④夜の訪問者 その1

ある夜ばさばさっという音で目が覚めた。とても大きな鳥の羽の音のようだった。

シェリルは傍らに置いている鉈を手にして、身を起こした。


今は真夜中だ。

羽音は大きく、今まで聞いたどの鳥のものでもなかった。

シェリルの耳目はここにきてから鋭くなっているが、夜目はさすがにきかない。

この部屋はかまどのある部屋だから明るいが、部屋からでたら何もみえないだろう。

だが、明かりをもってでていくのも恐ろしい。素性の分からない相手から丸見えではないか。

シェリルは鉈を手にしたまま、そろりとたちあがり部屋を出た。


基本的にここは洞窟なので、ドアなどはない。

壁伝いにそろそろと歩いて、洞窟の入り口まで向かう。

どきどきしていた。

最近は歌の効果で、またちゃんと声が出るようになっていたが、いざというときも声がでるだろうか。

いや、声が出たにしても、ここまで賊が近づけたってことは緑の男が近くにいない、あるいはすでにやられたってことだろう。声が出たって助けはこない。

でも、相手は一人のようだ。シェリルは自分の耳を信じた。相手が一人なら、なんとかなるだろう。こっちには鉈もあるし。


「やあ、シェリル」

すぐ横で声がして、シェリルは短く悲鳴をあげた。

「ああ。驚かしてごめん。僕だよ」

僕って誰だ!僕って名前の知り合いはいない!シェリルは闇の中で身を縮めた。記憶をたよりに壁伝いに歩いてきただけなのだ。まわりは墨を塗ったような闇。何も見えない。


「ここじゃなんだから、奥にいこうか」

闇の向こうの男はそう言った。相手は自分を知っているようだったが、シェリルには全く心当たりがなかった。男の声は若く、シェリルと同じくらいか、少し上くらいの印象をうけた。この洞窟の構造を知っている者は、限られているはずだった。「奥」は談話室のような空間になっているが、そこに客を通したことはない。客は出入口からはいってすぐの横穴に泊めるように指示されているからだ。組織の関係者だろうか。

「失礼ですが、あなたは誰ですか」

シェリルは尋ねた。

「やだなあ、シェリル。なんの冗談?」

男は少し戸惑ったように笑った。もちろん、シェリルは冗談など言っていない。


しばらく沈黙がおち、先に口を開いたのは男の方だった。

「まいったな。これはどういう状況かな?」

ぼやく男の声がシェリルの耳に入る。

「とにかく、奥に行って話そう。君も僕の顔を見れば何か思い出すかもしれないしね」

そういってシェリルの斧を持っていない方の手をつかんだ。シェリルは硬直した。他人に体を触られることは常にないことだったからだ。男はシェリルを引っ張って闇の中を進んでいった。夜目が使えるようだった。


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