第18話 神社1
「ここには、爺さんたちが書き残したものがある。もちろん、今までの神主たちが全員こういったものを書き残したわけじゃないが、何人かは、引き継いで書き残そうとしたようでな」
そう言って、いくつかの手紙とノートのようなものを出してくれた。
ノートは片方2か所が紐に通してあり、その紐が結ばれているものだった。
「全部を読むのは大変だから、近いところから見てみるか」
そう言って、僕の前に広げてくれた。
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1955年 一人 失踪者なし
1947年 一人 勝男 暴力
1933年 一人 失踪者なし
1929年 一人 失踪者なし
1926年 二人 内幼子一人 失踪者なし
1912年 一人 美知 殺人
1910年 一人 誠
1906年 二人 なし
1901年 一人 なし
1853年 二人 幸 雪 飢饉
1836年 一人 なし
1822年 一人 耕助 暴行
1785年 二人 銀一 暴行 なし
1755年 一人 なし
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これは紙を新しく足していけるようにしてあって、上に行くほど新しくなるように書かれているようだ。そして、ところどころで字が変わっていて、この違いが、当時の神主の違いなんだなと、そんなこと考えながら、またページをめくろうとすると、
「たぶん、見つけた人数と、その頃に失踪者がいたら、その名前を書いておいたものだろうと思う。それと、その人がどういう人だったのかわかるような言葉もな……だからって、見つかったのがはっきりと誰かとはわからないんだろうがな。それに暴行や人殺しという言葉を見ると、もしかしたらそいういう手に負えない者を、ここに連れてきた者がいたのかもしれん。その辺りのことを考えると、何も書かれていない者も、已むに已まれぬ理由で、ここに入れたこともあるのかもしれん。そういうこともあって、ここは秘密を護るべき場所ということなのかもしれん」
そんな話を聞きながら、昔の人はここの存在を知っている人が多かったんじゃないか、でも秘密にしなければいけないこともわかっていて、いつの間にか、ここの血を繋ぐ神主だけが知るだけになったのかもしれないなと、さっきの千絵の話を思い出していた。
「この中にいる人は毎年見つかるわけじゃないんだね」
「そうだな、かなり年月が開いているものもあるし、その代の神主で一人だけのときもあれば、一人も見つけることなく終わる神主もいただろう。あと、書かれていないときもあるんじゃないかと思う。お前が一人見つけたって言ったな?私の代では、まだその人が初めてなんだ」
「えっ、そうなの?」
「そうだ。だけど見つけたのはお前だから、私の代では初めてだっていうのもおかしいかもしれんが。あと、その手紙の中に何枚か絵もあるんだ。もしかしたら思い当たる人の顔でも書いたのかなと思うが」
僕は伯父が手渡してくれた手紙を見た。
これじゃ誰だかわからないんじゃないかと思うような、あまり上手くない絵もあり、少し可笑しくなった。
絵だけではなく、何か書かれているものもあった。
『すみません すみません すみません すみません すみません……』
ただ、謝罪の言葉だけが筆で何枚もの紙にひたすら書いてあるものがあり、それを見て僕は身体中に鳥肌が立つのを感じ、同時に背筋が凍る思いがした。
ここに人がいる。そのことの意味を初めて実感したのが、この瞬間だったかもしれない。全部の手紙や書き残しを見ることに、少しのためらいを感じながらも、好奇心という気持ちを抑えられず、そこにあった紙を広げて見ていた。
そして、僕はそれを見つけた。
和紙のような紙に書かれた似顔絵を見て僕は息を飲んだ。
「ハル?」
なんでハルの似顔絵がここにあるんだ?僕は混乱した。
「伯父さん、ここに書かれた似顔絵の人は、みんな中にいたのかな?」
「そうなんだろうな。じゃなきゃあ残しておかんと思うが……」
そう言って、僕の持つ似顔絵を見ると、
「ああ、それは違うかもしれん。裏を見てみ」
裏を見ると、隅に何か書かれていた。
『中から天使が現れた』
「天使?」
「天使のようだな。それと一緒に入っていた手紙があるだろう。紙が破れて少しだけ残っているものが」
確かに、破れた紙があり、そこには、『また一緒におにぎりを食べられる日を、ひたすらに待ち続けております』
似顔絵の裏に書かれた字とはあきらかに別人の字で、そう書いてあった。
「中から天使が現れたってのがどういう意味なのかわからんが、この天使とおにぎりを食べたんじゃないかな。そしてまたおにぎりを食べましょうと約束でもしたんじゃないかと思うが、それが叶ったのかどうか。こんな手紙が残されているんだから、そんな日は来なかったのかもしれんな」
そうか、ハルなわけないか。
でも、それにしてもよく似ている。もしかしたらハルの祖先かもしれないな。
破れた他の部分にどんなことが書かれていたのか、とても気になったけれど、でもそれがわかるはずもなく、なんとなくハルの顔を思い浮かべて、「天使か」と、僕が知ってるハルは天使にはとても見えないなと、笑いをかみしめそう思いながらも、似顔絵とハルの顔が頭から消えなくなっていた。
それにしても、どうしてこの人が天使なのか。中から現れたって、どういう意味だろう。
僕が似顔絵を見て考えていると、伯父が筆を持ってきてノートの続きに何かを書き込んだ。
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1987年 一人 失踪者なし
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「お前が見つけた人を書いておいてやらんとな。けど、ここのところ誰がいなくなったなんて話は聞かんからな、古文書にあるように、樹の海からか、他のどこかから来た人なんだろうな……」
「あの人、しばらくああしていてもらうんでしょ?」
「そうだな、お骨(こつ)さんになって墓に入(はい)れるようになるまで、ああしていてもらわにゃあいかんな」
「伯父さん、初めてって言ったけど、お骨さんをお墓に入れるのも初めて?」
「いや、一度だけ、まだ親父の代の時に18の頃だったか、一度手伝ったことがある。というか、そうした機会は滅多にないことだからと、覚えておくようにという意味で先代が私にもこいと言ったんだろうが……」
「今、あの中にいる人をお墓さんに入れてあげるとき、僕も行くよ」
「そうだな、でもお前がもう少し大きくなるまで時間もかかるだろうから、それまでに心構えをしっかりとしておいてくれや」
そう言われ、僕は中にいた人のことを考えた。
あの人がいたところまで行くのは……僕はもう一度あの暗い中で歩いた道を思い浮かべようとしたけれど、それは道を思い出すというより、暗さと怖さが先に来て、思わず身体がブルッとなり、頭の中でそれを思い出すことを拒否しているようで、思い浮かべることなどできなかった。
僕は自分で思っているよりかなり恐怖が大きかったのかなと、今更ながらに思った。
「伯父さん、今度中に入るのは祭りが終わってからでしょ?それまであの人はそのままなの?」
「そうだな、今回はたまたまそこに人がいたのをお前が見つけたから、そこにいることが分かったが、本来、その日までわからないはずだったからな……祭りのあと、ちゃんとどの辺りにいるのか確認してくるよ」
その日まで、まだ半年は先のことだなと思った。それまであの人、一人であそこにいるんだなと思うと、怖くないのかな……などと、もう怖いわけないのに、そんなこと思う自分が、なんだか可笑しかった。
「それからな、もう一つ、こんなものもあるんだが……」
そう言って伯父さんが広げたものを見て、わぁ……っと思った。
「これ、あの中だよね?」
「そうだな、中だ。だが全部じゃないと思う。ところどころ途中になっているだろう?」
それは、かなり古い紙に、付け足すように書き足された部分がある、地図だった。
地図には、祠の位置や、2本の木で閉められた入り口や、龍の口から水が流れ出る位置なども書いてあり、それを見ると、あの中に水の流れがあることがわかった。
でも、僕が入ったとき、そんなところなどなかった。
この地図を見て、たぶん通らなかっただろう道がいくつもあったんだなとわかり、先がどうなっているのかわからないところに入り込んで行かなくて、本当によかったなと思った。
「伯父さん、この地図はいつか完成するのかな?」
「さて、どうかな?なんせ中は暗いし、しょっちゅう行くところではないし、みんな少しずつ書き足したんだろうから、私が書き足せるかどうかはわからんな。自分が迷ったりしたら元も子もないしな」
この地図が完成する日はくるのだろうか?
「じゃあさ、もしかしたらずっと見つけてもらえていない人もいるかもしれないよね?」
「そうだな、そのままお骨さんになって、地に返った人もいるんだろうなと思うよ」
そう言われ、僕は山の姿を思い浮かべ、この山の全体を、神様は護っているんだなと思い、いつか自分もその使い人になろうという気持ちがしっかりと固まった気がした。
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