第50話『せつな』

 夕食を食べ終わり、エリカさんとリサさんが一緒に後片付けをする。そんな2人の姿をルーシーさんと一緒に日本茶をすすりながら見守る。


「懐かしい風景ね。エリカが食事の後片付けをするなんて」

「王宮にいる頃から、エリカさんは家事をしていたんですか?」

「小さい頃は勉強を兼ねてリサと一緒にやっていました。大きくなってからも、公務がそこまで忙しくない日はやっていましたよ。エリカから話を聞いているかもしれませんが、地球に行くことが決まってからは、地球料理を作る練習もしていました」

「エリカさんも料理上手ですもんね」


 さっきのカレーもそうだし、お弁当も美味しかったもんな。聞いた話だと、お弁当に入っている甘くてふんわりとした玉子焼きはエリカさんが作ることが多いらしい。

 それにしても、リサさんと一緒に台所に立つエリカさんの姿……いいな。段々とドキドキしてきた。これじゃ、告白する前にエリカさんにバレてしまうかもしれない。


「後片付け終わったよ」

「ありがとうございます」

「いえいえ。ところで、お母様。今日は久しぶりに一緒に入ろうよ。地球のお風呂の使い方も分からないでしょう?」

「……そうね。久しぶりに一緒に入るのもいいわね。こういうことを日本語で親子水入らずって言うのよね。お湯には入るけど」

「ふふっ、そうだね」


 ルーシーさんのギャグはさておき、今日はエリカさんやリサさんと一緒に入った方がいいだろう。


「では、本日は女王様とエリカ様が一緒に入浴してくださいませ。王宮の浴室であれば私も一緒に入ってお背中を流したりするのですが、ここの浴室は2人くらいがちょうどいいですから」

「……リサさんの言うとおりですね。20年ぶりに再会しましたし、親子2人でゆっくりと入ってきてください」

「ええ。お先にいただきますね、風見さん」


 ルーシーさんにも、地球の日本国に住む一般人の家のお風呂を気に入ってくれるといいな。きっと、王宮のお風呂よりは大分狭いだろうけど。

 エリカさんとルーシーさんはお風呂に入るために、リビングを後にした。エリカさんがいればきっと大丈夫だろう。


「宏斗様。一緒にコーヒーでも飲みましょうか。淹れますよ」

「ありがとうございます。いただきます」

「では、ソファーに座って待っていてください」


 俺はリサさんの言うようにソファーに座って待つことに。ここに住み始めた頃はゆったりできていいと思ったけれど、今は1人で座るとただ広いなと思うだけになった。

 それから程なくして、カレーの匂いの中にコーヒーの香りが混ざっていく。振り返ると、2つのコーヒーカップを乗せたお盆を持ったリサさんがこちらに向かって歩いていた。


「コーヒー、お待たせしました」

「ありがとうございます」 


 コーヒーカップをテーブルに置くと、リサさんは俺の隣に座った。今は2人で座るのがちょうどいいと思える。3人だとキツいと思うこともあるけれど、エリカさんやリサさんであればそれでいいと思っている。

 リサさんの淹れてくれたホットコーヒーを一口飲む。以前から飲んでいるインスタントコーヒーだけれど、彼女が淹れたからか心なしか普段よりも美味しい。


「美味しいです」

「ありがとうございます」

「夏でも温かい飲み物はいいですね。……地球に行きたいとは言っていましたけど、まさかルーシーさんがこんなに早く来るとは思いませんでした」

「ええ。私も驚きました。ただ、女王様は驚かせることも好きなお茶目な一面もありますから、今回のことも納得できますね」

「そうなんですか」


 堅物な人よりはいいんじゃないだろうか。ルーシーさんのようにしっかりとしつつも、親しみやすい人が国の長というのはいいと思う。きっと、ダイマ王国はとても平和な国なんだろうな。


「エリカ様も最初こそは驚いていましたけど、ルーシー様が家にやってきて本当に幸せそうです」

「20年ぶりの再会ですもんね。エリカさんはずっと眠っていたので、そういった実感はあまりないかもしれませんが」

「ふふっ、確かに。20年間は長すぎですが、そういったおっちょこちょいな部分があるのもエリカ様らしいです。最初にそのことを知ったときは何をやっているのかと思いましたが、遠くに行っても変わらないなと安心もしました」


 リサさんは朗らかな笑みを浮かべながらそう言った。20年間の眠りについて安心できるとは。それだけエリカさんのことを知っている証拠なんだろうな。メイドだけでなく、友人として。


「私が地球にやってきてから、エリカはずっと幸せそうです。きっと、宏斗様という方と出会えたのが大きいのだと思います。私もそんなエリカ様と一緒に暮らせることがとても幸せでした」

「俺と2人で暮らしているときもエリカさんは楽しそうでしたけど、リサさんと3人で暮らし始めてからの方がより楽しそうに見えます。もちろん、リサさんもここでの生活を楽しまれている印象です。リサさん達を見ていると、2人にここを提供して本当に良かったなと思えます。愛実ちゃんはもちろん、美夢や有希とも仲良くしていただいて」

「……ここの家主が宏斗様で良かったと私も思います。愛実様や美夢様、有希様という素敵な方達ともお友達になることができました。私もそれが楽しく、幸せに思っていました。しかし、段々と心苦しくもなってきたのです」

「えっ?」


 すると、リサさんは目に涙を浮かべて、俺のことをじっと見つめてくる。


「ここでの生活が楽しく、愛おしいと思えるようになりました。それと同時に……宏斗様。あなたに恋心を抱くようになったのです」

「リサさん……」

「出会ったときにはひどい態度を取ったのに、宏斗様は私に向き合ってくださいました。優しい言葉を言ってくださったり、笑みを見せてくださったり、ご飯を美味しいと言ってくださったり。色々なことがとても嬉しかった。次第にエリカ様と同じことを私にしてほしいと思うようになりました。出勤するときのキス、帰宅するときのハグ……羨ましかった」


 俺のことを強く思っているからか、リサさんの頬が見る見るうちに赤くなっていく。


「あなたに恋しているとはっきりと自覚したのは、出張の際に愛実様が告白したところを透視魔法で見たときでした。宏斗様が愛実様の告白を断ったとき、ほっとしてしまったのです。隣でエリカ様が宏斗様を大好きだと興奮しているのを見て、私も同じ気持ちを宏斗様に抱いているのだと気付きました」


 告白する愛実ちゃんや、興奮するエリカさんを見て共感するところがあったのだろう。そこから、2人と同じように自分も俺のことが好きであると気付いたのかも。


「ただ、私はエリカ様の身の回りの世話や地球の調査、エリカ様の恋が成就させるためにここに来たんです。ですから、宏斗様のことを好きになるなんてことは、あってはならないのです」

「……エリカさんへの罪悪感も含めて、胸が苦しくなったと」


 俺がそう言うと、リサさんはゆっくりと頷いた。リサさんにとって、俺への恋は禁断の恋なのか。一緒に住んでいるから、なかなかその想いを鎮めることはできないか。


「……私はメイド失格です。もうここにはいられません。最後に……私は宏斗様のことが好きです」


 そう言って、リサさんは涙を流しながら俺の頬にキスをし、テレポート魔法を使ってか俺の前から姿を消してしまうのであった。

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