第6話 水曜日の鈴羽さん


「杏奈ちゃん、11時から東海商事さんと商談だから営業2課の松田さんと第2会議室ね!梓ちゃんは12時から経理の倉敷さんと中央銀行に貸付の件で向かってちょうだい」

「「はい!」」

「紗奈ちゃんは11時半に営業1課の藤堂部長と野川証券の方に行ってちょうだい。詳しくは藤堂部長に聞いてね」

「はい!」

「千佳ちゃんと夏樹ちゃんは、まだちょっと任せるには早いから私と一緒に会長について外回りね」

「「はい!」」

「よし!各自資料には目を通しておくこと。あて先方さんの情報も頭に入れときなさい。じゃあ解散!」


 朝、秘書課の会議が終わり私はちょっと一息入れる。

 時刻は9時45分。


「失礼します。九条です」

「入りたまえ」

 会長室のドアを開け我が社の創始者である会長、門崎総一郎の部屋に入る。

 齢80を過ぎているががっしりとした体格にオールバックの白髪、口髭を蓄えぱっと見た感じでは60代でも十分に通用する容姿をしている。


「会長、本日のご予定です。こちらに纏めておきましたのでご確認宜しくお願い致します」


 会長は私の渡したメモにざっと目を通して頷く。

「うむ、相変わらず無駄のない予定だな。少しくらいは余裕を持たせられんのか?」

「会長、申し訳ありませんが、時間的にギリギリです」

「むう、そうか・・仕方ないのう」


 門崎総一郎会長、一代でこの門崎商事を築き上げた傑物。いまだ雑誌やテレビなどでも度々取り上げられる経営者である。


 経営者としても指導者としても当代随一と言われるほどの人物なのだが・・・


「たまには、のう?息抜きも必要だとワシは思うのじゃが?」

「必要ありません。会長をお一人で出歩かせますと後々面倒な事になりますので」

「・・・厳しいのう。ちょっとくらいは?」

「必要ありません」


 この会長、とにかく遊び好きなのだ。一人で出歩かせたりすれば平気で海外まで行ってしまうほど自由奔放、1週間くらいはザラに帰ってこない。


「お出かけになる時は、私か奥様に仰ってからにして下さい」

「・・・わかったわい」

 会長は肩を落として残念そうな顔をしたが何かを思い出したのか、急に笑顔になった。


「そういえば九条君、例の彼氏とはうまくいっとるのかね?ん?」

「ふぇ?は、はい。あの、うまく・・・いってます」

「ほほう?旅館は良かったかの?それとも彼氏君が良かったのかの?」

「・・・その・・・どっちもです。って会長!何を言わせるんですか!」

「ふひひひ、よいではないか?のう?それで彼氏君は何といったかの?一度おうてみたいの」

「は?会長がですか?」

 私は、ジト目で会長を見つめて溜息をつく。


「そのうち紹介させて頂きますので、その時はよろしくお願い致します」

「ふむ、楽しみじゃの。で何君じゃ?」

「立花、立花皐月君です・・・」

 会長は言い出したら聞かない性格だから、きっと皐月君を会わせることになるだろう。


「立花皐月?はて、どこかで聞いたことが・・あったような名前じゃの」

 確かお母様は、有名らしいからもしかして会長の知り合いかも?まずかったかしら。


「かっ会長、そろそろお時間ですのでご用意を」

「おお、もうそんな時間か?仕方ないのう。では出かけるとするか」

「はい。下に車を回してきますので10分後にお迎えに上がります」

「うむ、今日も一日よろしく頼む」

「はい。では失礼します」



 結構この日は会長が皐月君のことを思い出すことはなかったのだけど、後々この事で私は会長にいたく感謝することになる。




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