第19話 病床の父との木曜日


 窓の外を過ぎていく景色を眺めながら僕はため息をつく。


 一昨日、父さんが倒れたとの連絡の後、とりあえず学校にはしばらく休む旨を伝え、鈴羽にも2、3日実家に帰ってくると話しておいた。


『3年も帰ってないんだから親孝行もちゃんとしてこないとダメよ』

 と鈴羽に言われてしまい、日帰りで帰ってこようと思っていたのが、何日か滞在することになってしまった。



 記憶にある街並みがゆっくりと近づいてくる。

 この街を出てまだ3年だが随分と以前のことのように感じる。


 今現在、僕の住む街から電車を乗り継いで3時間。

 避暑地としてそこそこ人気があり、自然豊かな森が多く残っている。高台には閑静な住宅街があり、僕の実家はその1番上にある。


「さてと、どうしたものかな。」

 改札を出て僕は思案する。実家に行くか、父さんの病院に行くかだ。

 懐かしい街並みを眺めながらバス停の方まで歩く。

 時刻表を見てみると、どうも病院に行くバスがすぐ来るようなので先に父さんの様子を見に行くことにする。



 バスに揺られて20分ほど、父さんが入院している病院の近くで降りる。


「相変わらずでかい病院だなぁ」


 この地域で最も大きな病院で、設備や医師の質においても国内屈指らしい。著名人や有名人がよく入院することでも知られ、テレビのワイドショーなどにも度々取り上げられている。


 ホテルのロビーかと間違うようなエントランスを抜けて、僕は受け付けで父さんの病室を聞く。


「あの〜すみません。立花貴登喜たかときの病室はどちらでしょうか?」

「はい、立花様ですね?失礼ですが、どういった御用件でしょうか?」

「貴登喜は僕の父です。先日からこちらにお世話になってると連絡を受けましたので」

 僕は、学生証を出して説明する。

 なまじ有名人や著名人が入院しているのでセキュリティ面で中々病室を教えてもらえないことが多くある。


「父の病室に付き添いがいるのでしたら、そちらの方を呼んで頂いた方が早いかもしれませんね」

 多分時間がかかるであろうと思った僕は受け付けに告げる。


「しばらくお待ちください。・・・はい、・・・はい。かしこまりました。付き添いの方が来られるそうですので、そちらにかけてお待ちください」


 僕は受け付けに礼を言って、言われた椅子に座り待つことにした。


 付き添いか、母さんが来てるのかな?緋莉は今日は学校だろうし・・・


「皐月坊ちゃん?」


 ん?声をかけられて僕が顔を上げると、そこには懐かしい顔があった。


是蔵これくらさん。ご無沙汰しています」

「お久しぶりでございます。皐月坊ちゃん。お変わりなくお元気そうで」

「はは、是蔵さんも元気そうで。それから坊ちゃんはやめて下さい。もう高校生ですよ?」

「これは失礼を、気をつけるように致します。旦那様もお喜びになられると思いますので、部屋の方に参りますか。」


 是蔵さんは、父の付人のようなことをしている人で僕が幼い頃からの知り合いだ。もう70歳は超えているだろうが背筋を伸ばして歩く姿はとてもそんな年齢には見えない。


「こちらでございます。わたくしは席を外しますので後程お声かけください」

「ありがとう、是蔵さん」


 父の病室の前で、是蔵さんと別れ僕はひとつ深呼吸をして病室に入る。


「父さん、皐月です。ただ今戻りました」


 病室は当然個室であり窓際にベッドがあり、父は背もたれにもたれ僕が入ると読んでいた本を閉じこちらを向き直る。


「久しぶりだな、皐月。来ないかと思っていたよ」



 立花流華道の宗家代理であり師範代。それが僕の父、立花貴登喜。厳しくもあり同時に多くの門下生に慕われる人格者でもある。


「父さんが倒れたと聞いて帰ってこない程、僕は薄情ではないですよ」

「・・・そうか」


 3年ぶりに会う父さんは少し痩せたようにも見えたが、思いのほか元気そうで僕はほっとしたのだった。


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