第3話 曾祖母のノート

 手紙を読んだあとだからか、ノートを読むのが少しだけ躊躇われた。

こんなふうにとっておいたんだから、きっとノートの中には「恵信」という人のことが書かれているんだろう。


 曾お祖母ちゃんのことは、少ししか覚えていない。


 いつもニコニコして私を見ていて、「ハルちゃん、リンゴ食べるかえ?」と言って、リンゴを一つ私の手に乗せてくれたことがあった。私の記憶にある曾お祖母ちゃんは、そのくらいだった。


 私の小さい頃のアルバムを開くと、赤ちゃんだった私を抱いてニコニコしている曾お祖母ちゃんがいるけれど、私は当然覚えがない。


 私が知る曾お祖母ちゃんは、もう腰が曲がっていて、小さくて皺くちゃで、「恵信」さんの手紙にある「誠子」が曾お祖母ちゃんと同一人物なんて、どうもピンとこなかった。


 だからこそ、私の好奇心は止まりそうにない。


 曾お祖母ちゃんのことを思い出しながら、机にあるノートには意識を持って行かないように、曾お祖母ちゃんを思い出すことに集中しようとしていたけれど、意識しないようにすればするほど、見ないようにすればするほど、目の隅に捉えたままでいるノートが気になって気になって仕方ない。


「ふぅぅぅ~~~」


いつもより少しだけ長い溜息をつき、ノートを手に取った。


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  水道山の防空壕から帰るときに、あの洞窟を見つけた。

  大きな2本の木で隠すようにしてあることに、何か意味があるのだろうか?

  大きな木と、周りの鬱蒼とした背の高い草で、

  そこに洞窟があることに気付は、まずいないだろう。

  今度みっちゃんと、洞窟の中に入ってみようと約束した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


  蔵の中で読んだのはここまでだ。

  次のページへと、一枚めくってみる。


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  洞窟の入り口がわかるように目印をしておいてよかった。

  今まで気づかなかったほどで、目印さえ見つけるのが困難だった。

  木の後ろに回り込み、人が一人入れるかどうかの隙間に

  身体を滑り込ませ入ってみると、

  入り口は人が一人やっと通れるほどだけれど、入るとすぐに空間は広がった。

  奥へ行くほど暗くなる。ろうそくでも持って来くればよかった。

  途中、道が二手に分かれている場所がいくつかあり、行ったり来たりした。

  

  みっちゃんが暗くて怖いと言うので、ずっと手をつないで進んできた。

  そのうち、道が上り坂になっていることに気付いた。

  どこから上っていたのだろう。だいぶ進んできたはずだ。

  もともと、洞窟の入り口は水道山の中腹近くだった。

  洞窟の中は薄暗いから、ほぼ真っ暗で、

  みっちゃんが、もう戻ろうと言ったけれど、

  もう少しだけと進むと、足先が何かに当たった。


  行き止まりかもと、手を前に出してみても壁はない。

  しゃがんで足に当たったところを触ると、階段のように、段々になっていた。

  みっちゃんと手を離し、しゃがんで手を階段に乗せるようにして、

  落ちないよう気をつけて上りはじめると、

  すぐに目が慣れてきたのか段が見えるようになり、

  それは目が慣れたのではなく、

  薄明かりが上の方から下りてきていることに気付いた。

  みっちゃんも気づいたようだ。


  階段を上りきると、身体がやっと通るくらいの大きさの

  祠のようなものがあったので、そこを開け這い出した。

  すぐに、かなり高い場所にいることに気付いた。

  這い出たところは、入ったところよりも草木が生い茂り、

  道のようなものがかろうじてわかるくらいだった。


  そこを下るように数歩行き、

  山肌に出ると同時に横の方にまた祠があることに気付いた。

  その祠の下はものすごく急な階段になっていて、階段の下には鳥居がある。

  鳥居の向こうには、神社の本殿のようなものが見えた。

  ここは、どこかの神社の本殿裏にある階段の上の祠のようだ。

  その祠の前に人がいた。

  私たちは神様に出会ってしまったのかと思ったほど驚いた。

  神様も同じくらい驚いたようだった。

  その神様は、恵信といった。


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 神様か。


 恵信さんって、曾お祖母ちゃんの神様だったのか。こんな出会い方をしたら、そんなふうに思うのかもしれないなと思うと、少しだけ羨ましくなった。


 それはそうと、これはどこのことだろう。


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  神様が、よかったらまたお参りに来てくださいと言ったので、

  みっちゃんに行こうと誘ったけれど、

  みっちゃんはあの日で懲りてしまったようだった。


  私は一人でも神様に会いに行こうと思う。

  山道を行った方が明るくて歩き安いけれど、かなりの距離になる。

  洞窟を行く方が早いけれど、一人で暗い洞窟を行くのは不安だ。

  でも神様に会うのに簡単なはずはない。


  会うたび、神様への想いが強くなっていく。

  叶わぬ恋というものを、まさか自分がするとは思わなかった。

  毎日でも会いたいけれど、毎日お参りに行くと言うのも難しい。

  自制しなければと思うけれど、神様も同じ想いと知り、苦しくなる。


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 ノートはここで終わっていた。終わっていたというより、先が破り取られているようで、何が書かれていたのかわからない。曾お祖母ちゃんと恵信さんがどうなったのか気になるけれど、たぶんもう、知る人はいないだろう。「みっちゃん」だって、曾お祖母ちゃんと同い年なら、きっともうこの世の人ではないだろうし。


 それにしても、この神社って、どこにあるのだろう?水道山も聞いたことないし、防空壕って、どこにあるのだろう?それだって、もうなくなってるのかもしれないし、洞窟だって、どこなのかわからない。


 けれど、神社のヒントはある。山にある神社で、本堂の裏にはもう一つ鳥居があって、階段があり、そこを上ると祠がある。


 まずは、曾お祖母ちゃんが生まれたところがどこなのか、それを調べてみよう。

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