第24話俺と後輩と梅雨
「梅雨だな」
「梅雨ですね、先輩」
六月上旬。とうとう今年も梅雨がやってきた。
そして放課後。俺と静香は学校の昇降口前に二人で立っていた。
「言っておくが、静香。絶対に俺の傘には入れないからな」
「そんなこと言わないでください、先輩」
そう言って俺のワイシャツの袖を引っ張る静香は必死だった。きっと雨に濡れるのが嫌なんだろう。
「嫌だ。そもそも今日の朝、言ったよな。今日は午後から雨だから傘を持ってけって。それなのに『今日は私の感によると絶対に雨は降りません』とか言ってたのはどこのどいつだよ」
「た、確かに今日の天気は私の感では晴れでした。ただ先輩のいつもの行いが悪いのが原因なんです。告白だって取り消しちゃいますし」
静香は狙って言ったのか、今の俺の弱点を的確に突いてきた。
「わかった。仕方がないから傘に入れてやるが、文句とかは絶対に言うなよ。言ったらすぐに傘を閉じて、二人共ずぶ濡れに――」
「安心してください。その時はまた二人で先輩の家のお風呂に入るつもりなので」
静香は悪い笑みを浮かべていた。きっとこいつのことだろう。風呂の中であの日の光景を一人で再現して、俺を揶揄うつもりに違いない。
「お前に揶揄われるぐらいなら、大人しく傘に入れて帰った方がマシだ」
俺はあきらめて、普通に静香と一緒の傘で帰ることにしたが、それでも結局は揶揄われるのだった。
*
「セ・ン・パ・イ。先ほどからこちらを見ていますが、どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
俺は声を掛けて来た静香にそう言ったものの。心臓は今にも破裂してしまいそうなほどにバクバクしていた。
こ、この野郎。俺が自分に気があるって知っててワザと胸を押し付けてやがる。しかもよく見たら、シャツが透けてピンクの下着が丸見えだし。
「お前、わざとやってるわけじゃないよな」
「さあ、どうでしょうか? それよりも先輩、もう少し私に体をくっつけてください。でないと雨に濡れて風邪をひいちゃいますよ」
そう言って静香は車道側を歩く俺の右腕と自分左腕を絡めると嬉しそうに鼻歌を歌い出した。
これはもう確信犯だ。だがしかし俺としても静香とこんなに密着できるのは嬉しいので困る。
それにしてもこの年頃の女の子は異性との接触に気を遣うと思っていたのだが、案外そんなことはないのかもしれない。
「先輩はずっとドキドキしっぱなしですけど、何か嬉しいことでもあったんですか? もしくは私のスケスケシャツでも見て、いけない妄想でもしちゃいましたか?」
静香は俺の気持ちを理解している分、それを最大限有効活用して俺を揶揄って来た。
「お、お前の下着程度で興奮なんてするかよ」
「なるほど。先輩は私の下着ではなく、その中身を見たいと」
「違うに決まってるだろうが‼ た、確かに一度はお前に告白したが、無効となった今はあまりそういう目で見てないと言うか」
隣で俺が戸惑い続けていると絡めていたはずの俺の右手から自分の手を離し、いつの間にかボタンを外していた自分の谷間に俺の腕を――
「ひゃんっ」
入れた瞬間に変な声を漏らした。そしてその声を聞かれたのが恥ずかしかったのだろう。両手で両頬を抑えつけてなぜかにやけたり、顔を赤くしたりを繰り返していた。本当にこいつは何がやりたかったのか。
「全く、お前はなんで俺をからかうためだけに自分にそんなに高いハードルを敷いてるんだ?」
俺が先ほどからの静香の行動に対して質問するとにやけ顔のまま静香は言った。
「だって。自分が好きだった人も自分の事を好きだったんですから、色々なことをやりたいのは当たり前です。それとも先輩は私とその……エッチなことをしたくないんですか?」
ど、どうしたんだ、今日のこいつは。なんでいつも以上に色気があるんだよ。いつもはもっと子供みたいに俺をからかうだけなのに、今日はどうしてこんなに……。
俺が静香の行動に戸惑っていると静香は、潤んだ瞳で背伸びをして、俺に顔を近づけて来た。きっとキスをしろと言っているのだろう。
雨が降る屋外。それも傘の中で。
意を決した俺は静香に顔を近づける。だがしかし、俺はギリギリのところである約束を思い出した。
「ストップだ、静香。正直に答えろ。今のは絶対に演技だっただろ」
俺が静香の顔を真直ぐに見つめて尋ねるとその後輩は「な、何のことでしょうか? 私は知りませんよ」とシラを切った。
「とぼけるな。そもそもお前があの約束を忘れるはずがない」
約束。俺達が告白後にした約束には、俺が卒業するまでに告白すると言うものともう一つある。それは――
「お前。俺にキスさせて、何を命令するつもりだったんだ?」
「やっぱりばれていましたか、流石先輩です」
静香と俺がもう一つ約束したこと。それは俺がもしも静香に告白する前にキスなどをした場合は、こいつが俺に何回でも好きな命令を出来るというものだった。
「まずは先輩に百回ぐらい私のことを好きだと言わせます」
「鬼か‼ 多分二人共、恥ずかしくて途中で気絶するぞ」
「そして先輩にこう命令するつもりでした。凄く面倒で、凄く相手をするのが大変な女の子ですが、私の傍からいなくなったり、嫌いにならないでくださいと」
それはきっと命令というよりは静香なりのお願いの仕方何だろう。確かにこいつは俺に頼みごとをする方法を知っているのだろうが、お願いをする方法は知らない。だからこそこの際に切に願うことにしたのだろう。
自分の事を嫌いにならないで、と。
本当に馬鹿だ。
この前告白したばかりなのにそんなことを心配して。だが一番の馬鹿は、そんな思いにずっと気づけなかった俺だった。
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