第21話 川に行こう

「お前、女だろ」

 呆れたようにギンに言われた。前屈するようにしてクロックスを拾い上げてくれる。その拍子にカワウソはギンの肩から飛び降り、私の側に駆け寄った。ギンが私のクロックスを沓脱石に置くのを見て、私は口を尖らせて弁解する。


「いや、届くかなぁ、って思ってさ。いっつもこんな無精してるわけじゃないのよ。ほんとよ」


 素早くクロックスを足に突っ込む私を、ギンは「どうだか」と冷ややかに見下ろす。腰に両手を当て、鼻で嗤った。今日の帯は、黒地に露芝の柄が入った角帯だ。その柄を見ながら、私は思う。


 ……まぁ。今回ばかりは、馬鹿にされても仕方ないかな、と反省。


「ねぇ、朱里しゅり

 縁側に座る私の隣に、しゅるりとカワウソが腰掛けた。


「川に行かない? 一緒に遊ぼうよ」

 丸くて小さい耳を、ひこひこ動かしてカワウソが私の顔をのぞき込む。つぶらな瞳で見つめられたら、いやもう。そりゃ、どこにでも行きますけど。


「川?」

 私は目の前に立つギンを見上げた。ギンは頷く。


「山の裾だ。知らねぇかな。公会堂から山道に登るとき、西側に見えるだろう。橋が」

 言われても、いまいちピンと来なかった。私は首を傾げる。


「行っても良いけど……。妖怪がウロウロしてて大丈夫? 人目につかないの?」


「あの川は、祭りの時期、ニンゲンは泳げない決まりなんだよー」

 カワウソが、胸をそびやかす。


「昼でもヤマヒメが山を御幸するからな。ニンゲンが近づかねぇように、昔からそんな噂を流しているらしい」

 ギンが言葉を継いだ。


「ニンゲン側には、この時期に川遊びをすると、『引かれ』て死ぬ、と言ってんだと。で、その信憑性を持たせるために、実際、水系の妖怪が順番で川にいるらしい」


「水系の妖怪っ!?」

 私はいきりたった。それを早く言いなさいよっ。


「河童とか、人魚とか、小豆洗いとか、濡れ女とか、岩魚坊主とか、大鯉とか、かに坊主とか、河姥とか、牛鬼……。あ、牛鬼は海の妖怪よね、私としたことが……。あ、でも人魚もそう!? あれ、海系だっけ!? あと、濡れ女と姑獲鳥は別なの!? 姑獲鳥って、汎用性高いよねっ。実際どうなの!?」


「………………ごめん、朱里。その中だと……。今日は小豆洗いしか、いないかな……」


 カワウソは怯えたように私からいざって離れ、そう言うから、心底がっかりした。思わずまた、縁側に座り込む。


「………小豆洗い……か」

 いや、いいのよ。小豆洗い。うん。おじいちゃんの妖怪だよね。


「小豆洗おか、人とって喰いましょか、しょきしょき」って言いながら川で小豆洗ってるのよね。


 それ、ただの、小豆洗ってるおじいちゃんじゃないか、ってなんで誰も思わなかったんだろ。


「朱里」

「……ん?」

 声をかけられ、私は顔を上げる。ちょっとショックでしょんぼりしていた。ギンが困ったように眉をハの字に曲げて私を見下ろしている。


「山の淵にいけば、大鯉はいるぞ」

「行こうよ、山の淵!!」

 私はまた勢いよく立ち上がった。隣ではカワウソが「えー」と不満声を上げる。


「大鯉なんて、見てもおもしろくないよ? 無口だから喋らないし」

 カワウソに目をやると、マズルを膨らませてヒゲをぴこぴこ揺らしている。


「小豆洗い、面白いよ? おやじギャグ、すごい言うよ?」


 うわぁ。余計に会いたくない……。思わず顔が歪んだのかも。カワウソが目をまん丸にする。「面白いよ! ほんとだよ」とか言いだした。


「祭りが終わったら、大鯉に会わせてやるから、今日はカワウソの川遊びにつきあってくれねぇかな」


 ギンにもそう言われ、軽く頭を下げられればコレはもう、行くしかない。まぁ、最終日に大鯉に会えるのならいいか、と私は、ぽん、と沓脱石から飛び降りた。


「じゃあ、行こうか。カワウソ。川に」

 私はカワウソに声をかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る