8-3
「……え」
梢はこの世には信じ難い不思議なことが起こることを身をもって知っているはずだったが、目の前で起こった出来事に頭の中が真っ白になった。
「え……え? えええ!?」
おかしい。
理恩がイケメンに見える。しかも、絶世の美少年に見える。さらに、カラコンを外した彼の目は鮮やかな金色の光を放っていて、まるで天使が舞い降りたのかと見間違うほどに美しかった。
梢は頻りに自分の両目を擦り、何度も瞬きを繰り返し、口をあんぐりと開けたまま理恩を見た。
「あ、ありえない……これこそ超常現象!」
「うるせえな。それよりおまえも本気出せ」
「わ、わかってるわよ!」
優花がいなくなったことで、沙耶香の意識は再び周へと向かっていた。周はあまりの恐怖に精神が壊れてしまったのか、何かをブツブツと呟いている。一方、沙耶香の方は優花と対話した事で自分を取り戻したのか、僅かだが先程よりも周を取り殺すことに迷いを感じる。
「沙耶香さん、お願い! 思い出して! あなたは怨霊になんてなったらいけない。人を取り殺せばもう戻れなくなる!」
――もう遅い。辛い……苦シい……。
沙耶香の闇のように暗い瞳から真っ赤な涙が流れた。
――ずっと……ずっと泣いていた。誰も気づいてくれなかった……誰も……。
「私が……あなたの思いを周先輩に伝えます! だから、私に降りて!」
この状態で沙耶香を梢に憑依させるのはとても危険であることは重々承知の上だった。
けれど、他に方法はない。梢の中へ彼女を降ろし、その魂に直接触れ鎮魂させなければ。
「宝生くん!」
「大丈夫だ。梢も小嶋周も連れていかせない。安心して降ろせ!」
理恩の金色の目に梢は絶対的な安心感を感じ、梢は頷いた。
「沙耶香さん! 私を信じて!」
そう叫び、梢は再び両手を合わせた。
沙耶香の魂が梢の魂に共鳴し、重なっていく。
熱かった。
沙耶香のそれは優花から感じたものとは反対にマイナスの温度だ。それが梢の体内を焼け焦がすように入り込む。
「……う」
「梢!」
倒れそうになる梢を理恩が支えた。
梢は暴れ回る沙耶香の魂を力の限り抱き締めた。
だが、沙耶香の記憶が、想いが――まるで深海へ引きずり込むようにして梢を飲みこんだ。
一切の光のない闇。
こんな場所に2年もの間、沙耶香はひとりで居たのか。沙耶香と同じ絶望を梢が感じた瞬間、闇と同化しそうになり、梢の意識に霞がかかる。
祖母の声が聞こえる。
“同情はしてはいけないよ。でないと引きずり込まれる”
優花の時には聞こえていた周りの音が聞こえない。
ダメだ。
飲み込まれる――!
そう思ったとき、眩い光が闇を照らした。
その光はまるで理恩の瞳の色のような金色だった。
「梢! しっかりしろ!」
理恩の声が聞こえる。
そうだ。しっかりしなくては。
同じ悲しみの色に染まってはいけない。魂を重ね、寄り添うのだ。
この人を――救うんだ……!
そう、強く念じた時、梢を照らしていた金色の光が闇をひとつ残らず吹き飛ばした。
そこに梢は沙耶香の魂を見つけ、もう一度抱きしめた。
「必ず……あなたを救うから」
その瞬間、全てを飲み込むブラックホールのような沙耶香の瞳に、ほんの僅かに光が灯った。
「…………周くん」
そう呼んだのは沙耶香の意思だった。梢の中で彼女は自我を取り戻したのだ。
ゆっくりと近づいていく沙耶香に、周は、はっとして「く、来るな! 来ないでくれ!」と懇願した。
「あんなに私に執着してたのに、今度は近寄るなだなんておかしな人ね」
「冗談はやめてくれ! 梢ちゃん、俺が突き飛ばしたから仕返しにこんなことしてるんだろ? 謝るからもうやめてくれ」
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