第21話 失踪2
「ねえ、ハルちゃん、泉知らない?」
「知らない」
「じゃあ、えっと……千絵ちゃんだっけ?泉のこと知らない?」
「知りません」
「怜美ちゃん、泉のこと知らない?」
「知らない」
「由香ちゃんは?」
「知りません……」
校門のところで、また泉の母親に声をかけられた。
今朝も登校してくるところを待っていたように、6年生みんなに「泉のこと知らない?」と声をかけていた。泉がいなくなったという話を千絵から聞いた昨日も、学校の帰りに校門のところで泉の母親はみんなに「日曜日に泉と遊んだ?」と声をかけていた。
「泉ちゃん、日曜に誰と遊ぶか言わないで出掛けたんですか?」
私がそう聞くと、
「おばさんが仕事に行くとき泉に聞いたら、今日はみんなでメロディーに行くかもって言ってたの。でも典ちゃんも理恵ちゃんも、智ちゃんも、その日は泉と出掛けてないって言ってて、泉の言うみんなって、誰だったのかわからないのよ。ハルちゃん、泉が誰と出掛けたのか知らない?」
私は昨日も、「知らない」と答えた。
泉が行くと言っていたメロディーは、隣町にある小さなファンシーショップで、キティちゃんやマイメロディー、キキとララなどのキャラクターものなど、女子の好きそうなものがたくさん置いてあり、休日にはそこへ行こうという話になることも度々あるのだった。
そこに友達同士で行くには、バスで行くか自転車で行くかの2通りで行くのがほとんどで、泉の自転車は家に置いたままなので、バスで行ったのではないかという話だった。
「泉ちゃん、まだ帰ってこないのかな?」
「そうなんじゃない?だからおばさんは探してるんだろうし」
「ハルちゃん、泉ちゃんどこに行ったんだろうね?」
「メロディーじゃない?おばさんもそう言ってたし」
「真生君みたいに、違う街から出てきたりしてね」
「そうだといいね」
ほとんど空返事のような言葉を千絵に返していた。
私の意識は、ずっと校門のところで出てくる6年生にひたすら声をかけているおばさんにあった。昨日の帰りもそうしていて、朝も同じようにみんなに声かけて、また今も同じことしている。
みんな「知らない」って言ってるんだから、何度聞いたところで返事は同じだろうに、なぜ同じことを何度も聞いているんだろう?答えは簡単だ。泉のことが心配でたまらないのだ。みんなが知らないと言っても、もしかしたら誰かがと、その希望を捨てられないのだろう。
おばさんのそんな姿は、私に大きな石を飲み込ませたように、ズシンと心に重くのしかかってきた。
「ハルちゃん、泉ちゃんが出てくるといいって、本当に思ってるの?私は泉ちゃん、真生君みたいに迷子になって、もう出てこないといいって思うよ」
「そういうこと、思っても口に出さないほうがいいよ」
「意地悪するから、いなくなればいいって思うんだよ。それにこんなこと言えるのはハルちゃんにだけだよ」
千絵は私にはなんでも言ってくれる。私は、千絵になんでも言え……ない。
6年生になると、夏の市内の小学生ミニバスケット大会の練習のために、クラスで2チームを作ることになった。街の大きい学校との人数の関係で、選手登録は全員になるだろうけれど、実際の大会には1チームしか出ることができない。チーム編成は今までの練習を見て、担任の遠山先生が決めたものだ。
「もしかしたらチーム替えをするかもしれないけれど、練習で結束を固め、このどちらかのチームを試合に出すつもりだ」と言っていた。
遠山先生は5年生からの持ち上りで、去年のビンタ事件もわかっているはずだった。それなのに、私と千絵は泉と同じチームになり、泉と仲のいい典子や理恵は別のチームとなった。これはきっと、先生が私や千絵と泉の関係を『結束を固める』努力をさせることで少しでも良くしようと思ったのか、それとも輪を乱しそうなメンバーと、上手くまとまりそうな、最初から試合に出すのは典子たちのチームにしようと決めてチーム分けをしたのかもしれない。
泉は、武士の情けとでもいうのか、通学班が同じで家が近く、幼馴染の智美だけがギリギリ自分の味方になってくれるといったチーム分けになり、それをわかってこのチーム分けにしたとしたら、先生も相当意地悪な気がしたし、そうじゃなく、仲を取り持つつもりで分けたのだとしたら、相当間抜けだと思う。
このチーム分けで泉がどう思っているのか、どう感じているのか、どう動くか、考えただけでゾッとするようだった。
「私がキャプテンでいいよね?」
体育の時間、チームに分かれてのパスの練習や作戦会議をすることになり、円陣を組んで座ると同時に、早速泉が主導権を握ろうとした。
「そうだね、泉ちゃんはバスケットやってるもんね」
智美がそれに同調した。私も、それがいいと思ったので、そう言った。泉のことが気に入ろうと気に入らなかろうと、そこのところはやはり経験者がやるほうが何かとスムーズに事が運ぶのはわかりきっている。
「副キャプテンは誰にする?私はとしては、千絵ちゃんとか、いいんじゃないかなって思うんだけど」
「えっ、私?ダメだよ、無理だよ、私、運動苦手だしゴールにも入らないし、パスだってヘタクソだし……」
「そうだね、だから千絵ちゃんがいいんじゃないかなって思うんだよ。こう言ったら悪いけど、今のままだとたぶん千絵ちゃんは補欠でしょ?だからそういう立場で、みんなの補助的なことをやってもらいたいの。ボールに空気入れるとか、おしぼり用意するとか……」
「ちょっと待ってよ。それじゃまるで最初から千絵ちゃんに試合に出るなって言ってるみたいじゃん」
泉の魂胆は見え見えだった。運動が苦手な千絵を最初から外すつもりだ。
「わかった。それなら私が副キャプテンでいいよ」
「千絵ちゃん、それでいいの?泉ちゃんの命令で動くようなものだよ?」
「私、運動が苦手だしさ、バスケやらなくていいならその方が楽だもん」
千絵は自分がやりたくないことを避けるほうを選んだ。
ここの小学校は田舎なので生徒数が少なく、6年の女子は14人しかいない。2チーム作って、7人ずつに分かれてチーム作りをしたけれど、試合に出られるのは5人で、補欠が2人ずつということになる。
「でも千絵ちゃん、ミニバスを全然やらなくていいってことにはならないんじゃない?練習やってないと先生に何か言われると思うし……」
「あ、そっか。でも上手くできなくても気にしなくていいから、いいよ」
「じゃあ、パスの練習からやろう。2人ずつ組んでパス練習ね」
「2人ずつだと1人余っちゃうから、円でやればいいんじゃない?それか1組は3人で」
「ハル、キャプテンは私だよね?横から口を挟まないでよ。2人ずつペアでパス練習ね。千絵は転がってきたボールを取ってやったりしてよ。ハルは私とペアね。ほら、早くきなよ」
泉がそこから離れていくと、千絵が、
「ハルちゃん、ごめんね。私、これで泉ちゃんからボール当てられたりしなくなるから、この方が楽だよ。ハルちゃん、泉ちゃんにやられないように気をつけてね。ハルちゃんは運動神経がいいから、きっと大丈夫だね」
千絵の言葉を受けて、私は仕方ないと、泉とパスの練習をすることにした。
「まず5mくらい離れてパス10回ね」
大きな声手みんなにそう言うと、足を使ってだいたいの5mを測ると、みんな同じくらいの距離を取って、パスの練習をはじめた。
その10回は、特に大きな問題もなく、同じチームの怜美と由香、明世と智美もやっていた。
「じゃあ、次は10mね」
そういって、泉は今立っている場所から5mを測ったときと同じように、足を使ってだいたいの10mを測ると、ボールを2度ほど地面にバウンドさせると、それを手にとりいきなり投げつけてきた。
あまりの速い動きからのパスで、まだパスを取る態勢になかった私の手に思い切り当たると取りこぼし、ボールは後ろへ転がって行った。
「ちえーーボールーーー」
泉は千絵にボールを指さしながら、取って来いとばかりに顎を動かして命令した。
そのあとも、先生の目が向こうに向いているとき、かなり強いボールをわざと私に取れないよう、横の方に向けて投げ、千絵にボールを取りに行かせることを何度もした。
千絵はそのたび、ボールを取りに走った。
「私が行くよ」と何度か千絵に言ってみたけれど、そのたび泉が「ハル、ボール拾いは千絵の仕事だよ!!」と、目をキッと吊り上げて言う。
いったいなにをそんなにイライラしてるんだろう、去年のことをまだ根に持っているだろうかと、泉を見ていると、泉はチラチラともう一つのチームに何度も目をやっていることに気付いた。
その典子たちのチームは、和気藹々とした雰囲気で、時折笑顔も見えるほどで、パスの練習をしていた。
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