海へ至る途
横になったもののゴーシェは少しも眠れてなどいなかった。
夜になっていた、今は熾火を囲んで他の四人があることないこと話し合っている。
――結局のところ、オレは
自分以上にあの文人然とした蚩尤に。
そして、黄帝の台、あれはなんなのだ?
原理を蚩尤に説明されたがそれをゴーシェは解りかねていた。
海辺に続く洞窟とは何なのだ?
「海」とは?
書で読んだ知識しかないのだ、尚更。
ではあの記憶は、あの女の小屋で見た幻視は何だ、嵐が丘。
それは初めて見たのに海だと判った。
何故だ?
――そこは海、浜辺……小さな入り江にゴーシェは打ち上げられていた。潮の匂い。目を覚ますと一人の少女が手を差し伸べる――
オレは彼女をオルランダと呼んだがそれで正しいのだろうか?
誤謬であったならば?
嗚呼、それは誰だというのだろう?
オレは他に女なんて知らなかったし、アルチュールの知る限り女の肉親も死んで久しかった。
水が一滴、波紋を起こして広がっていく。
もう一滴、耳を澄ます。
そこはもう何も見えはしなかった。
溶ける指先を掴めず、凍てついた氷の先に。
今は微かな残響にだけ耳を澄ます。
水琴窟に水音だけが木霊する闇の中、ゴーシェはもがき続けるのであった。
「ゴーシェ、ひどく
「寝ると言っていたのだ放っておけダオレ」
「でもアルチュールさん……」
「オルランダ、君が鼻を突っ込みたい気持ちも解らないでもないが、男にはそっとしてほしい時もあるのだ……ときに苦しんでいる様など女には見せたくはないものだよ」
「そうなんですか……」
「君の善意は目を覚ましたゴーシェに伝えよう、我々も休まないとな。明日はその海へと続く横穴捜しだから」
「ふああああ……それにしてもここにはヨツメウシの木乃伊ばかりですね、なぜこんなことになってるのでしょう?」
「私に訊くな、セシルはとっくに寝ているではないか、もう休め」
一行の周りをあのポロッグが、敵意のないポロッグがうろうろと歩き回っていたが気にせずゴーシェ達は眠りに就いた。
朝、誰よりも早く眼を覚ましたのはゴーシェで、あれ以上少女の夢を見る事も無かった。そして身支度を整えると残りの四人を起こし始めた。
「オイ、いつまで寝てるんだ? 洞窟を捜しに行くんじゃなかったのか?」
「えらく吹っ切れたなゴーシェ、昨晩は悩んでいた風だがもういいのか?」
「アルチュール、一々詮索は余計だ――」
「ゴーシェ、早くその『海』とやらに通じる洞穴を捜さないと……昨晩も我々の周りをポロッグ達がうろうろしてましたからね」
「まあ、海出たからといって希望があるわけでもねえがな……オイ、オルランダ、セシルとっとと起きろ」
そう言ってゴーシェはまだ休んでいる二人の布団代わりのマントを強引に剥がした。
「うああ!?」
セシルは吃驚して起き上ったが、オルランダはまだ夢の中だ。
「オルランダ! 置いていくぞ、わかってんのか!?」
「一寸なにすんのよ! 言われなくても行くわよ、べーっだ!」
しぶしぶ一行は山肌を捜しながら歩きはじめた。
「この山脈は広いですからねえ、何日かかることやら……」
ダオレはぼやくが最早疲れから誰も聞いてない。
聞いているのは同じく疲れ知らずのアルチュールくらいのものだ。
そして山脈を踏破すること四日。
遂に一行は怪しげな横穴を発見することに至った。
「またあのマンティコアのようなものが内部にいたらどうするのだ」
「誓ってそれはない」
そう言ってゴーシェは率先して横穴に入りはじめた。
まだ日は高かったが、穴の内部は暗かった。
後をアルチュール、ダオレ、オルランダ、松明を持ったセシルが追う。
洞窟の内部には潮だまりができていたが、誰もそれを説明できなかった。
見たことも聞いたこともないのだから。
ときにオルランダやセシルの踝まで浸かるほどの潮は濃密な匂いがしたが、たちこめるそれを誰も形容できずにいた。
徐々にそのむっとするような匂いは強くなって行き出口の近いことを、一行に伝えていた。
「この先に『海』とやらがあるのだろうか……?」
「間違っていなければな、オレの知る限り。ボージェスの蔵書に拠れば塩水の塊であるところの『海』だという、砂漠の湖とは根本的に違うものだ」
「塩水って……塊って……」
セシルは口を鯉みたいにぱくぱくさせている。
あまりのことに驚いたのであろう。
「でも……その『海』に出なくては先に進めないというの……?」
「オルランダ、心配はないここに四人の男が付いている」
突如、ゴーシェの視界が開けた。
眩しさに細い目を余計に細める、そして徐々に目が慣れてくるとゴーシェはその風景に圧倒された。
そう、夢で倒れていた浜辺とはまた違う、圧倒的な――
海!
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