第6話 辺境地帯で潜伏生活

「ハッ!」

 短く気合を発し、刀を振る。練習用の案山子は革鎧ごと両断され、地面に落ちた。

「いつもながらとんでもない切れ味ですな」

「本物の達人は鉄兜を両断するらしいぞ」

「……マジッスカ」

 ケネスが片言になっている。


 そのあとは型の練習をして剣術の訓練を切り上げた。汗を拭いて周りを見渡すと、狩猟から戻った弓兵たちが自慢げに獲物を見せびらかし、買い出しに行っていた連中が戦利品を広げていた。

 今となってはかなり平和に過ごしている。帝国辺境領は境目争いや小規模な反乱、また亜人たちの侵攻もあって傭兵団の仕事はかなり多い。

 今も一部は遠征という名の出稼ぎに行っている。

 うちの傭兵団の人員はそろそろ五百に届こうかという規模になっていた。もちろんすべてが戦闘員じゃない。こっちで所帯を持った者もいるし、戦闘に向かない人間は下働きをしている。武具の手入れをする職人もいれば、料理人もいた。


 あの戦場からの逃走劇から二年。皇帝は着々とその権力を固め、辺境領でも皇帝に臣従する者が増えてきていた。

 そして皇帝は一度反旗を翻した者を許さなかった。降伏した貴族の城を兵で包囲したうえで焼き払ったことで、その姿勢を示してしまった。これによって態度を硬化させた貴族も多く、いまだ辺境では反乱が絶えない。

 確かに、一度裏切ったものは再び裏切るかもしれない。それを恐れるあまり恐怖で支配しようとしたのだろうか。

 俺としてはそれは悪手にしか見えなかった。それこそ張り巡らせた諜報網を上手く利用して監視するにとどめるべきで、再び反旗を翻した時には徹底して弾圧するでべきだろう。

 俺たちのパトロンになってくれているブラウンシュバイク公は、皇帝を信じていない。一応は面従腹背の態度で、帝都から出向している役人なども受け入れているが、陰で俺たちのような傭兵団と常に連絡を取っている。


 俺はなし崩し的に隊長へと収まっていた。ガイウスから傭兵団を恃むとか言われているし、そこは仕方ない。ただ、俺は軍の指揮系統にはいたがそこから外れた場合にどうするべきかといった知識には乏しかった。


 まあ何やかやでこの生活は上手く回っているように感じた。最初は二百人ほどだったキャンプにもいろんな理由はあるが人が増えて行き、今となってはちょいとした村だ。

 今のところ領主に納税はしていない。形式としては流民で、森を開拓しているという扱いだ。村としての体裁が整ったら保護を求め、後は生産規模に乗っ取った税を課される、という方向もありうる。傘下に入る形だ。

 しかし現状は独立勢力として互いに同盟のような形で接している。その方がお互いにあとくされがないからという理由ではあるが、なにがしかの紛争で、真っ先に矢面に立たされる可能性があるということも起因している。


「隊長、ブラウンシュバイク公の保護下に入らんのは何でですかい?」

「真っ先に先陣に立たされて使いつぶされても?」

「あっし独りならなんとでもするんですがねえ」

「うん、ケネスならいいさ。けど兵士の経験がない人たちはどうだ?」

「んー、厳しいでしょうなあ」

「大型魔獣の相手だったら?」

「全滅待ったなし、ですかな」

「そういうことだよ」


 比較的人里に近いこのあたりはまだいい。森に入れば亜人と遭遇することもあるし、ゴブリンの巣を何度か潰してきた。その中でゴブリンに捕らわれていた人々を救出して、このキャンプに加わった者もいる。

 ちなみに、生きて捕らわれていた理由は……食材はなるべく新鮮な方がおいしいということらしい。あまり考えたくない理由である。

 

 とまあ、しばらくはこんな平穏な時間が過ぎて行くものと考えていた。しかし、それは甘い考えだったようだ。

 ある日の明け方、櫓に上がっている見張りがガンガンガンと板を木づちで殴りつける音が響く。

 それは敵襲の合図だった。


「敵襲!」

 斥候に出ていた兵が駆け込んで来た。

「ゴブリンが溢れた!」

 魔物が急速に繁殖し、群れを成して人里を襲うことは、実は珍しくない。

 そうなる前に近隣の魔物の巣は定期的に攻撃を加えていた。


「弓兵は壁に上がれ!」

「分隊ごとに集合するんだ!」

「非戦闘員は広場に集合しろ!」

 あらかじめ敵襲に備えて訓練していた成果が出ている。兵や非戦闘員で決めておいた指揮者が指示を飛ばし、人々は決められた手順で迎撃や避難を行っていた。


「隊長!」

「ケネス、何かあったか?」

「それが、ゴブリンどもの真ん中で襲われている連中がいるそうで……おそらく森の獣人ですな」

「数は?」

「ゴブリンは千ほど、獣人たちは百ほどです」

「助ける。半数は俺に続け」

「危険です!」

「彼らとは友好関係を築いてきた。ここで動かなければ信を失うぞ」

「わかりました。あっしも付いて行きます」

 俺は作戦の説明をした。そもそも細かい戦術がどうこうって状況じゃない。力押ししか選択肢は無い。

 まず、俺たち先遣隊が獣人たちを回収する。追ってくるゴブリンどもを砦に残った予備兵が叩く。

「……指揮を執れるものは?」

「猪で良けりゃ」

「かまわない。むしろ後先考えるような奴じゃない方がいい。思い切りが大事だ」

「んじゃビクトルですな」

「わかった。任す」

 ケネスは隣にいた若者に声をかける。こいつもなんだかんだでガイウスの部隊にいた兵だ。修羅場はくぐっている。

「了解っス。やってやりますぜ!」

 ぐっとこぶしを突き上げ、門の方に走っていく。そして唐突に叫んだ。

「行くぞてめえら! 突撃だ!」

 うん、合図をしてってところが見事に抜け落ちてる。気勢を上げると一気に出撃していった。真っ先に狂った段取りを修正する術を考えるが、無理だった。

 頭を抱えつつ、突撃部隊を見殺しにしないためにこっちも出撃する。うまくすれば彼らが陽動になってくれるだろう。


「ケネス、行こうか」

「……ええ。急がないとまずいですな」


 戦場を迂回して、走る。獣人たちは円陣を組み、中央にいる弓兵が敵の足止めをしていた。

 そして包囲網をビクトルたちが突く。それによって包囲網が歪みだす。


「行くぞ、かかれ!」

 さすがに先頭で斬り込むのは自重した。個々の力はこっちが強い。それでも数はあっちが多く、まとわりつかれて倒れ、袋叩きになる兵がいる。

 内心の怒りとかいろんな感情を押し込め、指揮を執る。

「若、あいつを!」

 巨大なこん棒が振り下ろされ、兵の一人がぐしゃっと潰された。

「オーガか!」

 弓兵が射撃を集中させるがその毛皮に阻まれてダメージが入っているようには見えない。

 とりあえず兵たちにはあのオーガを迂回するように命じ、俺は刀を抜いてオーガと対峙した。

 そこに闖入者が現れる。

「むむ、新手かニャー!?」

 ネコミミの少女が緊張感のかけらもない口調で叫んだ。


「むむ、こんなところまで来るとはなかなかやるニャー」

 弓を片手にその少女は猫獣人特有の訛りで肉食獣のような笑みを浮かべた。

 そして手元が見えないほどの速度で弓を構え……なぜか俺に向けて矢を放った。


「ふっ!」

 いつ弓を引いたのすらわからないほどの早打ちで矢が迫る。大きく動いたほうがいいと判断して全力で横っ飛びに飛ぶ。

 ガスっと後ろで音がする。後ろを振り返る余裕もなくそのまま距離を詰める。

「ニャニャニャニャニャー!」

 訳の分からん掛け声とともに矢継ぎ早の妙技を披露するネコミミ。そんなもん見切れるはずもなく、なるべくランダムにサイドステップしながら距離を詰める。そのうちの一本がオーガの尻に突き立った。


「ニャんだって!」

 微妙にポンコツなことを言いながらオーガを呆然と見上げるネコミミ。

 オーガは怒りの形相で彼女に向けこん棒を振り下ろす。いかん! と俺はオーガとネコミミの間に割り込んだ。

 その瞬間、何かがカチリとはまった音が脳内に響いた。

【剣術スキル取得条件を満たしました】

 脳裏に響く機械的な音声。そして勝手に動く両手。「ふっ!」短い気合と共に逆袈裟に振るった刀は、オーガの棍棒を斬り飛ばした。

 

「ヘニャッ!」

 ものっすごいへっぽこな声が背後から聞こえる。

「おい、あいつの眼をつぶせるか?」

「造作もないニャ!」

 俺は前進して、武器を失ってうろたえているオーガに斬りかかる。連撃でその皮膚を浅く削るように斬りつけて行った。

 

「GURUAAAAAAAAAAAAA!!!」

 ビシッと弓弦を弾く音が一回聞こえ、なぜか両目を射抜かれたオーガが悲鳴を上げる。

 そのまま暴れるオーガに狙いを定め……一刀のもとに首を刎ねた。

 オーガを倒されたゴブリンたちは散り散りに逃げて行く。そしてへたり込んでいると、視界が暗くなった。というか柔らかいものが顔に押し付けられている。

 何とか引っぺがすと、再びネコミミ少女がしがみついてきた。

 そして周囲に響き渡る大声で、嬉しそうに宣言したのだ。


「ニャーはおまえと番になるのニャー!」

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