第29話 検証

 ザクロ達をチョーシに残し、俺は、ひとり、魔王城へとワープした。


 玉座の間に戻ると、ブランがいた。


「フルグラ様! ちょうどよいところに。つい先ほど、新しい玉座の間が完成したのです。完成といっても、本当に機能するかは分かりませんが」


「おお、早速、ゆこうではないか」

「では、まいりましょう」


 ブランとともに超空間に入り、魔王城のすみに試験的に作った、新しい玉座の間へと向かう。


 先導するブランの後ろについていく。バタ足で泳ぐブランを、平泳ぎの俺が追う形だ。


 うーむ。この角度で見ると、ブランのローブの中――下半身が丸見えなんだなあ。


 股間には何もない。ブランはおすなんだろうか、めすなんだろうか。それとも、雌雄同体しゆうどうたいか。いや、そもそも、他に大魔道という個体がいないのであれば、性別に意味などない。


 そこまで考えて気づいた。

 俺も同じだ。当然のように、自分はおすだと思っていたが、この身体からだに、雌雄しゆうはないのかもしれない。


 緑色の下半身を眺めながら、性別に思いを馳せていると、唐突に、目の前に壁が迫ってきた。


「おぼっ」


 俺は、顔面を強打した。

 それほどのダメージはないが、びっくりした。一体、何が起きたんだ。


 そこで思い当たった。

 ああ、すり抜けか。ブランは言っていた。念じれば、物質をすり抜けられる、と。

ブランは、壁をすり抜けて、最短距離で、新たな玉座の間に向かっているのだ。


 俺は、まだすり抜けをやったことがなかった。

 壁際に立ち、試しに、壁に頭を押し付けながら念じてみた。不思議なことに、壁の抵抗がなくなり、頭が壁の中へ吸い込まれていく。

 目が、壁の中に入ると、視界は真っ暗になった。


 少し、身体からだを前に進めると、頭が、壁の向こう側へと出て、視界に光が戻る。


 なるほど。すり抜けとは、こんな感じなのか。この要領で、ブランのあとを追えばよいというわけだ。


 俺は、体勢を立て直し、ブランが向かった方角へと泳ぎだした。


 壁が目の前に迫り、一瞬、躊躇ちゅうちょするが、そのまま突っ込むと、視界が暗転し、すぐに、壁の向こうへと抜ける。

 それの繰り返しだ。


 しかし、すり抜けられると分かっていても、顔面から壁に突っ込むのは、少々、勇気が要る。俺も、もっと魔王に慣れなければいけない。


 再び、壁が目の前に迫る。俺は、顔を前へと向け、しっかりと壁をにらみ付けながら、壁へと突っ込む。

 次の瞬間、目の前の壁からブランの顔が現れた。


「おぶっ」


 顔に衝撃しょうげきが走り、視界が暗転と明転を繰り返す。


 気がつくと俺は、ブランにおおいかぶさる形で、床に横たわっていた。すぐ目の前に、ブランの顔がある。


「フルグラ……様」


 ブランが、下から俺を見つめている。心なしか、緑色の顔に、赤みがさしているように見える。


「す、すまぬ」


 俺は、慌てて身を起こした。


「いえ」


 ブランも立ち上がる。


「どうして、急に、壁から顔を出したのだ」

「フルグラ様が、ついていらっしゃらないので、何かあったのかと思い、引き返しているところでした」


「すまぬ。壁のすり抜けが初めてだったので、少々、手間取っていたのだ」

「配慮が足りず、申し訳ございません」


「よい。ゆこうではないか」


 俺は、あごをしゃくって移動を促した。


「かしこまりました」


 ブランは背を向けて言い、移動を開始するのかと思いきや、驚きの一言を放つ。


「フルグラ様のくちびる、柔らかかったです」


 やめて。そういう展開、本当に望んでないから。


 壁の中へと吸い込まれていくブランを追って、移動を開始する。

 それから、10枚ほどの壁をすり抜けた頃だろうか。ふいに、巨大な空間の中に出た。


「こちらです」


 俺はうなずき、超空間を抜けた。


 そこは、現在の玉座の間に劣らない広さで、壁には、青い炎の灯るろうそくが並び、部屋の奥に、立派な玉座がしつらえられていた。


 また、ずいぶんと頑張ってくれたものだ。


「部屋を作るだけであれば容易なのですが、玉座の制作と、ろうそくを並べるのに、なかなか手間取りました」


「玉座はともかく、ろうそくは必要なのか」

「分かりません。しかし、玉座の間の新設など、前代未聞ですので、極力、同じ環境を再現したほうがよいかと考えました」


「なるほど。ご苦労であった」

「とんでもない。カッカ達の尽力があったからこそです」


 俺は、玉座に歩み寄った。

 なんだろう。何かが足りない感じがする。


 試しに、玉座に腰掛けてみた。座り心地は悪くない。しかし、何か違和感がある。感覚で分かるのだ。ここは、本物の玉座の間ではない、と。

 やはり、新しく作った玉座の間は、本物にはなり得ないということだろうか。


 あれを試してみよう。


 ここを、玉座の間とする!


 心の中で強く念じた。

 困ったときの、念だのみだ。


 はっとして、俺は、周りを見回した。


「フルグラ様。どうされましたか」


「ブランよ。おそらく、成功だ」

「おお!」


 外見上、何が変わったわけではないのだが、たしかに、変化があった。先ほどまでの違和感がなくなり、ここが玉座の間であることが、感覚で分かった。


 ここで、確かめなければいけないことがある。


「ブランよ。ここで、少し待っていてくれ」


 俺は、旧・玉座の間へとワープした。

 相変わらず、ドラキャットやらなんやらが、走り回っていて騒々しい。


 玉座に腰掛けてみると、違和感がある。こちらはもう、玉座の間ではなくなっている感覚がある。


 よし。大丈夫そうだ。玉座の間が、2箇所に増えただけだったら、リスク倍増でどうしようかと思ったが、ちゃんと移動に成功したらしい。

 玉座の間は、1箇所にしか存在できないようだ。


 となると、もうひとつ、確認したいことがあるのだが、やるべきか悩む。ここで、再び念じれば、こちらを玉座の間に戻すことが、できるのかどうか。

 移動に回数制限がある可能性も考えると、下手に確認しづらい。今は、他の作業を優先することにする。


 俺は、新・玉座の間へと戻った。


 移動はおそらく成功だ。しかし、それはまだ自分の感覚でしかない。検証が必要だ。

 ブランに状況を説明し、指示を出した。


「かしこまりました」


 ブランは姿を消す。


 俺は、そのときに備えて、再び、旧・玉座の間へとワープした。

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