第17話 菅原道真を祀る天神信仰発祥の地・北野天満宮

「わぁー!どれも色とりどりで綺麗だなぁ…!」

「生姜に肉桂にっき味まであるんだな…」

平安神宮での参拝を終えた後、立ち寄ったお店にて私やはじめは各々の感想を述べていた。

「季節限定の金平糖もあるから、どれにしようか迷うなー!」

「バニラの金平糖とかも、興味深い…」

一方で、裕美や健次郎も商品を見ながら話をしていた。

平安神宮での参拝を終えた私達は、自転車に乗って少し北上し下鴨神社からも割と近い場所にある、金平糖専門店を訪れていた。そこは、店内はそこまで広いとはいえないが、各種色々な金平糖を扱っており、中には出産祝いや詰め合わせセットなども販売されている。

 この店の奥の方で、金平糖を作っているんだろうな…

私は、商品が多く置かれている方の壁際を見つめながらそんな事を考えていた。

因みにテンマは、店内が縦長で狭く感じる場所が嫌らしく、店の外で待機している状態だ。

「次の目的地・北野天満宮に着いた後とかにでも、少し食べたいよね!」

「それいいね、美沙ちゃん!」

色とりどりの金平糖を眺めながら、私と裕美は楽しそうに会話をする。

「俺も、自分土産に少し買ってみようかなー!」

「俺も…。甘い物は、嫌いじゃないしな…」

一方、最初は無関心だった健次郎やはじめも、品ぞろえの豊富さに購買意欲が湧いたようだ。

こうして私達は、各々が食べたい味の金平糖を購入し、次の目的地へと向かう。



「よっしゃ、到着!」

「境内に入る前に、水分補給しようか…!」

金平糖専門店を出た後、自転車をこいでたどり着いたのが、次の目的地である北野天満宮であった。

自転車を駐輪場に停めた後、全員が少し息切れしていたのもあり、私は友人達みんなに水分補給を提案したのである。

 レンタサイクル屋でのサービスで、ミネラルウォーターもらえて良かったな…!

私は、ペットボトルの水を飲みながら、そんな事を考えていた。

私達が今回自転車を借りたお店では、暖か手袋もしくはミネラルウォーター500mlのプレゼントがあり、私達は後者を選択。前者はおそらく、冬にレンタサイクルする客向けのサービスだろう。

「この真夏だと、水分は何よりも有難いな…」

すると、汗をかきながら水分補給をしていたはじめが呟く。

まるで、私や他の二人の気持ちを代弁してくれたような台詞ことばだった。


「さてさて!皆さん、金平糖専門店やらは楽しめましたかね?」

天満宮の一の鳥居をくぐった辺りで、しばらく姿を見せてなかったテンマが現れる。

「うん!甘い物で癒されたし、本日最後の参拝と行きましょう♪」

いつもの口調で話すテンマに対し、上機嫌な声音で裕美が答える。

 サイダー味の金平糖やつ、美味しかったなぁ…!

かく言う私も、先程少しだけ食べた金平糖の余韻に浸っていた。

一の鳥居をくぐって歩き進めていくと、左側には梅の木が多く見え、右側には柵で囲まれた場所がポツンと存在している。

「“太閤井戸”…?」

その中には井戸らしき物体ものと石碑があり、石碑に刻まれた文字を健次郎が読み上げる。

「…はい。その井戸は、かの豊臣秀吉公が天正15年…西暦だと1587年に催した“北野大茶湯”という催しで、お水を汲んだと伝わる井戸だそうですよ」

それを目にしたテンマが、解説をする。

 今のは、場面シーンを視る事はなかった…か

私は、彼らの会話を聞きながら、考えていた。

また、北野天満宮ここの境内に入ってから、今まで巡って来た神社とはまた異なる空気を感じていた。

 貴船神社のように洗練されている訳でもなく、混沌として落ち着かない雰囲気でもないこの感じは一体…?

私は、また新しい感覚を味わった事で、少し落ち着かない状態になっていたのである。


「そうだ!私も北野天満宮は来るの初めてなんで、御朱印をしっかりゲットしていくからね!!」

手水舎で手を清め、本殿へ向かって歩いている途中で裕美が御朱印の話を持ち出す。

「美沙様が事前に調べられていたそうですが…。何でも北野天満宮ここは御朱印が4種類もあるんですってね?」

すると、意外にもテンマがその話題に反応していた。

「そう!あと、期間限定の御朱印もあるらしいからね!種類豊富だわー!」

「京都好きな裕美が今回来るの初めてという事は…。やはり、北野天満宮ここが学問の神様に関係する神社だからかしら?」

「まぁ、そんなところね。御朱印巡りを始めたのも大人になってからだし、受験生の頃は北野天満宮の存在もあまり知らなかったしね」

テンマに対して得意げに話す裕美の後に、私も会話に参加する。

軽い気持ちで問いかけると、彼女が苦笑いを浮かべながら答えた。

「おっ!中門が見えてきたな…!」

そうこうしている内に、中門である三光門が見え、目撃した健次郎の声が響く。

「では、本殿へ向かう前に…。北野天満宮ここについて、お話しさせて戴きます」

話を聞いていたテンマが咳払いをした後、今のような台詞ことばを述べる。

その台詞ことばを皮切りに、私達は話を聞く体勢になった。

「この北野天満宮は、主な祭神を菅原道真公。平安京の最も重要な北西“天門”に位置し、古来より天神地祇の神々を祀る聖地だったそうです。また、道真公から由来するが故なのか、合格祈願や学業成就。厄難退散などの御利益があります」

「天神地祇の神々…?」

テンマが解説する中、聞き慣れぬ単語ことばに対し、私が不意に呟く。

「天神信仰についてはわたしもあまり詳しくないですが、わたし達が今いる北野ここという地は、平安時代頃より都の守護をつかさどる四方(=北東、北西、南東、南西)の北西…別称で“乾”の地として大変重要な場所とされ、天地すべての神々をおまつりした地主社が建てられたのが始まりだそうですよ」

その呟きを横目で聞きながらも、テンマによる解説は続く。

「簡単に申しますと、この地は天のエネルギーが満ちる聖地…と云ったところでしょうか。美沙様もおそらく、今までとはまた異なる雰囲気を、境内に入ってから感じられるはず…」

「そうなのか?外川とがわ…」

テンマが話ながら私に視線を向けると、はじめを皮切りに他の二人も私へと視線を向ける。

視線が自分に集中した事で、私は首を縦に頷いてから口を開く。

「うん…。テンマの言う通り、今まで巡ったどの神社でも感じた事のない感覚…が、一の鳥居をくぐってからずっと感じる…かな」

自分でもまだ納得できた訳ではないせいか、私は少したどたどしい口調で答える。

そんな私を見たテンマは、満足そうな笑みを浮かべていた。


「では次に、ご祭神・菅原道真公の話をさせて戴きましょう」

三光門をくぐった後、テンマが再び解説をし始める。

私達の目の前には、国宝指定された本殿と、その手前に咲く松の木と梅の木が視界に入ってきていた。

「道真の事なら、少しは知っているぜ!文才があって出世コースまっしぐらだったけど、藤原氏の策略で都を追われ、九州の太宰府に左遷されたんだろ?」

「おや、岡部様がご存知だったのは、少し意外でしたね。では、無実の罪で左遷された道真が亡くなった後の事からお話させて戴きます」

健次郎の台詞ことばで瞬きを数回していたテンマだったが、すぐにいつもの口調に戻って話し始める。

「きゃぁっ!!?」

テンマが話し始めた後、突然耳に響いてきた轟音に対し、私は悲鳴をあげる。

皆が驚く中、テンマは笑みすら浮かべながら語る。私がこの時感じた轟音は、道真の死後、京都で続いた異変の一つが北野天満宮ここに満ちる力で再現されたものだ。

道真の死後、御所の紫宸殿に落雷があった事で多数の死傷者を出したという。

 あれが、道真を陥れた張本人…!?

音から始まった場面シーンは、次に一人の貴族が壁代の向うで死んでしまう映像が流れ込んでいた。

テンマの話によると、道真の死後、彼を陥れた張本人・藤原時平が僅か39歳で急逝したらしい。私が今垣間見ているのは、その一端だ。

 負の感覚…これも、“穢れ”…!?

その後、都で起きた怪異―――――――とりわけ、道真左遷に関わった人間の“死”に関する場面シーンが、走馬灯のように私の脳内を駆け巡る。まるで、命の灯が消える度に自分の命も削られているような、苦しくも感じる“力”が私の中を突き抜けていく。同時に、そこには道真による“怨念”が込められていたせいもあってか、胸の中がザワザワするような心地がしたのであった。


「かくして、道真の荒ぶる霊を鎮めるため、天暦元年…西暦だと947年に京都北野の地に神殿を建立して道真かれの御霊を祀った。…これが、北野天満宮の始まりとも云われています」

テンマがこの台詞ことばを口にした頃には、私は手で胸を抑えながら息切れを起こしていた。

「平安時代当時は“祟り神”と恐れられた道真でしたが、その遺徳(=生前の業績)が評価され、彼を崇敬する天神信仰が広まります。そして江戸時代になると、学問・文筆の神様としてその天神信仰が一般庶民の間に広く浸透したそうです。…寺子屋にて学問上達の神として必ず天神さんの尊像が掛けられるようになった事から、今日こんにちで見られるような受験合格祈願のもととなったそうですよ」

裕美や他の二人が私に駆け寄る中、テンマは何事もなかったように語る。

そして、語り終えた後くらいにちょうど、修学旅行と思われる学生の団体が横を通り過ぎた。

外川こいつの反応を見る限り…その落雷は、相当凄かったんだろうな…」

私の表情を見ながら、はじめが不意に呟く。

私は場面シーンを視る事で手一杯だったが、裕美や健次郎も深刻そうな表情かおを浮かべていた。

「悪い話もありましたが、いずれにせよ…菅原道真公とやらは、人間としては大変優れた方だったのは紛れもない事実なのでしょうね…」

最後にそう述べたテンマは、本殿の側に植えられている梅の木を見つめていた。

「解説は終わり…かな?じゃあ、お参りしちゃいましょう!」

息切れが収まった私は、友人達みんなに提案する。

「そう…ね!その後、私は社務所で御朱印戴きに行きたいし♪」

私の表情を見て察したのか、裕美もいつもの状態に戻ってそう言ってくれた。

男性陣もそれは気が付いたのか、私の台詞ことばを皮切りに、菅原道真公の話は終了となる。


本殿での参拝を終えた後、裕美が御朱印を戴きに行っている間、私達はトイレ休憩をしていた。自分も用を足し、御手洗い付近で待っていた際に神社巡りの本を開く。

北野天満宮ここの写真と説明文が表記されたページを読んだ後、その前に描かれた菅原道真公のページを読んでいた。

そして読み終えた後、私は本をリュックにしまい、胸に手を当てる。

 さっきの…魂が削られそうな感覚…直子もきっと、味わっていたって事だよね…

私は、参拝前に体験した事を思い返していた。

一方、私の側に立っていたテンマは、何を語る訳でもなく黙ったままだった。

「…」

ただし一瞬だけ、口パクで何かを口にしていた。

しかし、私は俯いていたという事もあり、その瞬間を目撃する事はなかった。ましてや彼は、声を出していなかった訳だから、その瞬間を目撃できるはずもなかったのである。


そうして北野天満宮でのお参りを終えた私達は、自転車をレンタサイクル屋へ返却し、ホテルへ戻る事となる。

友人達みんなに心配かけまいと気丈には振舞っていたものの、この京都2日目で見た場面シーンのほとんどが脳裏にずっと焼き付いた状態で眠りにつく事になるのであった。

 明日が、最終日…。何だか物凄い長い期間京都にいたような感覚がするけど、最後までやり切らなければ…!

私は頭が痛く感じる一方で、そう強く思っていたからこそやってこれたのだ…と自分に言い聞かせながら、この日は就寝するのであった。

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