1‐12 覚悟

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本編前告知


 本作、Vapor Trailのアニメを先日YouTubeにて公開しました。百合SFロボットアクションです。


URL→ https://youtu.be/Cg28QAn1UXs (コピペ等でお願いします)


 作画枚数7028枚、本編35分。一部の効果音以外すべて一人で制作しました。


 カクヨム版ではアニメのほうで描ききれなかった部分を含めアニメ本編を第一部として最後まで執筆、続編も第二部という形でこちらで連載してゆく予定です。


 カクヨム版第一部は本日より集中更新を開始、毎日更新を目標に来週中の完結を目途に執筆していますのでもう暫くお付き合い頂けると幸いです。


 以下本編です。何卒。

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  覚醒。目覚め。両方の瞳の焦点が合い世界に実像が生まれる。


 白い部屋。それを区切る白いカーテンの中央、白いシーツのベッドに、未宙はいた。


 頭がふわふわとする。目だけを動かして周囲を見やる。一定のリズムで音を刻む何かの機械と、上部から吊るされた黄土色と透明の液体の入ったパックが見えた。それぞれからは管のようなものが生え、それらはどうも己に繋がっているらしいことに未宙は気づく。


 ここで、この場所が医務室であることを理解する。自室のベッドよりも柔らかいため寝心地はいいのだが、どうもここで目覚めることが近頃多くなっている。丁度、天螺アマツミに乗り始めてから――


「堕とされたのか、あたし」


 状況を思い出し全身から血の気が引く。自分がここにいるということは少なくとも天螺は、リザは無事の筈だ。だとしたら懸念すべきは自分がまだ天螺に乗れる状態なのかという一点に集約される。


 未宙は全身に少し力を入れる。右手、左手、右足、左足、各指。どうも五体満足のようだ。


 体を起こそうとすると途端に頭痛が未宙を襲う。全身も節々が痛む。まるで錆びついた機械のようだった。


 何とか上体を起こすと、左足に違和感を感じる。


 くせ毛の茶髪が可愛らしい女性が、ベッドにうつぶせで眠っていた。


 ノルン。すぅすぅと寝息を立てている。生きている。どうも夢ではないらしい。未宙は孤児院にいた時分、熱を出して寝込んだ折にリザも同じように自分のベッドで寝ていたことを思い出した。


 少しして、ノルンが目覚める。その瞬間、とてつもない速度でノルンは未宙に抱きつく。


 声にならない声。きっと自分の名前を呼んだのだろう、と未宙は思う。


「せんぱい、起きないかと、思った……」


「起きてるよ」


 抱擁が、痛かった。


「――どれくらい寝てた?」


「一週間、ほど」


 一週間。七日。一六八時間。リザとともに居られるはずだった一〇〇八〇分を失ってしまった。起き上がる時の全身が軋むような感覚はそのせいだったか、と未宙は得心する。


「助けて、くれたんだな」


 未宙は気を失う直前、ノルンの声を聴いたことを思い出した。恐らくUAVを使って自分を逃がしてくれたのだろう。


「当たり前っす。あたしは先輩の戦友で――」


「ありがとう」


 あの紅い機体を前に、自分を助けたノルン。一体どんな覚悟と勇気をもって飛び込んだのだろう。未宙にはそれを推し量ることはできない。けれど、それが尋常のものでないことは分かるから、ただ一言、心の底からこの命の恩人に感謝の言葉を贈った。


「だから言ってるじゃないっすか、当たり前だ、って」


 白い歯を見せて悪戯っぽくノルンが笑う。


 


 未宙は立ち上がろうと脈拍を測る機器を指から取り外し、下半身を横にずらし脚を床に下ろす。自分が今ここにいるということは当然リザもいるはずだ。たくさん痛い思いをさせてしまった。彼女にとってはそのまま自らの体が傷付く痛みがあったはずだ。その上、何より彼女を一人にしてしまった。


 謝らなければならない。それ以上に、リザに会いたい。そう思った。


「先輩まだ安静にしてないと」


 その言葉は事実だった。立ち上がった途端未宙は下半身から急に力が抜けるのを感じた。何とか踏ん張り、点滴スタンドを掴み、立ち上がる。


「会いたいんだ。無理、させちゃったしさ」


 ノルンはその言葉を聞いて、何かを言おうとして、やめた。そしてまた普段通りの笑みを浮かべ、


「しょーがないっすね、本当」


 そう言って、ノルンは未宙を見送る。今の彼女にとってそれが、最もよい行動だと信じて。




 特殊技術研究部のドックは普段以上の騒がしさだったが、その雑音が未宙の耳に入ることはなかった。


 天螺アマツミがいる。リザを閉じ込めた黒い機械の器が、そこにいる。頭と左腕と両脚を失ったそれは大量のコードに繋がれ、大空を自由に切り裂く両の翼も取り外され、ドックの巨大な保持アームに支えられ辛うじてそこに存在している。


 未宙は見上げる。満身創痍の天螺を。そしてその中にいるリザを想う。眠っていたとはいえ、再会してからこれだけの期間リザに会うことのない日々は未宙にとって初めてだった。寂しい思いをしていないだろうか。無茶をした自分のことを軽蔑していないだろうか。部屋の隅、日の当たらない場所で膝を抱えてうずくまるリザの姿が目に浮かぶ。初めから孤独であれば何かを失うことはないと言わんばかりの頑なな姿。薄氷の上に築いた砦のような心の壁。


 会いたい。それが自分のエゴであってもいい。リザに会いたい。触れることすら叶わなくても、傍にいられるならそれでいい。


 未宙は自分とつながった点滴を支えるスタンドを強く握りしめる。金属製のそれは傷一つつくことなく、彼女の想いを受け止めていた。




 一週間後。八洲軍基地ブリーフィングルーム。その前方、明かりが落とされ唯一輝くそのスクリーン正面に未宙はいた。隣にはノルン・ルーヴ。その他は技術職とオペレーターらしきスタッフが十数名。人数は少ないが緊張の糸は張り詰め、荘厳な空気が漂っている。


「総員傾注」


 静寂を打ち壊す基地司令の声。未宙たちの所属する特殊技術研究部のブリーフィングは八洲軍本隊のブリーフィング前に行われている。恐らく仕事も心労も絶えないだろうに司令の声色は全く揺らぐことなく、まっすぐと戦士に向けて発せられる。


 司令の語りは現状把握から始まった。

「本日正子、ベイカントに動きがあった。旧軌道エレベーターの周囲に次々と出現。現在もその数を増やしながら数万の規模で各基地に向けて侵攻中。その半数以上が何故かここ、八洲軍基地に向かっている」


 スクリーンに映されている簡易地図にベイカントの進行方向が矢印で表示される。その中でも西方向、八洲軍基地へ伸びた矢印だけが異様に大きく表示されていた。


「大規模侵攻は五年前、あの人型ベイカント――以降フェンリルと呼称する。そのフェンリルが初めて出現したとされる戦闘以来だ」


 五年前。リザが命を落とし、その意識が機体に囚われることとなった戦い。


「二週間前の天螺とフェンリルの戦闘以降、明らかに奴らの矛先がこちらに向いている。勿論各国基地から応援も来る――だが」


 ひとつ、大きめのため息をつき、司令は続ける。


「だが、国連の上の連中が痺れを切らした。この機にベイカントの大本を潰したいらしい」


「五年前の大規模侵攻。フェンリル初観測以降、ベイカントにヒトを模したパーツが増えているのは周知の事実だ。これまでは一部だけ取ってつけたような状態だったが、二週間前のフェンリル再出現でまたベイカントに何かしらの進化が起こるのではないか、という話だ」


「……オールド・レッド」


 ノルンが呟く。その途端、スクリーンにかつて撮影されたものが映し出される。


 全長約500m、深紅の外殻に歪な四肢と翼を持った形状の、人体と獣を掛け合わせたような巨人。


 人とベイカントの戦争の始まりの象徴。


「フェンリルの出現がベイカントの進化を促すということも、オールド・レッドが再び現れるということも何一つ確証のないただの仮定の話だ。だが奴が再び現れた場合、我々になすすべはない」


 オールド・レッドは人類のあらゆる攻撃に対し一切傷を負うことなく軌道エレベーターを占拠した。人類は確かに新しい兵器を作り上げた。しかし今現在、オールド・レッドが再出現したとして対抗する術はない。対策を取る以前に、あまりに情報が少なすぎた。


「これまで旧軌道エレベーターに対する攻撃は幾度となく行われてきたが、それらは大量のベイカントによる壁によって悉く防がれてきた。奴らの総数は分からないが、この大規模侵攻にリソースを回している時に奴らがたどり着けない宇宙空間から爆装したありったけのUAV Gungnir《グングニール》を弾道飛行させて軌道エレベーターを吹き飛ばす算段らしい」


 ブリーフィングルームの空気が重くなる。何度も行われ、その度に失敗した作戦。以前と異なる点はと言えば「たくさんベイカントが外に出ているのだから守備に回す分のベイカントもいないだろう」という楽観の極みのようなところと今回はミサイルではなくUAVを使用するというところくらいだ。UAV Gungnirは第三次世界大戦の少し前に建造された、単体で弾道飛行が行える爆撃用UAVだ。機体は細く可変デルタ翼を搭載、機首前面には巨大な衝角が生えており、カジキマグロとトビウオの合いの子のような見た目をしている。戦時中は三度核を積んで飛び、地球に大穴を開けた後、世界各国満場一致で見事使用禁止兵器の仲間入りをした。


 そして一般の兵士に与えられる指示は、こういう作戦の際はいつも同じだ。


「つまり、我々はそれを奴らに感付かせないよう戦う。要はおとりだ」




「だが、やらなければこの基地も、はるか後方にある本土も危うい。よって、貴官ら特殊技術研究部の諸君は遊撃部隊としてこの戦闘に参加してもらう」


 ようやく本題が始まる。一般兵に対してはこのあと司令の有難い言葉と士気高揚のための演説があるのだろうが、技術者集団である特殊技術研究部に対してそんなものは時間の無駄だろうとカットされた。


「貴官らへの指示は単純明快だ。天螺あまつみは遊撃を担当。フェンリルが出現次第抑え込め。アレは第一世代クレイドル搭載型セヴンスの機動がなければ太刀打ちできない。 Gleipnir≪グレイプニール≫は天螺のサポートと情報収集、各戦隊機との連絡を密にしろ。他、各員は未宙、ノルン両名のモニターを常に行え」


 無茶苦茶なことを言う、と未宙は思った。しかし同時に天螺に出撃命令が下りたということは、天螺の修復が完了したこと、即ちリザと再び会えることに他ならなかった。それは未宙にとって至上の喜びであり、ドックへの入室禁止令を受けリハビリに費やした一週間求め続けたものであった。


「――やれるか」


 司令が問う。戦力差は考えることが馬鹿らしいほどのもので、作戦も根っこから破綻している。しかしやらなければ、これまでの全てが水泡に帰す。ここにいる誰もが理解していた。勿論、未宙自身も。


 だが。いや、だからこそ、未宙の行動理由はそことは異なるところにあった。リザとともにあるため。繋がっているため。ただそのためだけに空を飛び、戦う。自分がそうしたいと思うことに殉じる。その覚悟が未宙にはあった。


 故に、未宙は断固とした口調で宣言する。そしてそれは、ノルンも同じであった。未宙を繋ぎ止めておくために。どこにも行ってしまわないように。


「やります」


 二人の声が響く。


「以降、本作戦を『銀の矢作戦オペレーションシルバーアロー』と呼称。作戦開始時刻は追って伝える。解散」


 宣言。静寂。暗い部屋に、明かりが灯る。

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