第8話 その場所
私は最近、なんとか真生君に話を聞くチャンスがないか、機会をうかがっていた。朝の登校の時に話を聞くのはまず無理だ。
そもそも、普段から真生君とは必要なこと以外の話をした記憶さえないくらいの間柄なので、どう声をかけていいのか、それすらわからないほどだった。しかも真生君は、あまり人と話をするタイプですらない。
そこで私は、真生君がラッキーの散歩をするときに、偶然会ったような状況を作り、話しかけるという計画を立ててみた。
それから私は放課後に遊ぶ約束をしないようにして、学校から帰ってくると、私の家の前から見える2軒先の、家が2軒くらい建てられるほどの広い空き地の、その向こうにある真生君の家から真生君が出てくるのを待った。
真生君は、4時過ぎにラッキーを抱えて家から出てくると、ラッキーを道路に下ろして、首輪に既についているリードを持ち、家の前の道路を左右を確認すると渡った。私は真生君が家から出てきたとき、すぐに門の中に身体を隠すようにして見ていたので、真生君に気づかれることはなかった。
真生君の家の前は、家が突き当りにあるT字路になっていて、道路を渡ると、その家の前の道を真っすぐ進んで行った。その道の数軒抜けた先は田園風景になっていて、しばらく行くとまたT字路に出る。
私はそこで真生君とバッタリ会ったことにしようと思い、家の前の道を真生君の家とは反対側の方向へ行き、5軒先のところにある交差点を真生君が行った同じ方向に走っていき、真生君が突き当りのT字路につくのと同時くらいに、そこに着いた。
まだ息が少しだけ上がっていて、走ってきたのがばれちゃうかなと不安になったけれど、真生君はそんなことすら興味なさそうに、顔を一瞬だけこちらに向けたけれど、すぐにその目は逸らされてしまった。
「こんにちは」
私がそう声をかけると、真生君は何か違う生き物でも見るような目で、また一瞬だけ私の方を見て、
「こんにちは」
と、言うと同時にあらぬ方を向いてしまい、
「ラッキー」
そうラッキーに声をかけたと同時に、私が来たほうに向かって走り出してしまった。
「ま、……」
待ってと言おうとしたけれど、明らかに避けられている気がして、上手く声にならなかった。
真生君は、あまり人と話をしたがらないのかなと思うほど大人しく、通学班の班長も、6年生が真生君しかいないため、仕方なくやっているといった風なので、いきなり話をするのは無理なのかなと、ため息とともに、この日は諦めることにした。
「お祖母ちゃんは、ここで生まれたじゃんね。じゃあさ、曾お祖母ちゃんは?ここで生まれたの?お母さんみたいにお嫁に来たの?」
夕食の支度をする母の横で、何気なくそう聞いてみた。
「曾お祖母ちゃん?曾お祖母ちゃんは原町からお嫁に来たんだよ。原町の辰野神社っていう神社の近くに、まだ代々続いた実家がちゃんとあるよ」
原町か……
やっぱりね、想像通りだった。私は、曾お祖母ちゃんの生まれがどこだったのか知り、ウキウキした気分になった。
もっと詳しく話を聞くのは、あの日なら話題にしやすいかと思い、曾お祖母ちゃんの実家のことを聞くのは、祖母の四十九日の日まで待つことにした。
法要が終わり、形見分けにと、祖母の部屋にあったものを叔父叔母たちに持っていってもらおうと、みんなでタンスを広げて着物や部屋に残ってたアルバムなどを見ながら祖母の話をしばらく聞いていると、叔母が祖母に連れられて、曾お祖母ちゃんの実家へ行ってた頃の話を始めた。
「これ、懐かしいわ。原の豊(ゆたか)叔父さん、元気にしているかしら?随分ご無沙汰してるわ」
叔母の話によると、写真のなかで小さな赤ちゃんを抱いているのは、子供の頃のお祖母ちゃんで、そのお祖母ちゃんに抱かれているのは、曾お祖母ちゃんのお兄さんの孫の豊という子だそうで、その豊が今の原の家の当主らしい。
そんな原町の話が出てきたところで、これはチャンスだと思った。お嫁にきた母に聞くより、お祖母ちゃんの子である叔母さんたちに聞く方が、曾お祖母ちゃんのことがわかるかもしれない。
「ねえ叔母さん、水道山って知ってる?」
「水道山?知ってるわよ。懐かしいわ。曾お祖母ちゃんによくその話をされたわ。子供の頃に水道山によく行ったみたいよね」
「そうそう、おれも連れてってもらったことがあるぞ。あそこからの景色はよかったな~」
「そうそう、あそこは景色がよかったわね。遠く海の方まで見えるくらいで、反対側には富士山も見えてた」
「水道山って、原町にあるの?」
「そうだな、原町にある辰野の神社の前の道を山の方に向かって行くと山に突き当たるから、そこを確か左に曲がって、すぐ山へ登っていく道があってな、そこを行くと水道山に出るんだ」
「ふ~ん、そうなんだ。景色がいいなら行ってみたいな」
「こっちからだって行けるぞ。清龍寺神社に行くのに途中で広い道に出るだろ?あそこを右に行くんだ。って、でもハル一人で行くなよ。山の中だから迷うぞ」
「一人じゃ行かないよ、怖いもん」
「お義姉さん、私、この着物もらっていい?母さん、大事にしてたから」
「ええ、史郎さんがよければ……」
「あ、いいよいいよ。姉さんそれもらって行くさ。俺は着るわけじゃないし、実際なんでもいいし、特に欲しいものもないし、なんか一つくらいもらっとくかって感じだしな」
叔母と叔父は、あーでもないこーでもない言いながら、叔母はいくつかの着物と小物と自分のへその緒を持ち、叔父も自分のへその緒と、タンスの隅に入れてあった、祖父母の結婚指輪を対で持った。本当に、ただの記念品みたいな持ち帰りだった。「両親の遺品は俺自身さ」なんて、手を広げ空に向けながら、ちょっとカッコいいこと言いながら。
着替えをして、ようやく家族だけで母が入れたお茶と、私にはココアを入れてくれて、ようやく一休みとったとき、母の「はぁ~~っ」という長い溜息が出た。
「ココア美味しい」
「そう?よかった。今日は疲れたよね。明日、お祖母ちゃんの部屋の掃除また手伝ってよ。タンスはばらして捨てようかと思ったけど、一応桐タンスだから一時蔵に置いておこうと思ってね、お父さんと移動させるから、どかしたところを掃除機かけて雑巾がけしてよ」
「うん、わかった」
もうタンスにお宝もなさそうだから、普段なら面倒だと思うところだけど、いろんなことがわかってウキウキ気分だったので、調子よく「いいよ」と返事してしまった。
翌日の日曜は、朝ご飯のあと、早速両親がタンスを移動させ始めたので、私は仏間の押し入れに入れてある掃除機を持って祖母の部屋に向かった。
部屋の引き戸は開け放してあり、畳の上にはタンスの引き出し部分がまだ全部置いてあり、中には叔母が持って行かなかった着物が残っていた。
そういえば、曾お祖母ちゃんの日記や手紙は蔵のタンスの中にあった着物の中で見つけたなと思い、この前は母がいて着物の中を見られなかったなと、一番上の着物が入っているたとう紙の紐をほどいて、中を開けてみたけれど、着物以外は何も入っていなかった。昨日、叔母たちが開けてみたはずなので、あるわけないかと思って閉じて紐を縛り終えたところに、母が来た。
母は引き出しの部分を一つ抱えると、もう一つ持てそうだと、
「ハル、この上にもう一つ引き出し乗せてよ」
そう言われ、引き出しを持とうとしたけれど、それは想像以上に重たくて、
「重くて無理」
と言うと、母は持っていた引き出しをその上に置き、「よっこいしょ」と言って2ついっぺんに持って行った。
母が引き出しを全部運び出し、掃除機と雑巾がけを済ますと、タンスやベットがないと、祖母の部屋はがらんとして随分と広く感じて、人がいなくなるってこういうことなんだなと、漠然とそう思った。
「お母さん、この部屋は私が使ってもいい?」
引き出しを運び終えて戻ってきた母にそう言ってみると、
「うん、いいわよ。テレビあるし、お父さんが野球とか観てるとき、私らはこっちで観るのもいいよね。チャンネル争いしなくて済むし」
私の部屋は2階にあるけれど、1階にもう一つ好きに使える部屋があると、ランドセル置いたり着替えを置いておくのに便利だろうなと思うと、このもう一つの私の部屋をどんな部屋にしようか、エアコンはついているけど、冬にはコタツが欲しいななどと、いろんな妄想が広がり始めていた。
思いのほか掃除が早く終わったので、そうだ……と、曾お祖母ちゃんの手紙にあった山の上の神社は間違いなく清龍寺神社だろうと思い、ちょうど日曜日だし、ふと、行ってみようかなと思った。
玄関を出て、車庫を通って裏庭に回り、裏庭から堤防へ上がる階段を5段ほど上がった。この辺では、裏の川に面した家では、家から直接堤防へ上がれるように、どこの家にも同じように階段がついていた。
真生君の家も同じだ。
堤防に出ると、農業をする人たちなどが川向こうの山に行くために使っている、車一台程が通れる橋が真生君の家とは反対方向に5軒ほど行ったところの交差点から山に向かってかかっていて、この道は山に行くための道で、農業をする人以外が通ることは、まずない道だ。
私はその橋を渡って山側の堤防まで行ってみた。
清龍寺神社がある山の上に行くためには、この橋を渡ったところから車が通れる道を進んで山の上まで行けるのだけれど、車が通れる道を進むには、清龍寺神社に行くのにかなりの遠回りになる。
神社の氏子であるここに住んでる人たちの多くは、橋を渡ってしばらく行くと左側に、山に登っていく人ひとりが通れるくらいの山道があり、そこを行くのが近道だということは知っていたので、その山道の入り口のところまで行ってみたけれど、一人でそこから上っていくのは、やはり少し怖い。
この山道を30分ほど行き、一度車が通れる道に出る。叔父が右に行くと水道山に行けると言っていた道だ。そこを左にしばらく行くと、また途中を山道に入って行かなければならず、そこからもまた30分ほど行かなければならない。
道は大体覚えているけれど、今まで一人で行ったことはなく、木がうっそうと茂っているので薄暗い場所も多く、足元もあまりよくない山道だし、私は一人でそこを行くことを考えると、やはり怖くてそこから先には進めない。
ふと、真生君はここをラッキーと上って行ったんだろうなと、ラッキーが一緒だとはいえ、一人で行っちゃうんだから真生君は強いなと思い、私にはそれができそうもないので、来た道を戻ってきた。
その間中、一台の車にも会わなかった。
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