おまけの短編その① 試作機アシュナ

 距離は5000メートル。正面のモニターは純白のゼクローザスを捉えている。通常よりも大型の、厚みが倍もある巨大な盾を構えている。


 私は矢をつがえ狙いを定めた。


『目標、親衛隊仕様のゼクローザス。矢じりに霊力を貯めています。後5秒……3……2……1……どうぞ』


 アシュナのカウントに従い私は矢を放った。光り輝く矢は瞬間的に5000メートルの距離を飛翔し、ゼクローザスが抱えていた巨大な盾を貫いていた。


「うお! 馬鹿な。ゼクローザスの盾が貫かれた。戦艦の砲撃にも耐えるこの大盾を!」


 あの、レグルス・ブラッド少佐が動揺している。この、アシュナの矢が規格外だという事だ。


 私は既に次の矢をつがえている。


「お覚悟」


 再び光り輝く矢を放つ。それはゼクローザスの大盾を貫通し遠方へと消えた。しかし、ゼクローザスの姿は消えていた。ブラッド少佐は大盾を投棄し移動していたのだ。


 接近戦になる。

 私は弓を投棄し、背負っていた盾を構えた。そして細身の片手剣を抜く。


 どこだ?

 あの目立つ塗装、12メートルの巨体が消えてしまうなどあり得ない。


 打ち込んでくる。右か、左か。


 右だ。


 私は機体を捻りつつ一歩下がった。


 ドンピシャだ。実体化したゼクローザスの剣が空を切る。

 その隙は逃さない。


 私は盾を構え、そのまま突進した。

 バランスを崩しているはずのゼクローザスにぶちかましをお見舞いしてやったはず……なのに、純白の鋼鉄人形はそこにいなかった。


 そして、ゼクローザスの剣は私の機体の喉元に突き付けられていた。


「これまで、ですかな?」

「やはりお強い。私では到底かないませんね」

「いや、それは私の台詞でございます。ドールマスターの訓練を始めてまだ一月。それなのに私とほぼ互角に打ち合うとは尋常ではありません」


 あの、親衛隊随一の豪傑が謙遜している。


「貴方が手を抜いていらっしゃるのでしょう? ね。レグルス」

「いえいえ。少しでも気を抜けば、セシルの矢に射抜かれているところです」


 私など素人同然のはずなのだが、彼はお世辞がうまい。


「またまた、持ち上げるのが上手ですわね」

「そんな事はありませぬ。これは私の本心ですぞ」

「そういう事にしておきましょう。この後は、私とデートしていただけますよね」

「え? 部下との手合いを予定しております。日暮れまで自由時間はありませんが」

「大丈夫。代わりの方が、ほらそこにいらっしゃいますよ」


 モニターの右端に狐獣人の姿がある。律儀なクロイツ大尉はちゃんと約束を守ってくれた。そう。今日の午後、私がレグルスを連れ出すので訓練の教官を任せたいと申し出たのだが、彼は快く応じてくれた。


 私は鋼鉄人形から地上に降り、狐獣人のクロイツ大尉と握手を交わす。


「無理なお願いを聞いていただきありがとうございます」

「いえいえ。あのデカブツはこうでもしないと動かないでしょう」

「そうなのです。いつもクソ真面目に訓練だ訓練だと。休日まで親衛隊の仕事を入れちゃうんですから」

「クククッ、らしいですな」

「ですよねえ」


 私の前にいるのは現在、帝国最強のドールマスターと称えられているハーゲン・クロイツ大尉。彼は帝都防衛騎士団なんだけど、時々は親衛隊との共同訓練をしているらしい。そして、ブラッドとも同郷で幼馴染なのだ。鋼鉄人形を降りたブラッドが走ってきた。


「クロイツ。貴様か。余計な事をするんじゃない」

「そんな事はないぞ。お前こそ乙女心を理解してやれ。馬車を待たせてある。さっさと行ってしまえ」

「この」

「ふん」


 クロイツ大尉を小突こうとしたブラッドだったが、クロイツ大尉はひらりと交わしてしまう。何か、ブラッドが負けた御前試合の様子が何となく想像できるのが面白い。きっと、クロイツ大尉の剣技に翻弄されて判定勝ちを取られたに違いない。


「さあ、行きますよ。今日の予定は観劇です」

「え? 聞いていませんが」

「事前に話しても、貴方、訓練とか何か仕事を入れて逃げられますから、ここは奇襲で攻めさせていただきました」

「ぐっ」


 この、二メートル半の、獅子の顔をしている大男の困り顔は中々に可愛らしい。私は彼の大きな手を掴んで抱きしめる。そう、胸に押し当てているのだけど、これがかなり効く。


「姫。手が、私の手が胸に触れております」

「気にしない。だってわざと当ててますから」

「ぐう」


 彼、真っ赤になっている。初心ね。


 私はパルティアの第一王女だったセシリアーナ。

 今はアルマ帝国の貴族であるブラッド家に嫁いでいます。主人は獅子の獣人レグルス。とっても強いのですが、恥ずかしがり屋でとっても可愛いの。


 千年もの間、自動人形として稼働していた私ですが、アルマ帝国の第一皇女ネーゼ様より賜った奇跡により人間の姿へと戻る事が出来ました。そして、最愛の人とも出会えました。


 ありがとうございます。ネーゼ様。そしてパルティアの大精霊様。

 私は今、とっても幸せです。  


※試作型鋼鉄人形ゼクローザス・アシュナ

 強弓を主装備とする支援型。その矢は強烈で、戦艦の砲撃も防いでしまうゼクローザスの盾を易々と貫通する。ゼクローザスの装甲を減らした細身のボディ。深紅のカラーが美しい女性的な機体である。

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