第27話 もう一つの失踪3
その夜は、10時頃になってハルを探しに行っていた父が戻ってきた。
「父さん、ハルは?いた?」
「いない。どこに行くと言って出たわけじゃないしな。どこを探せばいいのか見当もつかん」
「どこ探してたの?」
「村の中はほとんど探した。川も河原まで下りて、かなり上流や下流の方まで行ってみた。だけど夜だし、懐中電灯だけじゃあ、川も全部は照らせないしな。今日は終わりにして、明るくなってから探せる人だけで回ってみることになった。真生、宿題はやったか?夕方ハルちゃんを探しに行ってたんだろう?今夜は早く休め」
宿題なんて、全くやってない。もちろんやろうと思って広げたけれど、全く手に付かなかったのだ。
父に言われ、僕はベットに入った。宿題はやらない。明日はハルを探しに行く。僕はそう決めていた。
今からハルを探しに出るなんて、できるわけがない。僕が朝までに戻ってこられなかったら、また両親を心配させるし不安にさせるだろうし、それに真っ暗な中、ハルを探しに行くのは合理的ではない。夜になってもそこまで気温が下がらない今の時期、きっとハルは大丈夫だ……そう自分に言い聞かせた。
ずっと、考えていた。
ハルは、千絵が言ったように、山に行ったんじゃないだろうか?もしかしたら、いなくなっている泉ちゃんという子を探しに行ったんじゃないか……
清龍寺神社の話をしたことで、ハルの中で、いなくなる=洞窟の中という構図ができていたのかもしれない。ハルが自分からどこかに行ったとなると、そういうことなんじゃないかと僕の考えは行きついた。
「それにしても、だとしたら、なんで今日なんだ?土曜まで待てなかったのか?」
そう呟いてみて、声に出してみたことで、ハッとなった。
「そうか、あの子は確か日曜にいなくなったって言ってたな。今日が木曜だから、4日も経つ。ハル、急がないとと思ったのかもしれないな」
ハル、あの子を探しにいったのかもしれない。そこに考えが行きついたところで、僕は少しホッともしていた。そうだとしたら、ハルはきっと大丈夫だ。だけど、あの中で迷っているのかもしれない。まだ泉という子を見つけられなくて彷徨っているのかもしれない。朝になったら、行ってみよう。ハルを探しに……
たのむ、ハル、そこにいてくれ……
ほとんど、想いは願いになっていた。そこにいるのかどうかなんて、本当はわからない。けれど、他に思いつかなじゃないか。ハルが帰ってこないことの理由が、他にないじゃないか……
僕は、ふとすれば考えてしまいそうになる、誰かに連れ去られたかもしれないという考えに意識が向かないようにしていた。考え始めたら、絶望しかなくなるらだ。
泉という子がメロディーに行くと言っていなくなったことも、実はちゃんと頭の片隅にあって、だから洞窟になんかいるわけなんかないという思いのその欠片に目を瞑って、ハルは洞窟に泉を探しに行ったんだと、強く強く思い込むよう努力した。
「まさきーーまーさーきーーー」
いつの間にか眠ってしまった僕は、だんだんと近づいてくる母の呼ぶ声で目が覚めた。
「ハル」
目が覚めた瞬間、ハルのことに意識がいった。
昨夜はハルのことを考えていて、全く眠れないと思っていたけれど、気付いたらいつの間にか眠っていた。
ドアを開けた母に、「ハルは?」と聞いたが、母は首を振るだけだった。
「さあ、もう起きないと遅刻するよ」
「うん」と返事をして起き上がろうとする仕草をして、顔をしかめた。
「すごく頭が痛いんだ」
僕は、昨夜から考えていた言葉を言った。
「昨日あんなことがあって、あんたも気疲れがあるのかもしれないね。起きられそうにない?」
「うん。身体を動かすだけで、ズキズキするよ……」
「仕方ないわね。学校にはお休みの連絡入れておくから、もう少し眠りなさい。母さんは今日は休めないから8時には家を出るから。お父さんも、ハルちゃんのことも心配だけど、今日は休めないから。一人で大丈夫?」
「うん、寝てるから大丈夫だよ」
「じゃあ、なんか食べるものテーブルに置いていくからね」
「うん」
部屋を出て行く母の背中に、「ごめん」と心の中で呟いた。
それからしばらくして、母が頭痛薬と水を持ってきた。
「なんか食べられそうなら、食べてから飲んだ方がいいんだけど……」
「うん。じゃあ、起きられそうだったら食べてから飲むよ。置いといてよ」
母が机の上に薬と水を置くと、
「じゃあ、行ってくるからね。ちゃんと寝てなさいね」
そういう母に向かって、頷いてみせた。それからしばらくして、母が家を出る音がすると、僕は急いで起き出して支度を始めた。
ずっと考えていた。あの中でまた迷子になるようなことがないようにするには、どうしたらいいか……
ロープを持っていって、入り口の祠のどこかに縛って、ロープを持って進むのがいいかなと思い、物置に行って探してみたけれど、ロープはなく、代わりにビニール紐を見つけた。それと、懐中電灯も必要だなと、確か地震が起きたときのためにと父が用意したものが仏壇の横に一つあったことを思い出し、ご丁寧に箱に入れられたそれをつけてみると、ちゃんと明かりがついた。箱の中には、これまたご丁寧に替えの乾電池も2つ入っていた。
台所に行き、何かお腹に入れておこうとテーブルを見ると、そこにはおにぎりが6つも作ってあった。
「おにぎり」
思わずそう呟いた。恵信の書いた手紙を思い出したからだ。誠子さんが作ったおにぎりを、また一緒に食べたいと書いてあった手紙……
僕はおにぎりを一つ食べた。僕の好きな梅干しのおにぎりだった。
そして冷蔵庫の横のラックに入れてあるアルミに、一つずつおにぎりを包むと、その5つのおにぎりと、冷蔵庫から麦茶を出すと、それを水筒に入れ、学校に持って行くリュックにそれらを入れて、ビニール紐と懐中電灯と、電池が切れた時のために仏壇に置いてあるロウソクとマッチもリュックに入れると、「そうだ」と、急いで2階へ上がると、ベットの枕元にある時計と、机の一番下の引き出しから板チョコを取り出して、それもリュックに入れた。
そんな僕をジッと見つめていたラッキーに、「今日は留守番だ」と声をかけると、玄関からそ~っと顔をだして、辺りを窺った。
思いのほか静かだった。
もう小中学生の登校時間も過ぎているし、仕事に行く人たちも、もうほとんど出掛けている時間になり、ハルを探してくれる人たちがいるのかと思ったけれど、もう探しに出たのか、それらしい姿も見えない。
僕は玄関の鍵を閉めると、庭を通って裏へ行き、堤防へ上がった。すると、河原に人の姿がいくつかあることに気付いた。
下流に向かって歩いて行く人たちと、上流に向かう人たちとで、ちょうど山へ行く橋から上下流両側に向かって行ったのか、同じくらいに距離が離れて行くところだった。
僕はいつも通り、橋を渡って堤防を行こうと思っていたけれど、これだと誰かに気づかれるかもしれない。悪いことをしているわけではないと思うけれど、僕はずる休み中だ。ぐるり回って、伯父の家のある方から山に入ることもできるけれど、歩いて行くとなると、時間がかなり余分にかかってしまう。
僕はしばらく待つことにした。もう少し待てば、河原にいる人たちから僕の姿が見えなくなる。
家の裏口に戻ると、リュックから時計を取り出し、1分1分が過ぎていくのを、それを見ながらジッと待った。
10分ほど経ったところで、また堤防に上がって辺りを見ると、もう河原に見える人の姿が、かなり遠い。これならばと思い、僕は橋に向かって歩き出した。歩き出すというより、ほとんど小走りで……いや、走った。
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