93.モフモフを説得するには……
塀の上には松明を持ったシュロさんや村長、ルアファといった主要なメンバーが揃っていた。
俺はシュロさんに魔物が死体を食らいに来ただけで、こちらから攻撃しない限り村に害がないと告げる。
シュロさんも暗闇の中へ無暗に出ていくような事は考えていなかった。
心配事は新たな魔物が村を襲ってくるのか、攻撃に耐えられるのかどうかだ。
「火は嫌うはずだから、今夜は多めに薪をくべておくといいよ」
グリュイの助言もあり、外の状況を正確に伝える事が出来た。
シュロさんが疲れを見せる村人に指示を出し、南側にかがり火が増やされ、薪も集められる。
今夜は交代で見張りと薪をくべる人員が割り振られる。
「君たちは?」
指示を終えたシュロさんが俺に声をかける。
「モフモフを連れ戻しに行ってきます」
誰かを付けるか聞かれる前に、シュロさんの横で俺に手を振るグリュイを引っ掴む。
「何で僕? もう疲れたんだけど」
「疲れてても裏で動く気力は残ってそうだからな」
これ以上裏で何かをされたらたまらない。
知らぬ間にルアファと取引してるくらいだからな。
「このまま奴らを行かせていいのか? 逃げるかもしれんぞ」
ルアファが塀を降りていく俺らの後で声を上げる。
「君らしくないな。あれほど彼らを嫌っていたというのに、留まって欲しいのかね」
村長の言葉にルアファが押し黙る。
「心配なら付いて来てよ」
グリュイが後ろを振り返り、手招きする。
ルアファから見れば、地獄の誘いだろう。
悪態をつき、足早に遠のいていく足音を聞きながら、俺は口の端を緩めた。
村の門を潜り、かがり火から松明を一つ掴むと、俺は声を頼りにモフモフの元へ向かった。
南側には
俺は躓かないように足元を照らしながら進んでいった。
死体に張り付くように黒いものが乗っている。
手のひらサイズの甲殻虫だ。
サイズがどうであれ、触りたくないことには変わりない。
折り重なる痺猿の上を這いまわり、時には飛び移る。
顔を背けたくなるのを我慢して、松明をそちらへ向ける。
火を避けるように飛び上がり、暗闇へと消えていく虫を見ながら火を嫌っていることを確認する。
血と死臭の漂う中、俺は腕で口元を塞ぎ進む。
早くモフモフを連れ戻さないと、俺の方が駄目になりそうだ。
グリュイの様子を窺ったが、意に介すこともなく俺の後を付いて来ている。
死人を扱うくらいだから匂いにも慣れているのだろう。
「それで、どうやってモフモフを止めるの?」
「俺が説得するしかないだろ」
「説得して聞くようなら、塀の上から叫んで止めれたんじゃないの」
「モフモフがそんな簡単に説得されるように見えるか」
「それ褒めてる? 貶してる?」
「そんなことは、どっちでもいいんだよ。どう説得したらいいか考えてくれよ」
「普通に説明するしかないんじゃないの」
「村に害がないから戦うなって言ったところで通じないだろ」
「モフモフは腹が満たされればいいんでしょ。おいしい物あげれば解決だよ」
「そのおいしい物は何処にあるんだよ」
「村総出で獲った痺猿があるでしょ」
「モフモフの食事量からいって村の物にあまり手を出したくないんだよな」
「そこら辺に転がってる痺猿あげれば」
「それを獲ろうとして虫と戦ってんだろ」
「あれ? そうだったっけ」
グリュイが軽い笑い声を立てる。
こいつやる気ねえなと俺は小さく溜息を吐く。
そんな事をやっている間に、モフモフが暴れている近くまで来た。
唸りながら両手で空を割くモフモフには、これ以上近づけそうにない。
グリュイが言っていたように虫の実態が掴めないモフモフには、攻撃の当てようがないのだろう。
モフモフの周りを飛び回る虫に翻弄され、暴れ回っている。
俺はモフモフの攻撃範囲の外からムフモフに声をかけた。
モフモフの動きが若干留まる。
怒り狂っていても、こちらの声を聴けるくらいの理性はあるようだ。
俺は駄目元で虫は痺猿を片付けてくれる存在だから邪魔をしないように頼んでみる。
「俺達も痺猿を片付ける存在」
「じゃあ、仲良く片付けろよ」
「虫と仲良く食事なんかできない。虫はお構いなしに食い散らかしていく」
「今のお前なら痺猿の大きさくらい一飲みに出来るだろ。何でしないんだよ」
「虫が付いてのはちょっと……」
「腐りかけ食ってんのに、虫ぐらい我慢しろ!」
「俺達の口、虫受け付けない」
「払い除けて食えよ!」
「払ってるのに俺達の攻撃当たらない」
「だから見えてる所に実態がないんだって言っただろうが」
「俺達の力なら見えない所でも攻撃当たる」
そう言いながらモフモフが振った攻撃は掠りもしていない。
当たらないから諦めろと諭すも、モフモフは納得しようとしなかった。
どう言えば納得するか思案している前で、モフモフが荒い息を吐く。
よく見ればふら付いている様にも見える。
まだ、体力が回復していないのだろう。
体力がないから安全のために一匹のままでいるのだろうか。
「大丈夫か! モフモフ」
心配する俺の前で、モフモフの体が傾き地面に手を付く。
虫の潰れる音が聞こえた。
「やるじゃねえか、モフモフ」
褒める俺の前で、モフモフが盛大に手を振る。
「気持ち悪っ!」
潰れた虫を振り払おうと必死なモフモフの前で、俺は何も言えず立ち尽くした。
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