第25話 また……

◇◇◇◇


朱里しゅり

 呼びかけられて、顔だけ隣に捩じった。


「なに」

 周囲に人がいるから、小声で応じる。


 祭り二日目。

 行列は山頂の神社に新たに御馳走を供え、降りているところだ。


 先頭はやっぱり子供会。

 次に自治会役員が続き、私は最後尾にいる理事さんたちのさらに後ろを歩いている。


 そんな私の隣にいるのは、ギンだ。

 背中を丸め、それから腕を伸ばして、私の鼻の頭を指で掻いた。


「やっぱり、日に焼けたな」

 触れられると、痛いというよりくすぐったい。私は首を竦め、ギンから距離を取る。


 すぐ近くを歩いていた理事さんとぶつかりそうになり、「すいません」と慌てて頭を下げた。おじさんは半笑いで応じてくれたけど、どこか気味悪そうに私を見て、足早に列を詰めた。お蔭で私の周囲に人がいなくなる。


「なんだかんだで、数時間、川にいたもんね」

 私はギンに苦笑いして見せた。


 もみじ屋でラムネを買い、川に行って。

 私は一時間も居ればいいかな、と思ったのだけど。

 結局気付けば、十六時まで河原にいた。


 できるだけ日陰を見つけてそこに座っていたせいか。それとも川の側だからか、暑さはほとんど感じなかった。


 小豆洗いの親父ギャグを聞いて三人で笑ったり、カワウソが、親の目を盗んで川に遊びに来た幼稚園児を脅かして撃退に成功するのを見たり、ギンと手をつないで川の中州まで行き、『天狗の飛び石』というご神石を眺めたりしていたら、時間なんてあっという間だった。


「カワウソが喜んでた。ありがとう」

 ギンが私に頭を下げるから、「いいよ、そんなの」と慌てて首を横に振る。


「私も楽しかったし」

 そう告げると、ギンがほっとしたように笑った。柔和で、お日様みたいな笑顔。見ていると、胸がぽかぽかしてくる。


「ねぇ、ギン」

 気付けば声をかけていた。


 ふと、思い出すのは、昼間彼とつないだ手の感覚。大きくて、しっかりしていて、川の流れは場所によって急だったけれど、それでも安心してついていけた。


「お祭りはあと三日で終わるけどさ」

 私は行列の方に目をやる。

 もう、列は村の中を歩いている。公会堂までもうすぐだ。


「山に遊びに行ったら、こうやって会える?」

 顔を見て話すのが恥ずかしくて、私は俯いた。薄闇の中、目に映るのは自分のクロックス。乾燥した山道を歩いたからか、土ぼこりでつま先が汚れていることまで見えた。


「俺とお前が交わした契の期限は、祭りの終了、その日までだ」


 俯いた私の耳に入ってきたのは、少し硬い、そんな声。

 正直。

 自分が想像するよりも傷ついた。


 ざらり、と鼓膜を撫でるのは、昨日聞いた狸の言葉。


『ニンゲンとわしらは、うまくいかない』


 ニンゲンとは関わりたくない。ヤマヒメの件がなければ、接触も避けたい。


 妖怪たちはそう思っている。

 昨日。

 そう聞いた、ばかりなのに。


 私は胸が苦しくなって、小さく息を吐く。

 なにやってんだか、私。


「だから、祭りの終了時に、もう一度俺と契ればいいじゃねぇか」

 ぶっきらぼうにそう言われ、私は歩みを止めた。


「そうすれば、いつ山に来ても俺に会えるし。俺だってお前に会いに、里中に行けるだろ? 俺達の関係はこのまま変わらんねぇよ」

 私は俯いたままギンの声を聴き。


 そして。

 ただ。

 ぼんやりとした。


「朱里?」

 訝しそうに名前を呼ばれ、反射的に顔を起こす。


「……聞いてる」

 思わずそう返すと、ギンは少しほっとしたように目元の力を抜き、それから顔を赤くしてそっぽをむいた。


「会いたく、ないのかよ」

 平坦な声で、ぶつけるように私に言う。


「会いたい」


 だから私も、無駄な言葉を省いて答える。

 ギンは驚いたように少し目を見開いて。

 それからやっぱり、顔を背けて歩き出した。


「じゃあ。祭りの最後の日に、また」

 素っ気なくギンは言って、私に背を向けた。


 浴衣から伸びる首が、夜目にも赤い。

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