第11話 草薙剣を携えた日本武尊の逸話
翌日――――――ホテルをチェックアウトした私達は、荷物を名古屋駅で預けてから目的地へ向かう。名古屋駅へ向かった理由は荷物の事だけではなく、熱田神宮へ向かうには名古屋駅からだと私鉄電車1本で到着するという、アクセスの良さも理由の一つとなっていた。
「ここが、東門…だな!」
視線の先に鳥居が見えた途端、健次郎が確認するような口調で上を見上げる。
名鉄の神宮前駅を下車した私達は、そこから更に歩いて熱田神宮会館及び駐車場を通り抜け、入口の一つである東門へたどり着いていた。
「
少しだけ息切れした状態で、
「きっと、以前に行った鶴岡八幡宮よりも広いのかもね!」
彼の
「境内図を見る限り、かなり多くの施設がこの熱田神宮にはありそうですね!」
一方で裕美の持つスマートフォンを横から覗き込みながら、テンマが述べる。
「他の施設まで立ち寄っていたら帰りの新幹線に間に合わない可能性もあるから、ほぼ一直線に向かった方が良さそう!」
すると、スマートフォンに表示された神宮の境内図を眺めていた裕美が、テンマとこの後の進み方を話していたのである。
「では…進みながらこの熱田神宮について、お話ししましょう」
東門を潜り抜けた後、本宮へ向かって歩いている内にテンマの話が始まる。
神社巡りも3社目になると慣れてきたのか、その場にいる全員が足を動かしながら彼の話に耳を傾ける。
「この熱田神宮は、熱田大神・天照大神・
そう語るテンマの視線の先には、宝物館である文化殿が見える。
「因みに熱田大神とは、皇位継承のみしるしである三種の神器が一つ“
「
「左様でございます、美沙様。別名・
「その戦国武将って…?」
私が
「織田信長ですよ」
「…あ…」
テンマがその名を口にした途端、私の視線の先に再び“あの現象”が起こる。
自分以外の人間や物が白黒でしか見えず、少し離れた場所から行列のような“何か”が視えていた。
「っ…!」
行列の正体は、武装した状態の足軽兵だった。
それが近づいてきた事で、私は参道の端っこへと避ける。最初は足軽兵しか見えなかったが、途中から馬に跨った武将らしき人物が行列のど真ん中にいた。
という事は、あれが…
私はその行列を注視したまま、この行列が必勝祈願に訪れ、立ち去る織田信長の一行である事を悟る。
「そして、信長はその後に桶狭間へと出陣し、大勝利を収める。その後に奉納した
信長の一行を垣間見た後、テンマの
「“信長塀”…?」
近くに立てられている看板の字を、
私達が目にしたのは、本宮の一部を覆っているとされる一つの塀だった。
「その名前は、後の世で呼ばれるようになったのでしょう。この塀は土と石灰を油で練り固め瓦を厚く積み重ねたもので、兵庫の大練塀。京都にある三十三間堂の太閤塀と共に、日本三大土塀の一つとして名を馳せているらしいですね」
信長塀を見上げる私達の後ろで、テンマが補足説明をする。
「では、参りましょう。あの鳥居を抜ければ、本宮はもうすぐです」
テンマがそう告げ、本宮へ向かう事を私達4人に促す。
見上げた視線の先には、神明系(=伊勢神宮系統の神社で使われる鳥居の種類)の鳥居が見えていた。
神社巡りもそうですが、この先生きていく上でも健康的でいられるよう頑張りたいと思います…!
心の中で誓いを立てながら、私は瞳を閉じて拝む。
本宮にたどり着いた私達は、皆が見守る中で私は恒例の“お参り”をしていた。その後は当然、鞄に入れていた神社巡りの本が光を放ち、消失していた写真と文字が浮かび上がってくる。
「さて、お参りが終了した所で、祭神の話でも…」
テンマが次の話題にしようとしたが、途中で言葉をつぐむ。
私は気が付かなかったがこの時、裕美がテンマに対して黙るよう人差し指を口元に当てていたのだ。彼はおそらく、その行為に気が付いた野だろう。
全員の視線が集中する中、私は垣根の奥をじっと見つめていた。
境内図に“本宮”と記載されているものの、参拝者が
まるで、砂利が地上と黄泉の国を繋ぐ三途の川で、その先に見える本宮が極楽浄土への入口みたいだなぁ…
私は、垣根越しに本宮を見つめながら、そんな事を考えていた。
一方で、“自分は生きている人間なんだな”と改めて実感したのである。
「…さて、この辺りでしたら人気もあまり多くはないでしょう。先程の話を始めさせて頂きましょうか」
お参りを終えた後に神楽殿を横切った私達は、“こころの小径”と呼ばれる一本道を奥へと進み、土用殿と呼ばれる場所に到達していた。
「テンマ…ここって…」
「えぇ。かつて、
私が
「素戔嗚尊の話は以前致しましたので、それより後世に生まれし
テンマは私を一瞥した後、語り始める。
それと同時に、私の脳裏に
本来の名が
私は学生時代に、ヤマトタケルが女装して忍び込み、九州の
「ふははははは!!」
甲高い男の笑い声と共に見えた光景に対し、私は驚く。
場面は、相模の国にて“国造に荒ぶる神がいる”と報せを聞いたが、それはその国における豪族による罠で、ヤマトタケルは野原のど真ん中で火攻めに遭わされていた。また、馴れ初め云々は不明だが、彼の横には妃の
「炎にて焼かれ死ぬがよい…!!」
不気味な笑みを浮かべあざ笑う男の瞳は、一種の狂気が宿っていた。
その姿に対し、私は鳥肌が立つ。
「
一方、ヤマトタケルは燃え盛る炎が近づく中、妃を気遣っていた。
「タケル様。お心遣い、真にかたじけのうございます。まずは、この場を対処せねば…」
炎による熱で熱いのか、少し汗をかきながら
「うむ、どうすれば…!?」
彼も腕を組んで考え始めたが、すぐに何かを思い出した
「そういえば、叔母上より“危急の時にはこれを開けよ”と賜わった袋があったはず…!」
ヤマトタケルは、そう口走りながら貰った袋の口を開いて、中身を取り出す。
因みにテンマの話だと、
「これは…!?」
「これは…!!そうか、これならば…!!」
袋の中身が火打石だと気が付いたヤマトタケルは、その石を一旦、
「この場で待て」
「はい…!」
妃にそう告げたヤマトタケルは、脇に差していた草薙剣を鞘から抜く。
その後、彼らがいる草原において炎の燃え盛る音と共に、ヤマトタケルが草原の草を剣で刈る音が響いていた。
「…このくらいで良いか」
どのくらいの距離があったかは定かではないが、自分達の周囲一帯の草を刈ったヤマトタケルは、疲労のためか少し息が上がっていたのである。
「比売よ、火打石を…!!」
「はい…!!」
息が上がった状態で
それに応じた比売は、二つの火打石を使い、草に火を点けた。
「あとは、風の御加護を…」
火が点いたのを確認したヤマトタケルは、草薙剣を自身の胸の前に立てて瞳を閉じる。
この時に彼が何を口にしていたかまでは聞き取れなかったが、おそらくは向かい風を吹かせるために神へ祈っていたのだろう。
彼の祈りが通じたのか、風向きが変わり彼らにとっては向かい風の状態となる。無論、これによって炎の勢いも増し、同時に火を放った豪族達の方へ炎が移動し始める。
「な…なに…!!?」
風向きが変わり、炎がこちらへ迫ってくる事を、仕掛けた豪族達も気が付く。
待って、この先って…!?
私はこの後、どういう展開かまでは知らなかったが“何かグロイ映像を見そう”と予感したのか、思わず瞳を閉じる。
「…かくして、草薙剣と火打石によって
テンマによる
…グロイシーンを見る事なく終わってよかった…
その後はこころの小径を歩きながら、日本武尊のその後についても語られる。この時は映像が流れ込んでくる事はなかったが、
「そうそう!そういえば、この場所にある清水社…?そこが何でも、近年では女性に人気のパワースポットだってネットの記事で読んだわ!」
私の心境を察したのか、裕美が違う話題を切り出す。
「
「まぁね!」
彼女の
「そういえば、俺も少しだけググって知ったんだが…。どうやら
「あぁ、岡部様。それはですね…」
裕美の第一声によって話題が変わった事を悟ったテンマは、その先を言いかけた健次郎や他の二人に対して、説明をし始める。
あぁ…やっぱり、友達って良いものだよね…
私は、彼らのやり取りを見守りながら、そんな事を考えていたのである。
その後、こころの小径を通り抜けた私達は正門より熱田神宮を離れ、名古屋駅で荷物を取りに行った後、新幹線で東京へ帰還するのであった。
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