印帳これについての台詞ことばを思い出していた。

 …まずは、無事に裕美を助け出して、“彼”を何とかする方法を考えないと…!

私は本性を見せた付喪神に恐怖を覚えつつも、友を助けなくてはという想いで自身を奮い立たせる。

「…七里御浜ここにずっといたら、このままだと風邪をひいてしまう…。だから、一旦ホテルへ戻りましょう…!」

私は、真剣な眼差しを浮かべながら、はじめや健次郎に声をかける。

「…だな。今後の事を考えなくてはいけないし…」

私の表情を見て少し落ち着いたのか、健次郎がため息交じりで述べる。

その後、先程まで見ていた獅子岩を横目に眺めながら、私達は花窟神社より少し歩いた場所にあるホテルへと一度戻る事となる。



「はい…。すみません、宜しくお願い致します」

ホテルに戻った後、それぞれがスマートフォンを片手に電話やメールを送っていた。

その作業を最後に終えた健次郎が、スマートフォンを部屋の片隅に置く。

「ありがとう、二人共。私らのために、休みを余分に取ってもらっちゃって…」

「…お前が気にする事ないぜ!友達ダチを助けるためなら、仕事の1日や2日くらい休んでも問題ないさ!」

「そこは、俺も同感。…それに、普段はしっかり仕事やることやっているんだ。非常時こういうときこそ、有給休暇の使いどころだろ」

私が申し訳なさそうに告げたが、健次郎もはじめも全く気にしてない素振りで応えてくれた。

というのも、前日入りでこの熊野まで来たのが金曜日。そして、花窟神社のお参りをした後に1泊し、日曜日に東京へ帰還する予定だった。しかし、今回の一件が明日中で終わるか定かではないため、私を含め男性陣二人にも急遽、月曜日の仕事を休んでもらったのだ。

「今思えば…。私が独りで神社巡りをしていれば、皆を巻き込むことにはならなかったよね…」

私はつい、心の中で考えていた事を口にしてしまう。

それを見た二人は、困惑する。なんて声をかけるべきか、言葉が見つからないのだろう。

「…独りで背負い込むな」

はじめ…」

しかし、内心にたまっていた不安が、たった一言だけで軽くなったような心地がした。

気が付くと、座っていた私の目の前に膝をついたはじめがいる。彼は、自身の膝の上にある私の手を、優しく握りしめながら口を開く。

「もしもお前が、独りで神社巡りなんざやっていたら…。九鬼くきと同じような末路を辿る可能性があった。だから、お前が俺達を頼ってくれた事は、皆にとっても俺にとっても…救われたんだ。お前という大事な女を失わずに済んだのだからな」

「…っ…!!」

滅多に見せない彼の優しさに触れた私は、思わずが潤む。

「…少し休息をした後、今後の事を考えようぜ!!俺らよりもお前が一番、疲れているだろうから…」

気が付くと、斜め前には優しそうな笑みを浮かべながら立つ健次郎の姿があった。

「うん…そう…だね。……ありがとう…!」

その後、涙腺が完全に崩壊した私は、二人の中でボロボロと大粒の涙を流す。

イザナミノミコトより受けた呪いにも似た穢れのおかげで不安で胸が張り裂けそうだったが、友人達かれらの存在が、自分に生きる活力を与えてくれるのかと思うと、本当に彼らが友達で良かったと、私はこの時心の底からそう思ったのであった。


「…さて!腹ごしらえも済んだし、この後の事を考えよう」

その後、コンビニで買って来た夕飯を食べ終えた後、健次郎の台詞ことばを皮切りに今後の予定について話し合う事になる。

「ひとまず、奴らの居所だが…。目星はもう、ついているんだろう?」

「…うん。テンマが裕美を連れ去った先…は、“ここ”に間違いないと思う」

はじめに促された私は、スマートフォンで調べていた場所のホームページを二人に見せる。

その場所は、“最後の神社巡り”となる神社ばしょ――――――――――――――広島県の宮島に浮かぶ厳島神社だ。現在地から厳島神社ここへ行く場合は、一度名古屋に戻り、新幹線を使う必要がある。幸い、テンマが用意していた交通費用の現金がまだ手元に残っているため、足りない分は自腹で補うにせよ、交通費に関しての問題はほぼ皆無だ。

「あとは、どうやって東海林しょうじを助け出して、テンマと手を切るか…だよな」

はじめがスマートフォンの画面をまじまじと見ながら、腕を組んで考え込む。

「一番手っ取り早いのは、私が死後の魂をテンマに渡す約束をして裕美を解放してもらうのが確実だけど…」

「それは却下!!」

私がその先を言いかけると、男性陣二人がほぼ同時に意見を却下してきた。

「俺達からしてもそうだが、何より…。そんな形で助けてもらっても、喜ばないだろう。東海林あいつの場合…」

一方で、健次郎が補足として“その方法は誰も納得しない”と私に告げた。

「それこそ、お前の幼馴染…九鬼くきとて喜ばない結末だ」

「う…うん、そうだね…」

真剣な眼差しではじめに釘を刺されたため、私は自分が口にした解決方法は決して良くない結末になると改めて思い知らされた。

 …でも、“その選択”は最終手段として、考えておかなくてはいけないよね。それはそれとして…

「…きっと、この神社巡りの本を燃やして処分しようとしたら、全力で彼は邪魔してきそうだし…。うーん…」

私は、地面に置いた神社巡りの本を見つめながら、その場で考える。

はじめや健次郎も良い考えが浮かばず、全員がその場で黙り込んでしまう。


『我らが力合わせる瞬間ときが訪れたようだな』

「えっ…!?」

腕を組んで考えていると―――――――――――何処からともなく、女性らしき声が聴こえる。

「なんだ、この声…?」

「俺らにも聴こえている声…か…!?」

周囲を見渡すと、はじめや健次郎も、今響いてきた声に気が付いているようだった。

『その御朱印帳を、開け…!』

「裕美の…!?」

女性の声が再び響く事で、私は何かが起きている事を悟る。

気が付くと、部屋の片隅に置いていた裕美の御朱印帳が碧い光を放っていた。

「一体何が…わっ!?」

私は言われるままに、御朱印帳を開く。

すると、元々発していた碧い光が、御朱印帳を開く事で更に膨れ上がり、部屋中を照らし出す。その光が眩しかったため、その場にいる全員が反射的に目を瞑ったのである。

「貴女…は…?」

数秒後――――――――――恐る恐るを開いた私の視線の先には、衣裳姿きぬもすがたと思われる装束を身に着けた30~40代くらいの女性が御朱印帳の上で浮いていたのである。

「我は、伊弉冊尊イザナミノミコト。正確には、朱印に刻まれたイザナミの分霊といった所か…」

伊弉冊尊イザナミノミコトって…。今日行った、花窟神社の…か…!?」

女性は自分が何者かを告げ、それを聞いた健次郎が驚いた表情かおをしながらイザナミを見上げていた。

「…左様。その神社におる宮司が書く朱印には言霊があるものの、本来はこのように具現化する事はないのだが…。御朱印帳これの持ち主の“心”と、そこの娘の霊力が合わさって、斯様な現象と相成った」

「裕美の“心”と、私の霊力…」

イザナミが告げた台詞ことばに対し私は、その場で同じ言葉を口にする。

 言霊が具現化…。要は付喪神みたいな存在って事…?

私は、彼女がイザナミでありイザナミでないのか理解できつつも、その本質までは理解できなかった。

「この御朱印帳という物に朱印が刻まれる事で、我々と持ち主の間に縁が生まれる。また、死後に持ち主と共に火葬される事により…その後の魂を守る意味合いもある。しかし…」

イザナミは淡々と語る中、周囲を見渡す。

「事態をそのまなこで垣間見た訳ではないが…。我らの主は今、邪な者に連れ去られてこの場にはおらぬ…。それで、相違はないか?」

「…はい、違いありません」

イザナミが周囲を見渡した後に私へ視線を下ろしたため、私ははっきりとした口調で答える。

「…うむ。主の死は、我々自身の消滅にも繋がるが故に、それだけは避けなければならぬ。故に、友たる其方たちに協力をしようではないかと思うてな」

「え…」

「そいつは心強いぜ!!…と思ったが、あんた一人で…となると、あのテンマ相手に太刀打ちできるのか?」

思わぬ発言に嬉しく思うも、健次郎による最もな問いかけで周囲は気まずい雰囲気となる。

イザナミもその場で一瞬黙り込むが、1分も経たない内に口を開く。

「第六天魔王…。確かに、我一人の力では、奴に太刀打ちはできぬ。かといって、実体のない我々は、この現世うつしよの身体を持つ主に触れる事すら叶わぬ」

「…だとすると、あんたらができる事って…何だ?」

「ちょっと、はじめ…!」

はじめがイザナミに辛辣な物言いをしたため、私が止めに入ろうとする。

「…娘よ、構わぬ。ただ、先程我は、自身の事を“我々”と申した。一人では無理な事も、この御朱印帳に在る全ての者達が力を合わせれば、注意を引く事くらいはできよう」

「全ての朱印…!」

その台詞ことばを聞いた途端、その場にいる全員が目を丸くして驚く。

そうして私は、裕美の御朱印帳を再び手に取る。そこには、これまで行ったありとあらゆる神社――――――――または、私達と一緒に行っていない神社ばしょの朱印も、御朱印帳に表記されていた。

「なぁ、今こうして伊弉冊尊あんたがこの場に具現化しているという事は…。他の奴らも呼び出す事ができるのか?」

「あぁ、可能だ。だが…」

健次郎の問いかけに対し、イザナミは首を縦に頷く。

その後、私に視線を移す。

「他の者を具現化するには、そこの娘の霊力が不可欠。今、我がこうして姿を見せ続けられるのは、花窟神社があるこの熊野の中におるが故というのもあるが…」

「成程…」

イザナミの説明に対し、はじめが同調の意を示した後、私の方に視線を向ける。

「なぁ、外川とがわ。もし、御朱印達こいつらの力を借りるとしたら、満場一致で引き受けてもらった方が互いのために良いと、俺は思う。…だが、そのためにはお前の霊力を消費する事になるが…大丈夫か?」

真剣な表情をしているが、その口調は私を案じてくれているような感覚がしたのは、気のせいではなさそうだ。

 イザナミに頼んで伝えてもらうのも有りだけど…。確かに、全員と顔を合わせておいた方が良いというのは、私も賛同かな…!

私は、自身の胸に手を当てながら考える。

まだ自身に覆われた“穢れ”が抜けてはいないため、気を抜くと負の力に押し負けてしまいそうなくらいつらい。しかし、裕美を助け出すためには、自分の体調ばかりを気にしていられないのは内心で解っていた私は、数秒ほど考えてから口を開く。

「…はじめの言う通り、私も全員と共有した上で協力してもらいたい!だから、イザナミ!他の分霊達を、この場に呼んでもらってもいいかな?」

私は、真剣な表情を浮かべながらイザナミに尋ねる。

彼女は、その蒼い瞳で私を見据える。その決意と覚悟を感じ取ったのか―――――――一度瞳を閉じた後、再び眼を開く。

「…相分かった。では、他の分霊達ものたちを呼び寄せた後、今後の話を聞かせてもらうとしよう」

「うん…そうだね!」

「よっしゃ、頼んだぜ!!」

イザナミの台詞ことばに対し、私も健次郎達も少し明るい表情になり始める。

その後、イザナミを介して御朱印帳に宿る分霊達を呼びだしてもらい、“最後の地”で彼らとどう連携するのかを話し合う事になるのであった。

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