第11話『目覚めの方法』

 7月7日、日曜日。

 ゆっくりと目を覚ますと、部屋の中がうっすらと明るくなっていた。

 部屋の中の時計を見ると、午前9時過ぎか。昨日の夜は酒を呑んで、風呂に入った直後に寝たから、ぐっすりと眠ることができたな。


「宏斗さん……」


 エリカさんは俺の腕をぎゅっと抱きしめながら眠っている。あと、今日も彼女の夢には俺が出てきているみたいだ。彼女の寝顔も可愛らしいけれど、しっぽが動いているのも結構可愛いなと思う。


「さてと、まずはお手洗いに行って、その後に歯を磨くか……」


 エリカさんの手を離して、ベッドから出ようと思ったら、エリカさんが後ろから俺のことをぎゅっと掴んできたのだ。もしかして、夢の中でも俺が離れようとしているのかな。


「エリカさん、離してください」

「いやあっ……」


 エリカさんの手がなかなか離れない。さすが、地球人よりも身体能力が高いだけある。こういう状況になると急にトイレに行きたくなるのはなぜなのか。


「エリカさん、お願いします。トイレに行きたいので離れてください」

「……うぅん」


 甘えた声を出してエリカさんは全く離そうとしない。

 いっそのこと、このままの状態でトイレに行こうとベッドから降りたけれど、エリカさんによってベッドに連れ戻される。

 そろそろ本当にヤバくなってきた。しっぽで腕を撫でられてくすぐったいし。


「そうだ」


 エリカさんのしっぽを優しく撫でると、


「ひゃあっ!」


 予想通り、エリカさんの手が離された。前に、彼女がしっぽを撫でられたら、力が抜けるって言っていたもんな。

 俺は急いでお手洗いへと向かい、用を足す。一時はどうなるかと思ったけれど、何とか間に合って良かった。あと、エリカさんって20年の間眠り続けていたけれど、もしかして……いや、これ以上深く考えるのは止めよう。

 洗面所で顔を洗って、歯を磨き、今もぐっすりと眠っているエリカさんの横で部屋着へと着替える。とりあえず、朝飯を作った後に一度起こしてみるか。



 昨日は洋風の朝食だったので、今日は和風の朝食にしよう。エリカさんに気に入ってもらえると嬉しいな。

 昨日の買い物で購入した鮭を焼き、豆腐とわかめの味噌汁を作る。こうしてゆっくりと朝食を作れるのも休日ならでは。1人暮らしということもあってか、これまで平日の朝はおにぎりやパンだけっていうことが多かった。


「よし、完成」


 エリカさん、起きるかな。昨日の夜は結構お酒を呑んでいたし。

 寝室に行くと依然としてエリカさんはぐっすりと眠っていた。気持ち良く眠っている姿を見ると、彼女を起こすことが申し訳なく思えてくる。


「エリカさん、朝ご飯できましたよ。起きてください」

「ううん……」


 ポンポン、と体を軽く叩いても、エリカさんは声を出すだけで起きることはなかった。

 とりあえず、今は寝かしておくか。彼女が風邪を引かないように布団を掛けておく。またお昼ご飯のときに起こしてみよう。



 これまで家では一人で食事をするのは当たり前だったのに、何度かエリカさんと一緒に食事をしただけで寂しく感じるとは。我ながら意外だなと思った。美味しそうに食べてくれたり、常に目の前に彼女の笑顔があったりしたことが大きかったのかな。

 朝食を食べ終わってもエリカさんは起きることはなかった。

 俺は食後のコーヒーを淹れて、テレビを観ながらゆっくりとする。

 今日は休日でずっとエリカさんの側にいるからいいけれど、明日からはまた仕事。連絡を取り合う手段を考えないと。

 エリカさんはテレパシー魔法を使うことができるけど、俺はもちろん使うことができないし。スマホや携帯は1台しか持っていない。家に電話はあるから、とりあえずは家の電話を使ってもらう形にすればいいかな。


『今日は七夕。今日は全国各地で開催されている七夕祭りの特集をしています!』


 今日は7月7日で七夕なのか。そういえば、夏川駅に昨日と今日、駅の近くで七夕祭りをやるってポスターが貼られていたな。夕方くらいまでに起きたら、エリカさんにお祭りのことを話してみるか。

 その後、録画したドラマやアニメを観る。ただ、その間にエリカさんが起きてくることはない。まさか、お酒の影響で年単位の睡眠コースに突入してしまったのか?

 お昼ご飯を作る前に寝室に言ってエリカさんの様子を見てみると、彼女は依然として気持ち良さそうに寝ていた。そろそろ起こすか。


「エリカさん、起きてください」

「ううん……」


 体を揺すっただけではダメか。


「エリカさーん。起きてくださーい」


 頬を軽く叩いてみても……ダメか。全く起きる気配がないし、むしろもっと気持ち良さそうに眠っているぞ。俺が声をかけたからだろうか。


「エリカさーん、今日も俺と一緒に休日を過ごしましょう」


 そう言って、今度はエリカさんの両頬をつまんで上下左右に動かしてみても……それが快感に思っているのか、えへへっ、と声に出して笑っている。


「こうなったら最終手段だ」


 エリカさんの弱点であるしっぽを両手で撫でてみる。すると、


「んっ……」


 エリカさんは体をビクつかせ、甘い声を漏らした。さすがはしっぽ。眠りについているエリカさんにも効果があるようだ。


「もう、宏斗さんのえっち」


 そう言って、しっぽで俺の右手を思い切り叩いてきた。


「痛い……」


 ダイマ星人の力の強さを、身を持って思い知らされた気がする。エリカさんが弱いと言っていたしっぽを勝手に触ったので、こうなってしまったのは仕方ない。ただ、しっぽを触ってえっちだと言われるとはどういうことか。いったいどんな夢を見ているんだろう。

 しっぽを触っても起きないとなると、今起こすのは無理なのかな。昔、俺がぐっすり眠っている中、美夢や有希にくすぐられて起こされた経験があるけれど、エリカさんの体をくすぐるのはさすがにまずい。あと、2人にされたことと言えば。

 ――ふーっ。

 エリカさんの耳に息を吹きかけてみる。すると、


「ひゃああっ!」


 大きな声を挙げ、驚いた様子でエリカさんは目を覚ました。これまでに何度も起こしてきたので、何だか感動するな。


「ひ、宏斗さん……」

「おはようございます、エリカさん。お昼になりましたので、どうすればエリカさんが色々と試してしまいました。それで、耳に息を吹きかけたらお目覚めに」

「そういうことだったのね。耳を触られるのはいいんだけれど、息を吹きかけられるのは弱いんだよね。しっぽを触られたときと同じように、体の力が抜けちゃうの」

「そうでしたか。申し訳ないです」

「ううん、いいの。昨日は美味しいお酒をたくさん呑んじゃったからね。今日も宏斗さんと一緒に休日を過ごしたかったから。むしろありがとうって感じ」

「そうですか。じゃあ、俺は今から昼ご飯を作りますから、その間にエリカさんは顔を洗ったり、服に着替えたりしてください」

「うん!」


 一日ずっと眠られると寂しいから、エリカさんが起きてくれて良かった。

 俺は台所に行って、お昼ご飯のざるうどんを作る。夏には冷たくてさっぱりしたものがいいだろう。

 茹でたうどんを水でしめ終わったとき、水色のブラウスを着たエリカさんがやってきた。


「宏斗さん、このお料理は?」

「ざるうどんという麺料理です。冷たくて今の時期にいいんですよ」

「うどん……ああ、宏斗さんと会う日のお昼に食べたお蕎麦屋さんにもあったね」

「そうですか。もうすぐできますので、エリカさんはリビングで待っていてください」

「はーい」


 エリカさんはリビングの椅子に座った。リビングにエリカさんがいると安心する。お蕎麦を食べたエリカさんなら、きっとうどんも気に入ってくれるんじゃないだろうか。

 俺は2人分のざるうどんをリビングに持って行く。


「思い出した。これ、お蕎麦屋さんで食べていた人いたな。このうどんっていう白い麺を、この小さなお椀に入っているおつゆに付けて食べるんだよね」

「その通りです。では、さっそくいただきましょうか」

「うん、いただきます!」


 エリカさんはうどんを一口食べる。彼女の口に合うかな。


「……うん! 美味しい! 冷たい麺もいいね!」

「良かったです」


 俺もざるうどんを食べ始める。うん、夏は冷たいものが美味しいな。平日も、お昼ご飯は社食でざるうどんやざるそばを食べることがある。


「……あっ、そうだ。エリカさん。明日から、俺は仕事で日中は家にいません。その間、どうやって連絡を取りましょうか。俺はテレパシー魔法を使えませんし。とりあえず、エリカさんには家の電話を使ってもらおうと思っているのですが。あと、家の鍵についてはスペアキーがあるので、それを後でエリカさんに渡しますね」

「鍵については了解。私はテレポート魔法を使えるけれど、一応持っておくよ。あと、連絡手段については私から提案があるんだ。うどんを食べながら待ってて」

「はい」


 提案があるということは、何か連絡をやり取りできる機械があるのかな。

 数分ほどして、エリカさんはリビングに戻ってきた。エリカさんが持ってきたのはスマートフォンと非常によく似た機械だった。黒と赤の2つあるな。


「地球に行く前にお母さんから渡されたの。魔法を使うことのできない地球人の方との連絡に使うようにって」


 そう言うと、エリカさんはその機械の黒い方を俺に渡してくれる。

 大きさも重さも俺のスマートフォンとさほど変わらないな。これを20年以上前にダイマ星人が作ったのか。


「前に言ったかもしれないけれど、ダイマ星人の使える魔法には個人差があってね。テレパシー魔法が使えない人と、いつでもコミュニケーションを取ることができるように、この機械が開発されたの。地球でいう携帯電話だね」

「へえ、そうなんですか。ちなみに、この機械の名前は何ていうんですか?」

「ダイマフォン」

「な、なるほど」


 微妙なネーミングセンスだな。スマートフォンに似ているから覚えやすいけど。


「でも、ダイマ王星で作られたものですから、地球の電気じゃ充電はできませんよね。あと、基地局とかもありませんし」

「それなら心配ご無用。地球で使うこの2つのダイマフォンには私のテレパシー魔法がかけられているの。そのことで、お互いに通話やメール、メッセージのやり取りができるんだ。ただ、ダイマ王星で作られているものだから、この地球でできるのはこの2つのダイマフォンの間だけなんだけどね。私のテレパシー魔法で動いているから、物理的に壊れない限りは使えなくなることはないね」

「そうなんですか。じゃあ、エリカさんとの連絡手段もこれで大丈夫ですね」


 魔法に対応して、半永久的に使うことのできるダイマフォンも凄いし、テレパシー魔法も凄いな。

 ということは、これからは実質スマートフォンを2台持つことになるのか。世の中には用途によってスマートフォンを使い分ける人もいるから、2台持っても不思議じゃないよね。普通に使うには俺のスマートフォンを使って、エリカさんに絡むときはダイマフォンを使えばいいかな。


「試しに電話してみる? 連絡帳に私の番号は入っているし。ダイマフォン本体の言語を日本語に設定しておいたよ」

「ありがとうございます」


 エリカさんは赤いダイマフォンを持って、リビングから出て行く。

 電源スイッチの場所を押すと、ホーム画面が表示される。

 連絡用として作られたからか、アイコンの種類が『電話』『メール』『メッセージ』『連絡帳』『メモ帳』『カメラ』『アルバム』くらいしかない。エリカさんと連絡するためなので、このくらいシンプルな方がいいか。というか、スマホと変わらないな。

 連絡帳をタップすると、当たり前だけれど『エリカ・ダイマ』しかなかった。写真が設定できるようで、笑顔のエリカさんの写真が設定されていた。いずれ、ここにメイドのリサさんの番号が入るのかな。

 エリカさんのダイマフォンに電話を掛けてみる。


『はい。エリカです』

「エリカさんの声、聞こえます。これでいつでも連絡できますね」

『うん! これで、平日も多少は寂しさがなくなるかな』

「そうですか。連絡をする手段を確保するのは大切ですから、これで安心しました」

『確かに。あと、機械越しで声を聞くのって安心できるんだね』

「そうですね」


 声の力は凄いと思う。たまに実家から電話があって、家族の声を聞くと気持ちが落ち着くし。

 これからは、休憩中とか昼休みにこのダイマフォンを使ってエリカさんと連絡を取るようにしよう。

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