二人の訪問者

「あなたは――」


 扉を開けたオルランダは面食らった。

 そこに居たのは、


「そう、ここは貴女の部屋なのね一寸失礼するわ。そう女同士でお話があるの」


「アーリャ・ミオナさん……! 今までどこへ?」


「野暮なことは訊かないで頂戴、わたくしは襲撃に関する情報を伯爵たちに話はしたけれど、手伝う。とは言ってなくてよ」


 アーリャ・ミオナはオルランダの部屋に勝手に入ってくると、後ろ手で扉を閉めた。


「手伝う気がないのなら何故あんな地図を、アルチュールさまに渡したりしたの? あなた……」


「いいえ、オルランダさん、事は貴女が考えているより簡単かも知れなくてよ?」


「それはあなたの背後にいる、例の――」


「わたくしの庇護者についてはいずれわかってよ、でもそれが今ではないだけ。余計な詮索はやめて欲しいわね」


 オルランダはこの自分と同年代の少女がどうにも苦手だった。


 本来ならアルチュールの婚約者でもある女子爵にして寡婦という身分、勿体ぶった物言いは他人行儀過ぎてまるで親しみも湧かないし、何よりも敵なのか味方なのか分からないまま泳がせているというか、彼女自身泳いでいる感が否めなかった。


「そう怖い顔をするものでもないわ、折角の愛らしい顔が台無しよ」


「残念ながらわたしは今は、奴隷の身分に引き上げられた流民の小娘に過ぎない。あなたとは住む世界が違うのよ」


 オルランダは皮肉を込めて言った。


「……その金の髪故に様々な苦渋を舐めてきたそうですけれど」


 そう言ってアーリャ・ミオナはオルランダの髪を一房手に取ろうとしたので、オルランダは急いで部屋の隅まで引っ込んだ。


「ふふふふ、御免なさいね。でもわたくしにもあの莫迦な公爵の気持ちが解らないでもないのよ」


「公爵を知っている!?」


「当然よ、だってアルチュールは貴女と出会うよりも以前に貴女のことを知って、隊長である公爵の頬を張ったのよ? その話を従妹のわたくしが知らないとでも思って? そしてアルチュールはまさに貴女のために謹慎することになった」


「そんな……」


 オルランダはドレスの裾を踏むまいとしていたが、膝が震えてそれが困難だと知った。


「だのに、そんな貴女たちご一行に執心の伯爵の計画に一枚噛もうとしているのは、私の後ろにいる方の指示に他ならないわ。ええ、貴女の考える通りよ」


「あなたはそのパトロンが死ねと言ったら死ぬの? 莫迦げてるわ」


「死ねと言ったら殺すわよ」


 アーリャ・ミオナの薄く化粧された小さな顔が再び、部屋の隅にいたオルランダへと近寄ってきた。


「あなたのパトロンはきっと恐ろしい人よ、女子爵。あなたの懐剣が敵う相手じゃない!」


「赤児に乳を含ませる狼――」


「ちょっとそれって、」


「ああ、どっかで聞き覚えがあんだよなあ」


 男の声にアーリャ・ミオナは心底吃驚していた。


「ゴーシェ! どうしたの? ダオレ達と一緒じゃ……」


「偶然、お前さんの部屋の前を通りかかったら女同士の言いあう声が聞こえるじゃねえか、気になって忍び込んだらこのザマさ」


「何よ、貴方アルチュールと一緒にいた田舎学士でしょう?」


 アーリャ・ミオナが凄んでみたところでゴーシェはどこ吹く風だった。


「だったらどうした、お前さんこそ何故その紋所を知っている? お生憎だがオルランダは何も知らないと踏んで言ったのだろうがな」


 すると彼女は物凄い勢いでゴーシェを振り切ると、大きな音を立ててそのまま部屋を退出してしまった。


「おっと」


「ゴーシェ何故逃がしたの!? について聞きただす絶好の機会だったのに!」


「まあ、カリカリすんなオルランダ、いずれ奴さんから姿を明かすとあの女が言ってたじゃねえか。そう、今じゃないだけでな」


「あ――」


「それに相手は一応女子爵だ、手荒な真似はできねえよ。それともなんだ? オルランダさんは武闘派なのかい」


「そっ、そんなんじゃないわよっ」


「じゃあ、ここはアルチュールを立てて大人しくしてろ。それと今晩は何があるかわからねえ、お前さんの無事もオレは保証できねえんだよ」


「そうよね……聖堂騎士団せいどうきしだんと運悪ければやりあうんでしょう?」


「オレが遭った恐ろしい手練れがいる、今度こそ真剣にやり合うんだろうな」


「恐ろしい手練れって……それいったい何者なの?」


「アーシュベックとかいう名だったな、アルチュールによれば元正規軍一の剣だった男だ」


「もう、なぜそんなのが聖堂騎士団なんかに入信しているのよ」


「ところでオルランダさんよ、聖堂騎士団の立ち位置がオレにはいまいちわからねえんだが、どうやら汎神論者はんしんろんしゃよりは嫌われているようだな」


 オルランダは深いため息を吐いた。


「そうよ、清貧に見せかけた政治的な革命を目指していて、綺麗事ばかり言っているくせに中身はずくずくなのが、みんなにばれているからよ」


「そうなのか――」


「危険な思想を持っているし」


「ふむ、危険思想ね」


「聖堂騎士団に帰依すれば世界が平和の裡に平定されるとか、危険以外の何物でもないでしょ」


相違ちがいないな」


「こんなの流民の小娘にもわかる話よ、あそこの信者はどうかしているとしか思えないわ」


「お喋りが過ぎたな、オレはもう行こう。おやすみオルランダ」


 そう言ってゴーシェはオルランダを軽く抱きしめると退室した。


(――これって!? この抱擁は何?)


 残されたオルランダは一人悶々とするのであった。

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