〈4.9〉影踏み


 いや~、ちょっとかっこつけすぎちゃったかな。でも! もしかして!? そんなかっこいいボク様を見たすすくちゃんが「いや~ん、かっこい~」なんてなって、あのボディガードなんかボロ雑巾みたいにポイしちゃって、瞳をハート型にしてボク様のもとに駆けつける可能性だってなきにしもあらず?


 さすがにちょっと虚しくなってきちゃったな。


 相手のことでも考えよう。くま、熊、クマ……クマのぬいぐるみ。でっかいハンマーを持ってて、パワーありそう。なんかこげ茶色で、おっとり間抜け顔。


 なんだか本当に欲しくなってきちゃった。それにあんなパワフルな“コートアーマー”があったら、迷宮みたいなセキュリティをちまちまかいくぐらなくても、壁をぶち破って銀行強盗的なことも可。いやあ、でもそれはあんまり美しくないな。やっぱり芸術は細部に宿るからね。


 てなこと考えてたら二階の廊下に到着。ずらっと宿泊部屋が並んでて、なんだかおっそろしい雰囲気。


 ドアノブ回すと、鍵が開いてる。これはどっかにクマさん潜んでますな。


「あっるぅう日~、もりのっなっか~、くまさぁあんに~」


 手近なドアをぶちやぶドーン! 埃もうもう! うえ~、じゃあいないよ。


「であぁ~った~」


 次の部屋にゴー。


「はなっさっく、もぉおーりのーみぃいちぃい~」


 どんどん開けるけど、どこにもいない。代わりに幽霊がお出迎えしてくれそうな空っぽの部屋ばっかり。


 とうとう最後のドアだ。


「くまさぁあんに~、でっあぁあぁぁった~」


 でもやっぱり誰もいない。これはもしかして三階に行ったのかな。あの一瞬で、逃げ足のトコトコトコお早いクマさんだこと。面倒だなあ。


 ボク様の歌声もちょっぴり落ち込み気味。


「くまさぁあんの~、ゆぅーこっとにゃぁ~、おじょぉお~さんっ」


 て、身を翻したボク様の耳に雷音、轟音、大爆音!


 突如として天井がぶっ壊れ、ハンマーを振り下ろしたクマさんが落っこちてきたではありませんか!


「お逃げなっさい……」


 なんと上の階に潜んで、ボク様が真下に来るのを待ち構えて急襲してきたのだ。でも、一体ボク様がどの部屋にいるかなんてどうやってわかったの? もしかしてスーパーマン的なX線アイで、ボク様の場所から裸までお見通し? いや~ん、えっち~。


 ……ボク様が大声で歌ってたからか。


 ぶおおおんと横殴りにしてきたハンマーをかがんで避けて、ボク様必殺の蹴りをクマさんボディに的中! ぼよん! 風船蹴ったみたいな手応え(足応え?)で、反発で吹っ飛ぶボク様! なんというわがままボディ!


 さらに追撃がボク様を襲う!


 返すハンマーはけっこう早い方だけど、機動力に全振りした“エギーユ・クレース”には蝿が止まるような遅さですぜ、奥様。今ならこんな素晴らしい第七世代“コート”があなたのご家庭に! お値段なんと、あなたのお命一個ぶんです!


 なんつってたら、クマさんが引き金を引いた。またあの大爆音が鳴り響いて、ロケット噴射するみたいにハンマーが急加速。どがんとボク様を殴り飛ばした。


 ボク様、壁に激突。頭の中がもう大騒ぎ。どんがらがっちゃぐしゃぐしゃどーん! 初めてすすくちゃんと出会った日のことが、脳内再生待ったなし。あれ、これ走馬灯じゃん?


 クマさんはぬっとハンマーを頭上に持ち上げた。


「ちょっ、ちょっとストップ!」


 頭クラクラしてるボク様は流石に叫んだ。


 と、最高到達点で静止。話は聞くけど、いつでも振り下ろせるよってムーブはちょっと感じ悪い。


「お姉さんに顔見せてごらん」


 ハンマーを持ち上げたまま、クマさんの顔(クマさんって感じの可愛いマスクじゃないけど)がパシャパシャって開いて、ちっちゃな女の子の顔が現れた。可愛い外国人の子供ってなんでこんな可愛いんだろな? まあ、ボク様の幼女時代には及ばんがな!


 で、その瞳を見て、ボク様笑った。


「やっぱり……」


 ちょっと何その台詞、みたいな感じで女の子の目が細まった。


「愛情に飢えてる子の顔だ。だってボク様見覚えあるもん」


 鏡の中でよく見たよ。


「でわ、愛と平和と諸々の使者であるお姉さんが、愛についていろいろ教えてあげよう!」


 ぶわしっ、とボク様は敵に向かって大跳躍。虚をつかれたクマさんの挙動は一瞬遅れで、おそいおそい!


 ボディガード、この競争はもらった!

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