12月・学校へ行けない
時間はすでに12月の中旬になろうとしていた。
クリスマスを前にした 12月21日。
ラジオからは クリスマスソングが盛んに流されていた。
ビング・クロスビーの「ホワイト・クリスマス」や「ママがサンタにキスをした」、「サンタが街にやってくる」 「ジングル・ベル」 といった定番のクリスマスソングに加えて、この冬の大ヒット曲 カーペンターズの「シング」が多くの番組で流され、それは世界的な大ヒット曲となっていた。クリスマス商戦の真っただ中 商店街のアーケードを歩いても 「シング」の音楽がどこからともなく聞こえてくると言った人気で、もはやクリスマス音楽の定番となったような雰囲気を奏でていた。
金曜日の夜が更け いつも通りのサタデー・ナイトの放送がが始まり、りょうたんの明るい声がラジオの中から流れ始めて来た。
「さて 今日は常連さんの『秘密のメロディー』さんからのお手紙からです。
彼女は ちょっと深刻な悩みの中に入ってしまったようですよ。」
番組が始まってすぐの りょうたんから流された最初の葉書が 秘密のメロディーからの物と知って 旋はその内容に胸をどきどきさせながら聞き耳をたてた。
「冬休みを前に 今週 ずっと学校を休んでいます。来週の月曜日の2学期の終業式もお休みするつもりです。今、クラスの中で居場所がないんです。親友だと思っていたKちゃんに裏切られて、クラスの中で独りぼっちになっちゃって・・・」
「何がいけなかったのだろう。」
「もう、すべての事が嫌になっちゃった・・・」
「おいおい、これはちょっと手紙の内容がいけないですよね。
りょうたんがその手紙の内容に驚きの声を上げた。
「先週予告しましたように、今週の放送から電話リクエストコーナーを始めようと思います。その第一弾として 秘密のメロディーさんの悩みについて その解決策を探っていきたいと思います。『秘密のメロディー』さんの葉書には電話番号が書かれていましたので 初めて番組から電話をしてみようと思います。」
電話リクエストは深夜放送の中では他の放送局や番組でも人気のコーナーになっていて これまでの葉書だけでのつながりから ラジオリスナーの直接の声を聞くことができ、番組のパーソナリテーとおしゃべりできると言う事で注目されるようになっていた。
「深夜の1時を廻っていますが、『秘密のメロディー』さん、電話に出てくれるかな・・・」
番組の中で電話の呼び出し音が流され 3度ほどのコール音が流れた時 番組に女の子の声が流された。
「はい、もしもし・・・りょうたんですか。本当に?」
「秘密のメロディーさんですか?」
りょうたんの問いかけに 驚いたように電話口から声が返された。
「信じられない 本当にりょうたんから電話をもらえるなんて、嘘みたい・・・」
「秘密のメロディーさん 真夜中だけれど電話は大丈夫?
お父さんや、お母さんに注意されたりしないのかな。」
「あっ 大丈夫です。うちの電話は親子電話で 私の部屋に子機があるから、大丈夫なんですよ。」
旋にとって初めて耳にした あこがれの存在になりつつあった 秘密のメロディーの声は、同じ中学3年生というよりも、ちょっとお姉さんのように感じられる ちょうど人気歌手の「南沙織」をイメージさせる透き通った声だった。旋の心は その声を聞いて ますます胸がどきどきする様な感覚に襲われたのだった。
「秘密のメロディーさん、今、学校でかなり深刻に悩んでいるみたいだね。いったい何があったの? もうちょっと詳しく話してもらっていいかな。学校にも行けないくらい悩んでいるんだよね。」
「実は、学校で 中学1年生からの友達で KちゃんとYちゃんって二人の友達が居るんです。その二人を中心に私を入れて5人の仲の良いグループでこれまで何時も一緒に行動していたのだけれど、12月に入って 何があったのか、Kちゃんから突然に絶交宣言されちゃって、ほかの3人の友達も口を聞いてくれなくなっちゃたんです。」
「友達の4人が口を聞いてくれないって なにか思い当たる原因は無いの?」
りょうたんはその理由をつかもうと質問を繰り出したが、秘密のメロディーの答えは的を得ない物ばかりだった。
「本当に なにが原因でみんなが私に怒っているのか、ぜんぜんわからないのです。前は給食の時もみんなでわいわいやりながら食べていたのに 今は一人ぼっちで・・・」
「最初は そのグループの4人だけだったのに 最近はクラスの他の友達も みんな私を避けているような雰囲気になってしまって、挨拶をしても誰も返してくれないし、もうクラスのどこにも居場所がないみたいで・・・。」
「秘密のメロディーさんは女子の中学校なんだよね。女の子特有のなにかなのかな・・・。 どこかにこの問題のきっかけがあったと思うのだけれど。何だろうね。」
「KちゃんやYちゃんに正面からぶつかって聞き出す事って無理なのかな?」
りょうたんとしては この問題の打開には直接向き合ってその原因を聞きだす事しかないと考えたが 秘密のメロディーの現在の状況ではかなり厳しそうな様子が電話口からも感じられたのはたしかだった。
「私も KちゃんやYちゃんに問いただそうと 何度も思ったのだけれど、、、、 やっぱり声が出せなくて・・・」
「ほかの友達を通して聞くこともできないのかな?」
「もう クラスの中で私だけ阻害されている様な状況になっていて。」
ラジオの中でのりょうたんと秘密のメロディーのやり取りを聞く中で 旋は言葉も出ない様な気持となり 最初のドキドキ感は 次第に友達と呼ぶKちゃんとYちゃんたちへの怒りの様な気持ちになりつつあった。
合唱コンクールでクラスが強くまとまり、学級内でのいじめや友人たちを除外する様な事件とは無縁な3年4組にいる 旋にとっては ちょっと想像できない 秘密のメロディーが置かれた状況には想像も難しく 胸は痛むものの、すぐに返すようなアドバイスの言葉は見つからなかった。
りょうたんが返した悩みに対しての対処法は、少しでも心を強く持って くじけないようにという言葉だった。
「秘密のメロディーさんに本当に何があったのか、KちゃんやYちゃんなどクラス全体の反応を読み解くことが必要だと思うけれど、たしかに深刻状況に置かれているけれど、無理して学校に行く事はないとおもうよ。」
「ちょうど、クリスマスやお正月もやって来るし、冬休みという事で 少し時間を置くことは良い事なのかもしれないね。 時間が解決してくれるのじゃないかな。」
りょうたんの学校を休んでもいいから 時間を置くことは良い事じゃないかというアドバイスは 旋にとっても的を得たアドバイスのように感じられた。しかし、逆に秘密のメロディーとぶつかっていると言う KちゃんやYちゃんと正面から向き合って今回の反目の原因となった元を見つめた方が良いようにも感じられるところも強く感じていた。
「東京ナイト・フレンド」の番組を通じて感じる秘密のメロディーのこれまで旋の抱いていたそのイメージは いつも多くの友達に囲まれて、その輪の中心にいて、頭脳明晰で可憐な容姿の魅力的な女の娘で、愛知県の田舎では決して出会えない様な都会のテレビに登場するアイドル的な存在のイメージの姿が旋の中では独り歩きして作られていたのだが、初めて本当の秘密のメロディーの声を聴いた時、それは決してアイドルの様な存在ではなく、旋や周りの友人たちと同じように、いろいろなことに悩みながら 一生懸命に毎日を過ごしている 中学三年生の女子の姿が目に浮かびあがってきた。
冬休みを前にして、中学3年生の受験生としては最も重要な時期を迎え、担任の山村先生からは
「受験生にとって クリスマスも正月もないからな! これからの年末、年始の冬休みの時間にどれだけ勉強に集中できるかで、進学する高校が決まるからな。お前たち中学3年生にとってはこれからが正念場だから・・・」
と葉っぱをかけられていた。
もちろん 旋自身もそのことは強く意識はしていた。冬休み明けに行われる 学年末の校内テストの結果によって 内申書の最終的な評価が決まり、それによって高校の選択、進路も大きく変わってくることは自覚していた。
地元で進学校と呼ばれる高校に合格することは最も大きな目標でもあり、40人ほどのクラスの中においても2割ほどの上位の8人くらいの成績に位置しないと学校側からは進路の選択を再考するように言われ、指導を受ける事は判っていた。
人生においての大きな分岐点で、年明けのテスト次第で高校が振り分けられて、ランク付けされていくことも感じていた。
しかし 旋にとっては冬休みの重要性以上に 「東京ナイト・フレンド」で聞いた秘密のメロディーの悩みの告白が頭にこびりついて離れることはなかった。
午前3時に番組が終わった後も秘密のメロディーの放送の中での声と、りょうたんにぶつけられた言葉の一言、一言が頭の中を駆け巡り、ベッドに入っても眠りに落ちる事は無く、朝を迎えてしまった。悶々とした気持ちを抱えたまま土曜日の学校に行っても冬休み前の最後の授業が頭に残ることは無かった。
旋は授業の内職のしやすい国語の時間に ノートの最後のページに秘密のメロディーに向けたいろいろなアドバイスを走り書きして どのような対応を取るべきかをいろいろと考えてみたのだが、その解決策をまとめる事が出来なかった。
女子生徒ならどんな対応を取るべきだろうかと、クラスの中で深夜放送ファンの幾人かの友達に 昨夜の放送の話題を旋なりに解釈をして問いただしてみたのだが、やはり明確な答えを出せる友人はいなかった。
土曜日午前中の3時間の授業を終えて、家への帰路の途中 いつもの郵便局に立ち寄って 100円をだして10円の葉書を10枚購入した。この葉書の紙面に本当に解決策としてのメッセージを書くことが出来るのかと言った自信はなかったが、とにかく旋なりのアドバイスを書かなければいけない様な使命を感じていたのだ。
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