第64話 死のマーチの打ち合わせ

『さて。十分で終わらせるわよ。事前に説明したことを繰り返すだけだから、ところどころ端折るけど。ごめんなさいね?』

「……ん……?」


 ここで勘のいい何人かは首を傾げた。ナワキの周りでは、アルタ山が眉を動かしている。


「……演説のブチ上げとかは無し……?」


 あった方が士気も上がるし、メンバーの纏まりもよくなるのだが。


 いや、これは集合時間と決行時間の間が十分しか空いていないことからわかっていたことだ。

 ハグはプレイヤーを率いる気はあっても纏める気は希薄らしい。


 ――プレイヤーとしての技量は疑ってないけど、リーダーとしてはまだ青いなー。


 アルタ山の懸念など知る由もなく、ハグの説明は淡々と続く。


『まず私たちはチームを二つに分ける。片方のチームは私が率いる先行班。九時になったらすぐに動いてもらうわ。もう片方のチームは、一時間の間を置いて緑化地帯に入ってもらう解析班よ』


 ここまではナワキも事前に貰ったハグからのメッセージで知っている。


 今回のボスの情報は、賢明な調査が行われたにも関わらずまったく判明していない。

 唯一わかっていることは直接調査しようと乗り込んだプレイヤーが軒並み行方不明になっているということだけ。

 つまり死体も残さず蒸発したと考えて間違い無い。


 こんなことはボスが『攻めてきた誰かを一方的に閉じ込める能力』でも持っていなければ説明が付かない。


 それに対抗するためのチーム分けだった。


『先行班はまず生き残ることに特化した人材を中心に選抜したわ。これでなにがあろうと最低二時間は持たせられる。攻略の要となるのはむしろ後から来る解析班ね。あなたたちは全力でボスの構築するクローズドサークルを外側から解析。そして速やかに破壊してちょうだい。その後、逃げるかボスをそのまま撃滅するかは状況によりけりだけど……』


 そこでハグは意味深に間を取って、言った。


『朝になる前にボスを撃滅したい。私はそう考えているわ』

「ほう」


 ハグの好戦的な願望を聞き、わかりやすく好意的な反応を示したのはラファエラくらいのものだった。


 後のプレイヤーは戸惑ったり、困った顔をしている。


『そうね。これは実質上、初めてのボス戦。情報を持ち帰ることができれば大成功の部類。そのくらいは私も承知しているわ。でも私は今回の計画、確実に成功すると思っている。何故なら今回のボスはありえないくらい臆病だから。

 考えてみて? もしも攻略不可能なほど強いボスなら、最初から情報の漏洩にここまで労力を割くかしら?

 よしんば実力最高のボスで、情報の管理も徹底できるボスがいたとして……そんな類のボス、果たして序盤に出す? クリティカルシリーズを何作かやってきたって類のプレイヤーならわかると思うわ』


 ナワキとアルタ山は考える。

 クリティカルシリーズは老舗ブランドだ。ゲームとしては代を跨ぐごとに新しいシステムなどの目新しいことをしなければ、あっと言う間にユーザーから飽きられてしまう。


 それは確かだが、だからと言って『難易度そのものをガラリと変える』ようなマネは中々しない。老舗ブランドが故に、そんなことは最初からできないからだ。


 難易度が高いゲームブランドはずっと高いままだし、易しいゲームは基本的にずっと易しいまま。シリーズを跨いでも売れるゲームというものは、システムに真新しさがあったとしても、そこだけは変わらない。


 歴戦のプレイヤーはすぐに答えを出した。


 ――ないな。序盤からそんな理不尽なマネをするはずがない。


 初見殺しなどのトラップは豊富。だが情報さえ割れていれば、後の攻略は簡単。そんなゲームバランスをクリティカルシリーズはずっと保ってきていた。


 情報を隠すボスの場合は『情報を隠さなければ露呈する弱点がある』と経験則でわかる。


『大丈夫。みんなの実力はキチンと計ったわ。いつも通りにやれば勝てる。あなたたちはクリティカルコード最高のプレイヤー陣よ。それじゃあ、先行班は集まって。準備するわよ』


 説明は終わった。淡々と始まり、淡々と畳まれたという印象だ。


 質実剛健と言えば聞こえはいいが――


「……遊び感覚が抜けてないな」


 ラファエラは失笑していた。アルタ山も同じ感想だったようで、肩を竦めている。


「大雑把な目指す方向は間違ってないけど、推進力を上げようって気概がないじゃん。今回はこれでいいけど、これからもあの調子だと求心力が無くなっちゃうかもね」

「私にはわからないな。あんなヤツのどこにツミナやナワキを引き付ける魅力がある?」

「少人数での話し合いだと本当に凄いじゃんよ。人の心を段々と侵して、気が付いたときには呑み込まれてる感じ。詐欺師や高級車のディーラーとかやったら天職にできるタイプじゃん」

「小悪党の素質はあっても、大悪党の素質は無かったということか」


 先が思いやられる。ナワキにその心配を告げようと、彼の方を向く。


「……ん?」


 だが彼はいつの間にか消えていた。

 ラファエラがナワキの姿を探していると、セノーはあっさりと告げる。


「ナワキさんならさっき、ハグさんの傍らにツミナさんがいるの見つけて走ってっちゃいましたけど」

「なに!?」


 ――また置いてかれた!

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