第33話 レグルスとブライアン

「ねえねえセルちゃん。聞いてもいいですか?」

「はい、何でしょう」

「セルちゃんの後ろにいるおっかない人は誰ですか? 黒服の執事さんと獅子怪人……あれ、大きすぎじゃないかなあ。私、食べられちゃうの?」


 そうだった。一緒に来た殿方二名を紹介していなかった。


「黒服の方はブライアン・ブレイズさんです。彼は現在、モーガン・ボレリ様のお屋敷で執事をされています」

「本当に黒執事だったんだ」

「しかし、執事は仮の姿。本当はアルマ帝国の諜報部、黒剣の一員です」

「え? あの、泣く子も黙る隠密の……」

「泣く子が黙るかどうかは知りませんけど。実際は優しい方ですよ」

「そうなの? じゃあ、あっちのでっかい人は? 私、帝国の獣人は何人か見た事あるけど、こんなに大きい人は初めてです」

「そちらの獅子の方はレグルス・ブラッドさんです。彼は皇帝警護親衛隊の隊員ですね。現在、帝国最強のドールマスターとは彼の事ですよ」

「最強のドールマスター? じゃあ、あの狼男のケヴィン・バーナードとどっちが強いの?」


 いきなり話を振られたブラッド少佐は戸惑いつつもローゼの質問に答えた。


「確かに私はドールマスターであり親衛隊の一員ではございますが、帝国最強ではございません」

「ええ? 見た目はものすごく強そうなのに?」

「ははは。実は先日の御前試合で狐獣人のクロイツにしてやられまして。帝国最強の座は今のところ、あの狐でございます」

「狐が最強なんだ……じゃあ、あの狼はどうなの?」

「千年前のドールマスター、ケヴィン・バーナードでございますね。彼はこのパルティアで戦い、そして幾多の敵を倒してパルティアの勝利に貢献しました。帝国では、歴史上もっとも偉大なドールマスターとして語り継がれている人物でございます。その彼とどちらが強いかを語るなど、そのような不遜な行為は慎むべきでしょう」

「ああ。見た目と違って紳士なんだね。でも、その気持ちはわかるよ。あの人は本当に強かった……」

「ローちゃん。私と代わって」

 

 しゃしゃり出て来たのはリリアーヌだった。


「私の事はいいから、シルヴェーヌを元に戻してあげてよ。あの子、記憶を取り戻した時は凄く怒ってたんだ。でもね、セシル姉さまとお話したから、今は落ち着いてるんじゃないかな」

「どうなの? シルヴェーヌ。元に戻れるなら戻りたいの?」

「ちょっと待ってください」


 また声が変わった。今はローゼになっている。


「ロクセの反応炉を停止させることで、シルちゃんは元に戻ると思います。でも、その場合ロクセは無防備になりますし、もし何かに襲われた場合には破壊されてしまいますが」

「その点は心配ない。だって、帝国第二のドールマスターが付いていらっしゃるから」


 獅子の顔のブラッド少佐は頷いていた。


「ねえ、シルヴェーヌはどうなの? 元に戻れるのよ。恋愛だってしてみたいんじゃないの?」

「恋愛ですか? え? 私が男の人と? ええ?」


 中の人はシルヴェーヌに変わっていた。外見は変わらないのだが、この中身が入れ替わる現象はちょっと面白い。


「無理しなくてもいいのよ。嫌なの?」

「嫌じゃない……と思います。でも、私なんかの相手をしてもつまんないんじゃないかしら。男の人と話した事なんて殆どなかったから、何を話したらいいのか全然わかりませんし、セシル姉さまと違って女性的な魅力もありませんし」

「うふ。大丈夫よ。シルヴェーヌが好みの殿方だってきっといるわ」

「そうかしら」


 首をかしげているシルヴェーヌだ。それはまあ仕方がない。彼女はかごの中の鳥と言ったような育てられ方をしていた。男性と触れ合う機会すらなかったのだ。現代に目覚めてからは、いきなり古都イブニスへの調査に同行した。まだ、学校にも通っていなかったのは致命的かもしれない。ここはやはり、姉として何とかしてあげたいと思う。


「大丈夫よ。そうね、一度、ブラッドさんとデートでもしてみたらどうかしら」

「えええ? デートなんてした事ないし、何をすればいいのかわからないし。セシル姉さま。私を困らせないで」

「大丈夫よ。ブラッドさんがちゃんとリードしてくれるから」


 困り顔のシルヴェーヌがブラッドを見つめるのだが、ブラッドの方も困惑しつつ苦笑いを浮かべていた。


「あははは。私もその、女性とお付き合いは苦手でございまして。そうですね。とりあえずは観劇であるとか、お花見であるとか、そういう場に二人で出かける事から始めたらいかがでしょうか。もちろん、護衛はそこにいるブレイズに。こいつは専門ですからな。デートコースの設定もお手のものでしょう」

「俺に話を振るな」


 黒服のブレイズ大尉も当惑している。この二人、仕事に没頭するあまり女性とは縁がなかったのだろう。


「ではローちゃん。先ずはシルちゃんを元に戻しましょう」

「はい。わかりました。でも、一つお願いがあります」

「何かな」

「私とリリちゃんも、人間に戻れるなら戻りたいの。リリちゃんは多分このままでいいって言うと思うけど、それは本心じゃない」

「わかったわ。難しいと思うけど、帝国の方と協力して必ず貴方たちを元の人間に戻してあげる。きっと奇跡は起きるわ」

「うん、ありがとう。セルちゃん、だいすき」


 また、ローゼに抱きつかれた。私も彼女をきつく抱きしめる。

 ローゼとリリアーヌを元に戻す為には、本当に神の奇跡を必要とするのだろうか。それは私たちの世界の言葉であれば大精霊様の奇跡になる。ならば私は、全身全霊をかけて精霊の歌を奉納しよう。


 過去、幾つもの奇跡を起こして来た精霊の歌が、此度も奇跡を起こしてくれるように。

 

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