4-14 再会
「――私は、行けないよ」
どれほど無言で抱き合っていただろうか。だが、やがて不意にクーリアは俺の身体を腕で押すと拒絶の言葉を口にした。
「私は人造魔剣研究における唯一の成功例、人造魔剣『回』の構成要素だから。私を傍に置いてたら、シモンは軍に付け狙われる事になる」
「クーリアはもう人造魔剣じゃない。それは、今ここで俺が壊した」
互いに無言の時を経て、クーリアに詳しく状況を説明する機会はこれが最初だった。
体内から魔剣『回』の欠片を取り払われたクーリアは、魔剣『回』を携えずとも意識を保ち動く事ができている。つまり今のクーリアは、人造魔剣の構成要素などではないただ一人の人間に過ぎない。
「うん、わかってる。でも、だとしても同じ事だよ。人造魔剣でなくなったとしても、軍はまた私を人造魔剣に戻そうとするはずだから」
クーリアもそんな自身の状態を把握しているようで、しかし答えは同じだった。
アンデラ・セニアも、似たような事を口にしていた。人造魔剣『回』の構成要素を増やす事はできても、大元の人造魔剣『回』はクーリアと魔剣『回』の融合体でしかない。だとすれば、一度人造魔剣でなくなったとしても、軍がクーリアを狙い続ける理由はある。
「それも終わりだ。人造魔剣計画は、リロス国防軍の主流派によって破棄される。軍はもう人造魔剣を造る事はないんだ」
だが、そもそもクーリアの語るような『軍』はすぐに消滅する。
国防軍本部からの部隊はいくつかが消滅したものの、人造魔剣『回』を抑えた以上、ハイアット軍事都市は結局のところ国防軍主流派に掌握されるしかない。人造魔剣計画自体が頓挫すれば、クーリアの構成要素としての価値も消える。
「……でも、だとしてもそれは表向きの話だよ。いつ軍が人造魔剣の研究を再会するかもしれない、ここの残党が裏で人造魔剣の研究を続けるかもしれない。私が狙われる可能性がなくなるわけじゃない」
「もしそうなるにしても、俺はクーリアの傍にいたい。その方が、いざという時に助ける手間が省けるからな」
クーリアの言ったような可能性はたしかにあり得るが、それはあくまで可能性だ。それにそもそも、どちらに転んでも俺の答えは変わらない。
「――シモンに私を助ける必要なんてない!」
ふと、クーリアは声を張り上げて叫んだ。
「私はハイアットを、シモンの故郷を、家族も友達も、大切なものを全部奪った! そんな私がシモンに助けられるなんて、そんな事があっていいわけない!」
爆発するような叫びが、きっとクーリアの本音だった。
このハイアット軍事都市で、クーリアはずっと俺を遠ざけようとしていた。危険に巻き込まないため、というのも真実だろうが、そもそもその根底にあったのはその感情。かつてのハイアット市を消失させた事による俺への負い目だ。
「馬鹿だな、クーリアは」
俺には、そのクーリアの引け目を消し去る事はできない。
クーリアは被害者だ。運悪く人造魔剣の研究に使われた被検体、その失敗により生じた結果にも、軍にとっての人造魔剣の価値にも責任を持つ必要などない。悪いのはかつてのケトラトス家、俺がその責を負う道理もないが、より苦しんだのは故郷が壊滅した俺よりも、それに加えその後も軍の研究の被検体として扱われ続けたクーリアの方だ。
クーリアも、そんな事は理屈の上ではわかっているはずだ。その上で、クーリアは自らを責め俺に引け目を感じている。俺が道理を問いたところで、慰めにもならないだろう。
「俺の大切なものなら、今ここにある。誰に頼まれたって手放してやるものか」
だから、俺が訴える事ができるのは今の感情でしかない。
「……馬鹿は、シモンの方だよ」
弱く、それでも俺を押し退けようとしていたクーリアの腕が、俺の背を抱いた。
「会いたかった。私も、シモンの傍にいたかったよ……っ」
俺の胸に顔をうずめたクーリアの頭に手を添える。濡れていく胸の感触は、不思議と全く不快ではなかった。
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