第10話 一緒に……
あの日から、しょっちゅう真生君がラッキーの散歩に行くのを待ち伏せするようになっていた。さすがに毎日だとわざとらし過ぎるかなと思い、毎日は止めておいた。
それでもやはり話をするまでにはいかず、時折挨拶をするくらいだった。
学校が休みの土日は、真生君がいつ散歩に行くのかがわからず、1日中家の前にいるわけにもいかないので、午後の3時頃から見張れるときは見ていたりしたけれど、土日に散歩の行くのを見つけたことがなかった。
そして、そんなことをはじめて季節は秋から冬になり、もうすぐ冬休みに入るというある日曜日の昼過ぎ、ラッキーを連れて歩く真生君を見つけた。
真生君は、いつもの散歩道を歩き、畑を1周するように歩いて、広い通りに出ると、自分の家の方へは行かず、家とは反対側の、山へ向かうほうの道路を渡ってくると、そのまま真っすぐ進んで行き、見えなくなってしまったので、私は自分の家の裏側へと周り、堤防へ上がった。真生君は、早く早くと言うように進むラッキーに引かれ、すでに山に行く橋を渡り始めていた。
あの日のように、山に向かうんだ……そう思ったら、これがチャンスだと思った私は、真生君のあとを追いかけた。
私が山道への分かれ道に着くと、真生君はラッキーと山道を上がり始めているのが見えた。
以前、一人で来た時のような怖い気持ちはなかった。前を歩く真生君とラッキーがいるという安心感から、私は山道に足を踏み入れた。
真生君は、よく来ているのかと思うような慣れた足つきで上っていき、私は遅れまいと、小走りに近い早歩きで山道を上っていった。すると、何かに足先が当たって、手が空を摑んだと同時に、思いっきり膝を地面に打ち付けた。
うぅぅ……っと、痛みに涙目になりながら足元に目をやると、土の地面から少しだけ木の根が出っ張っていた。
手に付いた砂利を掃いながら膝を見ると、打ち付けただけで、擦り傷にはなっていたが、血が流れ出るといったほどのことではなかったので、さすりながら立ち上がると、打ったそこだけたんこぶのようにボコっと出っ張っており、少し押すだけでかなり痛んだけれど、そんなことより真生君に置いて行かれると怖いと思い、行かなきゃと顔を上げたら、目の前に真生君がいた。
「大丈夫?」
「うん、かなり痛いけど、血はそんなに出てない」
「どこまでついてくるの?犬の散歩してるだけだよ」
「バレてたか……」
「前から時々待ち伏せしてたでしょ?なんか用があるの?」
「それもバレてたんだ。……ちょっと聞きたいことがあったんだ」
「何を聞きたいの?僕が迷子になったこととか?」
ズバリ言い当てられて、思わず目を見開いて真生君の目をじっと見つめた。
「わかるさ。というか、他に思い当たらないだけだよ。何が聞きたいの?」
「あのさ、迷子になった日って、どこを通って原町まで行ったのかなって思って」
「そんなことが聞きたいの?」
真生君は面食らったような顔して私をじっと見た。
「だってさ、ラッキーもいなくて、一人で山を歩いて、原町に着くの早くない?」
真生君は、私の顔をまたまじまじと見て、大きな息を一つ吐き出すと、
「ついてきなよ。今度はゆっくり歩くから」
そう言って前を見ると、「ラッキー」とひと声かけて歩き始めた。今度は私の足に合わせてくれたように、すごくゆっくりとした足取りだった。
真生君のあとを付いて行って着いた先は、思った通り清龍寺神社だった。
清龍寺神社へ行くときには車で遠回りして行くか、車の通れない山の中の道を歩いていくかの2通りあるけれど、真生君は車の通れない山道を行ったのだった。
その道は、山道を30分ほど歩き、一度車の通れる道路に出て、そこを左の方向にしばらく山の上に向かって歩き、途中、また山道に入れるようになっていて、その上がり口は少しだけ急な坂道になっており、その坂道を私の足で50歩ほども進むと、やっと緩やかな山道になるのだった。そこをまた30分ほど歩くと、二手に分かれて、その片方は階段になっていて、それが清龍寺神社への入り口になる。
その階段を上っていくと、途中に鳥居があり、それをくぐってまた階段を上る。
上りきったところには社務所があり、祭事の時は窓口が開いていて、お守りやおみくじなどを売っているが、普段はほとんど人を見ない。今日も戸は閉まったままだ。
真生君はその社務所の脇にある木にラッキーのリードを縛って、「今日はちゃんと待ってろよ」そうラッキーに声をかけると、
「お参りしていこう」
そう言って、やっと私の方を振り返ってくれた。
「うん」
ラッキーを繋いだところから更に階段を20段ほど上ると、やっと拝殿が見える。
拝殿の前の階段を真生君と並んで上がると、真生君はポケットから小銭を出し、そこから5円玉を私に渡してくれ、真生君と一緒に賽銭箱に投げ入れ、手を合わせた。
「何をお祈りしたの?」
「ハルは?」
質問したのは私が先なのに、私が答えないと教えてくれないらしい。
「真生君と同じかもしれない」
私が言うと、真生君は私の顔を一瞬だけ見て、また神様に手を合わせた。それを見て、私もまた手を合わせた。
「まず、神様の前で約束して欲しいんだけど……」
「何を?」
「今から教えることを誰にも言わないってことを」
「わかった。約束する」
「神様の前で約束するんだから、絶対に破ったらいけないんだよ」
「わかった。絶対誰にも言わない」
私が言うと、「ついてきて」と言って歩き出した。
拝殿を回り込んでその建物のうしろに行くと、そこにはもう一つの小さな鳥居があった。
それは清龍寺神社に入る階段のところにあった鳥居の半分くらいしかない大きさで、幅も狭いもので、その鳥居の向こうの山の斜面には、いつの時代のものだろうというような、古くなっているのがひと目でわかるような幅の狭い階段があり、その階段の上には、これまた古ぼけた祠が見えた。
「行こう」
そう言った真生君について、その階段を上がり始めると、ふと何か風が変わったのを感じ振り返ってみた。
そこは山のかなり高い位置で、山の上から遠くの方まで景色がよく見えるほどで、ふわっと空に浮いているような、そんな感覚に囚われ、思わず足がよろめいた。
さっと真生君の手が私の腕を取り、
「ちゃんと前を見てないと危ないよ」
と言い、私が前を向いたのを確認して階段を上りきると、祠の前でまた手を合わせた。それを見て、私も同じように手を合わせた。
その祠には、閂のようなものがしてあり、真生君はそれを外すと、祠をあけ放った。
「見て」
真生君が横によけてくれたので、私はその祠の前に立ち、中を覗いて見た。
そこは、人が一人這うようにすれば通れるほどの広さで、けれど中は思っていた以上に広くなっていて、下へ下りられる石がはめ込んである階段が見えた。
「やっぱりここだったんだ」
「やっぱり?どういうこと?」
「真生君、ここを通って原町まで行ったの?」
「どういうこと?やっぱりって、……ハル、ここのこと知ってたの?」
「ここを歩いて行くと、洞窟のようになっていて、出口には2本の木が植えてあって、出にくくなっているんじゃない?」
「僕の身体の大きさだと、ギリギリ出れるかどうかぐらいで、この前はなかなか出られなくて、途中で身体が挟まって苦労したんだ。おかげであちこち傷だらけになっちゃったよ」
とても不思議な感覚だった。私はその話を聞いて、目頭が熱くなり、胸も熱くなっていた。
真生君がここを知っていて、一人でこの中を歩いて、曾お祖母ちゃんのノートにあった「水道山」の洞窟の入り口に行っていた。
私の曾お祖母ちゃんが通った洞窟の道を、それからたぶん誰も歩いていないその道を、時代を超えて真生君が歩いていた。
本当は、私が見つけて私が歩きたいと思っていたのに、きっと一人じゃ怖いだろうから行けないかもしれないと思っていた洞窟の中に真生君がいたんだと思うと、真生君を纏っている空気が今までとは違う、別の何かのように思えて、いなくなってしまったお祖母ちゃんみたいに真生君が消えてしまうような想いに囚われ、思わず真生君の腕を摑んだ。
「ハル……」
なぜだろう。気づいたら泣いていた。
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