1‐10 潜熱

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本編前告知


 本作、Vapor Trailのアニメを先日YouTubeにて公開しました。百合SFロボットアクションです。


URL→ https://youtu.be/Cg28QAn1UXs (コピペ等でお願いします)


 作画枚数7028枚、本編35分。一部の効果音以外すべて一人で制作したものです。


 こちらではアニメのほうで描ききれなかった部分を含めアニメ本編を第一部として最後まで執筆、続編も第二部という形でこちらで連載してゆく予定です。


 カクヨム版第一部の完結は年内、あるいは年明けすぐ辺りを予定していますのでもう暫くお付き合い頂けると幸いです。


 以下本編です。何卒。

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 未知の敵との戦闘。しかし同じベイカントであれば十分戦える。緊張はこれまでの経験と、ともに戦うリザの存在で抑え込む。未宙はそういう戦士だった。


 vmax起動、第一リミッター解除。エンジンの咆哮が大気に轟く。


 目標、急減速。咄嗟に天螺アマツミもターン、視界に捉えた刹那に目標は急加速。接近警報。対して天螺はエルロンロールで回避、人型ベイカント右腕の物理ブレードが天螺の肩部装甲を掠める。失速。態勢を立て直したところにロックオン警告、ビープ音が脳に鳴り始めた時にはもう遅かった。人型ベイカントの左腕、滑空砲の弾丸が天螺の右の噴射飛翔翼を貫いた。翼を貫かれる不快感を未宙の脳は痛みとして再現する。本来人体には備わっていない翼の痛みは幻肢痛にも似たものだった。


 右の翼は緊急消火機能により鎮火。燃料供給をストップ。辛うじて動作はするが鈍い。これでは機体がパイロットの反応速度についていかない。


 リザの抱える恐怖を、未宙は強く感じ取る。無理もない、一度自分を殺した存在だ。きっと今の自分の焦りも伝わっているはずだと思考する。


『大丈夫だ――』


 未宙は念じる。リザを諭すように、優しく念じる。


『あたしがいる。姿勢制御だけ頼めるか』


 リザが頷くのを感じた。


『よし。あたしの翼は任せる』


 機体制御をリザに移譲。未宙はトリガーに集中する。


 天螺はパイロットである未宙と、天螺に実装されたクレイドルシステム内に存在するリザの二つの意識によって動作する。意識とは機体にとっての最終意思決定機能だ。コンピューターはあらゆる情報から戦闘演算処理を行い、最も有効とされる行動を提示、その中から意識が行動を選択する。クレイドルシステムは普段の生活の中で無意識のうちに行っているプロセスを高速、最適化するためのシステムとも言える。そこに二つの意識があればどうなるか。互いの意識は相互に補完され、完全な理解のもとにひとつとなり、以前の倍の最終意思決定を、倍以上の速度でこなすことができるようになる。


 特にリザは生前、機体制御技能が特に秀でたパイロットだった。現在は火器管制系統へのアクセスは禁じられているもののその能力を遺憾なく発揮している。未宙は瞬発力、特に格闘戦における反応速度に秀でていた。コンマ数秒の判断が生死を分ける戦場において、それは最高の才能と言えた。そして二人の間には何より、絶対的な信頼が存在している。互いの全てを預け、受け入れるだけの精神的基盤がある。故に、この二人だった。


 しかし。翼の傷ついた、万全ではない天螺は人型ベイカントの機動に翻弄されるばかりであった。未宙は回避に徹しつつも一撃を狙う。

 人型ベイカントは射撃では当たらないと判断。背部の推進装置から紫の炎を吹き加速する。チェーンソーによる攻撃。触れたものを内部構造ごと食い破る兵器。回避運動をとるが執拗な攻撃に次第に限界が訪れる。左腕が切断される。


 未宙の全身に左腕を失う感覚が走る。麻酔をしたまま腕が切り裂かれていく精神的な痛みを遮断。


『まだだ――』


 吼える。崩れた重心バランスはリザが補正してくれる。その信頼の上で、未宙はエンジンを全開で噴かす。


 追撃。彼我の距離が縮まらないことに苛立ちを覚える。


 前方から射撃。回避運動をとるも間に合わず左足に被弾、バーニアの燃料が引火。即座に切り離す。しかしそれでも未宙は止まらない。


『もうやめて』

 

 リザの声が聞こえる。だがここで背を見せればそのまま落とされるのは自明だった。


『あいつに――』


 それに加え、未宙自身がここでやめることを認めなかった。遠くで誰かが撤退するよう言っている。


『未宙が死んだら、わたし――』


 死んでもいい。未宙は思った。この戦いは生存のためではなく、仇討ちに近いものだった。怒りと焦燥が心を焼く。一撃。一撃だけでいい。ただ前を飛ぶあの敵に、一撃を。


『届かせるッ!!』


 右腕の突撃砲を目標めがけて投げつける。コースは完璧だった。人型ベイカントはすかさず反応しこちらを向こうと重心を移動させる。それと同時に天螺は手甲に搭載された小型機銃を発射。天螺の手を離れた突撃砲は人型ベイカントのすぐ目の前で持ち主の射撃により爆ぜる。残った弾薬と制御システム基部が熱と煙を吐き散らす。人型ベイカントが一瞬、動きを止める。そこに煙を裂き現れたもの――それは天螺の右足だった。煙の中から右脚の蹴り。未宙にとっては一か八かの賭け。だが未宙は勝った。天螺の足は人型ベイカントの左肩と胴体を繋ぐ骨格部に直撃した。爪先のバーニアを吹かす。噴射飛翔翼のエンジンも全開。人型ベイカントのフレームを融かしてゆく。


 ふと、未宙は幼い頃、同じ施設にいた生意気な弟分にテレビで見たヒーローの真似をして飛び蹴りをしたことを思い出す。走馬灯なんて縁起でもない、と思った。そういえばそのあと、どうなったんだっけ。


 バーニアの熱がフレームを溶断。しかし姿勢制御用のバーニアを長時間使用した負荷により大腿部から膝にかけてのジェネレータ―が過負荷により火を吹く。バランスを崩す。当然、敵がその隙を見逃すはずもない。紅の、人の形を模したベイカントはチェーンソーを振り上げ、天螺の頭部を、その接続部を貫き、蹂躙する。


『未宙!!』


 未宙は声にならない叫び声を上げる。クレイドルシステムがパイロットの脳波異常を感知。意識を強制的に落とす。


 リザは思考する。姿勢を取り戻すために機体を操作しつつ六基のコンピューターと並列稼働しせめて戦域を脱出するための策を練る。


『私がやらなきゃ、私が未宙を助けなきゃ――』


 リザの意識が、突如落ちる。機体コンピューターの安全装置が頭部損壊のエラーによりリザの意識よりも優先して再起動処理をとったのだ。これでは姿勢の立て直しが間に合わなくなる。しかしリザにはどうすることもできない。ただ重力に引かれ落ちてゆく。


 リザは、自分が死んだ日のことを思い出した。やりきった脱力感と、もう未宙に会えないという息苦しさ。そして、何も言わず未宙のもとを去ったことへの自責。自分への罰なのだと、そう思えばある程度は受け入れられた。


 だが今、ここには未宙がいる。自分を愛し、受け容れてくれた、最も愛する人がいる。システムに再構築されたデータの中の模倣人格となり、厳密にはリザではない自分をリザと呼び、変わらず愛してくれる未宙がいる。


 受け入れられるはずがない。リザは薄れる自我の中で叫ぶ。動け、と。


 未宙は生きていなければいけない。幸せにならなくてはいけない。自分と道連れになって死ぬなんて、許されるはずがない。


 未宙はすごい人だ。色んなことを知っていて、まっすぐで、たまに不器用なところもあるけれど優しくて、いろんな人に慕われて、愛されている。特にこの機体をモニターしているパイロットからはとても大切に想われている。そんな人がこんなところで死んでいいはずがない。この人を殺してはいけない。


 リザは叫ぶ。だが発声器官のないデータの彼女の声を聴くものはいない。システムが完全に落ちる。


 だが、声は聞こえずとも、想いを同じくする者がいた。


 大型の離脱用大出力ロケットブースターを噴かし、接近する巨大な影がある。電子偵察・早期警戒管制機〈E/S-05 Gleipnir《グレイプニール》〉。


『先輩ッ!!!』


 ノルンが飛ぶ。近接戦装備を持たない機体で、二匹の機械仕掛けの妖精を連れて。


 Gleipnirは左右大腿部横のハードポイントからUAV、フェアリィを射出する。ノルンはGleipnirを親機として二機のフェアリィと脳を無線で接続。意識が三つに分裂する感覚を飲み込み天螺の救助に向かう。親機であるGleipnirは逆噴射をかけ急減速、未宙を堕とした人型ベイカントに立ちふさがる。


 二機のフェアリィは急降下、機首の下部から二本のアームを展開、自由落下する天螺と速度を合わせ接近。噴射飛翔翼と本体の接続部を掴んだのち二機同時にノズルを下方に向け減速。無事墜落を防いだ。


 本来の作戦目的であるベイカントの掃討は既に終わっていた。他の戦隊機は別の管制機に引継ぎ待機させている。


 勝算などない。だがノルンは動いた。静観せよとささやく自分の意識をねじ伏せて飛んだ。


 ノルンにとっては人型ベイカントを堕とすことではなく、無事未宙とその乗機を持ち帰ることが勝利条件だ。フェアリィを自動航行モードに切り替え基地へと向かわせる。


 にらみ合いが続いていた。そのにらみ合いを辛うじて意識を取り戻した未宙は朦朧とする意識の中、ノイズまみれの天螺のサブモニターで見た。意識が再び闇に堕ちる数舜前、未宙はリザのことを思う。


『リザ――』


 その言葉を最後に、未宙は再び気を失った。


 未宙の声は、ノルンの機体にも届いていた。生きている。ノルンはそう思うと同時に、何故あの少女の名前なのだ、とも思った。そんなことを考える自分が嫌になる。悔しかった。自分を見てほしかった。だが、今駄々をこねても始まらない。眼前の脅威。冷や汗が出る。手が震える。それらすべてを押し殺し、敵を見据える。二分持てばいい。天螺が通信圏外に入ったことを確認したのち、覚悟を決めて、啖呵を切る。


『やらせない。あたしの名前を呼んでくれなくても、あたしは先輩の二番機だ!』


 オープンチャンネルの咆哮。紅い機体がそれを聞いていたかはわからない。だがその時、人型ベイカントは一瞬何かに驚いたような素振りを見せた。その後数秒にらみ合いが続いたのち、それは背を向け、軌道エレベーターの方へ撤退していった。


 数秒で姿は見えなくなり、レーダー圏外となる。ノルンはその後も数分動くことができなかった。あの無機質なアイカメラに見つめられ、まさに獣に見つめられた獲物のごとく固まっていた。


 しばらくして脳が息が苦しいことに気付き、呼吸する。むせる。せき込む。ファイターパイロットは、先輩は、いつもこんな戦場で戦っていたのかとノルンは思う。


 まだ、手が震えていた。ノルンは浮ついた意識のまま基地に帰投シグナルを送る。Gleipnirを自動航行モードへ。座面に体を預け、モニター越しの空を見る。


 雲がかかり、薄く青空が透けている。超高空の空を戦場とするノルンにとって、それは少し新鮮な景色だった。


 クレイドルシステムを待機モードに移行。脳が人一人分のものとなる。先程まで手に取るように理解し、知っていた機体や戦域の情報が急にわからなくなる。知らないものに変わる。この感覚はどうしても慣れない。もしかして、何か大切なことも忘れてしまっているんじゃないかという気分になる。


 どうしてあの時、先輩は自分の名前を呼んでくれなかったのか。


 答えは出ていた。理解もしていた。未宙という人とともにいると決めた時から分かっていることだった。だから、ノルンは何も言わない。ただ理解して、飲み込んで、不毛な思考を排除する。


 ノルンは一人、密閉されたコクピットの中にいる。酸素生成機及び空調管理システムに異常はない。けれど、どうしようもなく、ここの空気は目に染みる。

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