第3章

第41話 怪我

 自動扉を抜けると、外はもう暗かった。


 ぶぅん、と背後で扉が閉まる一瞬。消毒用アルコールの匂いが鼻先をかすめ、私はなんとなく看護師のお母さんを思い出す。


「歩くぞ」

 隣でギンがそう言い、私は頷いた。ちらりとのぞき見たギンの顔は歪んでいて、「ごめんね」と思わず言ってしまった。


「何が?」

 きょとんと問い返され、私は言葉に詰まる。


「病院、付き合わせて」

 上目遣いにそう言い、ギンの右腕にしがみついてそっと右足を出した。ずきりと響く痛みに、慌てて左足を出し、体重を移動する。


「いや、ソレはかまわねぇんだけど、この匂いがな」


 ギンが鼻の頭にしわをよせる。

 私はその彼の顔を見て思わず吹き出した。


 ギンの気持ちを知って、急に安心したからかも。くつくつという笑い声はなかなかおさまらない。


「ニンゲンはよくあの匂いの立ちこめる建物にいれるよ。俺は無理」

 私に腕を貸し、いつもよりのんびり歩いてくれるギンは、感心したようにそう言った。私は、ギンの腕にしがみついたまま、ひょっこひょっこと脚を動かす。


「結局、骨、折れてたのか?」

 ギンは私を見下ろし、尋ねる。待合室と病院の外を行ったり来たりしていたギンは、診察室まで入ってきていないので、知らないらしい。


「ううん。捻挫だって。骨は大丈夫だった」


 ぎりぎり『二度』の捻挫。

 保健室でRICE処置をしてくれたお陰で、テーピング固定だけで済んだ。当初は踝がわからないぐらいにパンパンに膨れていたし、体重がかけられないぐらいだったから、「……折れた。やばい、折れた」と真っ青になったんだけど。


 養護の先生の意見は「捻挫。病院に行こう」だった。


 そこから養護の先生と一緒にタクシーに乗って、学校指定の外科に運ばれ、私はギンに『今日の迎えは、学校ではなくて病院です』と念じた。


 不思議なもので、これで通じる。

 ギンと私の間にスマホは必要ない。


「二週間程度テーピングで固定して、様子見よう、って言われた」

 私の言葉にギンは頷き、ちらりと私の背中を見た。


「リュックサック、持ってやろうか?」

 私は首を横に振る。背負ってしまえばどうってことない。ひょっこひょっこと、時々ギンの腕に体重をかけながら歩くのが申し訳ない。


「じゃあ部活、しばらく休みだな」

 ギンの語尾は私のため息に濁る。


 そう。

 陸上部。


 私は、夏休み終了後、陸上部に入った。


 理由は、運動不足。


 夏休みのあの日。

 お父さんに追いつかれたことと、坂道を全力ダッシュしてカワウソに負けたことが心に堪えた。カワウソ。二足歩行だったのに……。


 これはいかん。これは、部活をせねば、と夏休み明けに陸上部の門を叩くと、意外とあっさり入部を認めてくれた。


 ただ。

 部活に参加すると帰宅が遅くなる。


 そのことにお母さんが難色を示した。

 なにしろ、お父さんの行方が依然としてわかっていない。


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