地下牢にて

 果たして、ゴーシェ、アルチュール、ダオレそしてフォルテの四人が説教壇を動かすとそこには地下へと続く暗い階段があった。


「怪しいですねえ」


「怪しいな」


「怪しい」


「………………だな、」


 四人は返す返す下り階段を眺めそう言った。


「行くしかあるまい、この奥が地下牢なことは明白」


 そう言ってアルチュールは先行しかねなかったので、フォルテは慌ててその肩を掴んだ。


「待て、敵はアーシュベックだと何度も言ったはず、先走るなボレスキン伯爵」


「しかし!」


「俺がまず行こう、きゃつと交渉する余地があるのは俺だけだからな」


 言うが早いか、フォルテは傍らにあった松明片手に階段を降りはじめた。


「何をぼさっとしているアルチュール! オレ達も追うぞ」


「ぼくが松明を持ちますアルチュールさん、でもあの人と逢ってからちょっとおかしいですよ、どうしたんです?」


「彼は……フォルテは! ……いやなんでもない。行こう」


 そう吐き捨てるとアルチュールは先行しているゴーシェを追う形で階段を降り始めた。


「……何故、貴公が、しかし!」


 それはアーシュベックの声であった。


 なぜ狼狽しているのであろう?


 階段をを降りきるとじめじめとした地下牢に、僧衣のアーシュベックと向き合うフォルテが居た。

 アーシュベックの緑色の眸がはっきりわかるほど動揺していた。


「どうした俺に対して刃を向けるのか、アーシュベック枢機卿」


 フォルテに正式名称で呼ばれて増々混乱の色が隠せない。

 どうやら聖堂騎士団せいどうきしだんのトップに近い人間ですら、あのフォルテには手出しができないようなのだ。


 フォルテは闇の中、剣を抜き放った。


「どうした、アーシュベック。俺と相対せぬのか?」


「知っていて仰るのでしょう、貴公が何者か。正規軍に所属していた私が知らぬとでも?」


「では述べてみるがよい」


「出来ません! その名を口に出すことは禁じられています!」


「無理難題か、構わんのだぞ俺の正体がこ奴らにばれようとな」


「おやめください……公子こうし、さま……」


 アーシュベックは力なく剣を落とした。


 その音が地下牢に長く反響し続けたが、公子という言葉はもっとゴーシェとダオレに、否、アルチュールに反響し続けた。


「公子だと? そうかそれでフォルテはどこでも入り込めたのか」


 ゴーシェは得心したが件のフォルテは全く意に介していなかった。


「俺は嫡男ではない、公子の身分などお飾りだ」


「そのフォルテという名も本名ではないのだろう?」


「それはボレスキン伯の口から聞きたまえ」


 だが身分を明かしたフォルテに衝撃を隠せないアルチュールは、立ち尽したままだった。


「アルチュールさん!」


 ダオレは何度か彼の肩を揺すった。


「敵が目の前にまだいるんですよ? 正気に戻って!」


「……私は、私は正気だともダオレ、ただ公子の口から身分を明かされ少々困惑していたに過ぎない」


 アルチュールは再びまだ放心しているアーシュベックに向き直った。

 どうやら少々ショックが強かったようではあるが――まさか自分たちに密かに協力していた人物がこの国の王族であったなどと、自ら告白するとは予想外であった。


「アーシュベック! 四対一だぞいくらお前でも勝てまい、ここは公に免じて殺すことだけはせぬ。ミーファスを解放してもらおうか!」


「……くっ、シャフト法王の名が赦さぬ」


「諦めろ、アーシュベック。俺は残念ながら国王とは敵対する者、お前もよく知っているであろう」


 フォルテ公子はアーシュベック喉元に剣の切っ先を突き付け、そう言った。


「シャフトもそのうちが謀殺する、騎士団を辞するなら今のうちだぞ」


 どうやらシャフトという人間が聖堂騎士団のトップのようだ。


「私は信仰と信念を捨てぬ! たとえ公子が相手であろうとそれは変わらぬ!」


「その信念とやらの結果が誘拐や拷問か、見っとも無いな」


「……な、拷問」


 アルチュールはあからさまに動揺した。


「ミーファスは奥の地下牢だろう、ボレスキン伯。行ってやりたまえ」


 言われなくともアルチュールは駆け出していた。


「そして金の髪の少女の誘拐、これも聖堂騎士団の仕業というわけだ」


「……!?」


 今度はゴーシェが動揺する番だった。


「そうだな、アーシュベックよ?」


 剣を突き付けられた、アーシュベックは仕方なく頷いた。


「オルランダ! どこにいる」


「デュランダー・カスパル、慌てるな地下牢に捕らえられてるだけだ」


 フォルテが顎でしゃくった先に目を凝らすと、誰か牢の中にいるのが見えた。


「ゴーシェ、松明です、これを持って!」


 ダオレから松明を受け取るとゴーシェは急いで手前の牢に向かった。

 そこには下着姿で足枷を嵌められたオルランダが確かに居た。


「オルランダ!」


「……ゴーシェ」


 ようやく薄茶色の目が開き二人の眼差しが交わった。


「オルランダ、無事だったか? 何もされてないか?」


「大丈夫よ……アルチュールさんの屋敷にいたら使用人に薬を嗅がされて、気が付いたらひん剥かれてここにいたわ」


「チッ、使用人に聖堂騎士団の信者がいたか! あれほど人払いしたというのに」


 ゴーシェは彼女の足枷を外してやると裸足のオルランダを気遣って、手を引いた。


「アーシュベック、貴様らどこまで卑怯者だ!」


 だがアーシュベックはゴーシェの問いには答えず公子に言い放った。


「私を殺しても詮ない事、王権は既に聖堂騎士団が掌握したと言ったはず」


「その通りだ、公子よここは退いて頂こうか、そして反逆者ボレスキン伯一味」

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