4-12 偽りの魔剣
国防軍最高司令官直属特務兵、アンデラ・セニア。
俺が片腕を切り落としたはずの男は、しかしなぜか五体満足のままでそこに立っていた。
「クーリアはどこだ? それに、クロナは?」
「シモン・ケトラトス。君は、クーリア・パトスをどうするつもりだい?」
「クーリアはどうなってる? あいつが、国防軍本部の部隊を消したのか?」
「……もちろん、そうだよ。彼女以外に、あんな事ができる存在はいない」
互いに噛み合わない質問の応酬に、折れたのはアンデラだった。
「言っただろう。クーリア・パトスは、人造魔剣計画に賛同している。彼女は自らの意思で障害を排除していて、それを止めようとするなら君も例外だとは言い切れない」
「そうかもな」
過程はともかく、ここにアンデラがいる目的は俺の説得だろう。力に呑まれ抵抗もできなかった俺が今も生きているのが、その証拠だ。
「俺はクーリアの味方だ。あいつを止めるつもりはない」
それは、偽らざる本音だった。
国防軍の内乱も、果てはそれが引き起こしかねない戦争も、俺にはさして興味はない。
「だから、通せ。俺はクーリアと話す必要がある」
もっとも、それはクーリアが自分の意思で動いている場合の話だ。直接的に、あるいは間接的にであっても、クーリアが何者かの支配下にあるのであれば、俺はその縛りを解いてやらなくてはならない。
「残念だけど、もうそれは不可能だ」
アンデラの返答は拒否。それは予想通りで、返事を聞く前に俺は構えを取っていた。
左に魔剣『不可断』、その鞘を、右には剣を。二刀の構えは、だが刹那の間に捩じれた左腕により崩れ去った。
「――――っ、ぁああ――っぐぁあああ!」
遅れて、ようやく追いついた痛覚から悲鳴が絞り出される。
肉と骨、神経までもが無造作に『回った』上腕部から感じるのは、当然の激痛。一応は腕は繋がったままだが、一切の感覚が痛みに置き換わり到底自分の意思で動かす事などできない肉塊は、むしろ失われてくれた方が都合がいいくらいだ。
「――ぁ、らぁっ!」
だから、切り落とす。残った右腕の剣で、使い物にならない左腕を切断。それでも当然、切り落とした腕の断面からは激痛が続くものの、先程と比較すればまだマシだ。
「思い切った判断だね。ただ、おそらくは正解だろう」
大きすぎた俺の苦悶の間にもアンデラの追撃はなく、それどころか俺の行動に感心の声を零す始末。だが、その余裕も当然だろう。
「いきなりだけど前言を撤回しよう。今は、僕もこの力を使える」
アンデラの使った力、そしてその左手で抜き放たれた剣の形状は、魔剣『回』のそれと一致していた。指定した座標を中心に空間を『回』す力。俺の腕ごと空間を回すその力こそが、防御も回避も不可能な前触れのない破壊を引き起こしていた。
「拷問を受けたくないなら、質問に答えてもらおう。シモン・ケトラトス」
「今更、俺に聞く事なんてあるのか?」
一歩、前に出たアンデラに、俺の身体が後退する。三歩も踏み込めば剣の届く距離ではあるが、悠々と迫ってくるアンデラに一太刀を浴びせようとしても、まず間違いなくその前に『回』される。つまり、すでに俺はアンデラの手中に等しい。
「人造魔剣『回』には、第三者がその力を扱うための手段がある」
俺の時間稼ぎを一蹴するように、アンデラはそう断言した。
「それを、お前が使ってるんじゃないのか」
「これは違う。この方法はただ、僕が人造魔剣『回』の一部になっただけだ」
アンデラの回答は、俺を混乱させるのには十分なものだった。
「お前が? それなら、クーリアは――」
アンデラが人造魔剣『回』の剣使、人柱に替われるのであれば、クーリアは不要ともなりうる。とは言え、そのまますんなりと解放されると考えるのはあまりに楽観、それどころかすでに処分されている可能性すらある。
「いや、彼女もまた人造魔剣『回』のままだ」
アンデラの答えに最悪の想像は裏切られたものの、事態が好転したわけではない。クーリアは今も人造魔剣『回』のまま、だとすればアンデラが人造魔剣『回』の一部となったというのはどういう意味なのか。
「人造魔剣は、一つの剣に対して複数の人間を構成要素とする事ができる。僕はその内の一人となったという事だよ」
アンデラは、当然ながら俺の疑問に対する答えを持っていた。
思い出すのは、カイネの連れていた二人で一組の少年と少女。あるいは彼らは、そのための実験台だったのかもしれない。
「構成要素を好きに増やせるなら、クーリアを解放してもいいはずだ」
もっとも、俺の関心は人造魔剣そのものよりもクーリアの処遇にある。クーリアが解放されるのであれば、人造魔剣研究自体がどうなろうと構いはしない。
「残念ながら、それは不可能だ。後付けで増やした構成要素は、現状あくまで力を使うための端末に過ぎず、大元の力は未だ本体であるクーリア・パトスのそれでしかない」
「なら、本体自体を入れ替えればいい」
「それもおそらく難しいだろうね。クーリア・パトス以外の構成要素には、人造魔剣に特有の欠点がある」
「特有の欠点……?」
人造魔剣に特有の欠点。その言葉に、思い当たるものは一つだった。
「……死ぬのか?」
「やっぱり、知っていたみたいだね。そう、人造魔剣の構成要素は、命を燃料として剣の力を引き出す。例外は一つ、人造魔剣『回』ではなく、クーリア・パトスのみだ」
力を使っても死なない事。それが、人造魔剣『回』が完成された人造魔剣である理由の一つだという事には、俺も想像がついていた。
だが、同じ人造魔剣『回』の構成要素であっても、クーリア以外の者は力を使えば死ぬとアンデラは口にした。旧ハイアットの人造魔剣研究を現ハイアット軍事都市が再現しきれていないためか、あるいは他の理由があるのかは俺の知りうるところではないが、それが真実だとすれば代替を立てる事によるクーリアの解放の可能性は消えている。
「お前も、死ぬ気なのか?」
そしてもう一つ、この場にいる俺達二人にとって重要な事は、アンデラ・セニアもまた人造魔剣『回』の構成要素として、命を削って力を使っているという事だ。
俺には、その理由がわからない。アンデラの目的が、何を考えてそんな行動を取っているのかがわからない。あるいは全て嘘なのかと疑いたくもなるが、ここでそんな嘘を吐く理由もまた想像がつかない。
「言っただろう。国のために命を使うのは当然の事だ。ただ、もちろん、無駄に死にたくはない。そのためにも、君に人造魔剣『回』を操る手段を聞いているんだ」
にじり寄ってくるアンデラに、俺もそれと同じだけの距離を後ろに進む。
アンデラ・セニアは狂信者だ。自身の職務に、人造魔剣の研究とそれによるローアン中枢連邦の打倒に文字通り命を注いでいる。それも、彼にとっては至って正気でその行動を選択しているのだから、その思考回路は到底俺の理解の及ぶものではない。
「……どうして、俺が人造魔剣を操る手段を知っていると思う?」
「そうでなければ、旧ハイアット市の支配者一族、ケトラトス家が自分達以外の人間に人造魔剣『回』の力を与えておくわけがないだろう」
時間稼ぎの問いかけには、即座に答えが返された。
「だとしても、その方法とやらを俺が知ってる理由にはならない」
「いや。旧ハイアット市唯一の生き残りにして、ケトラトス家の長男であった君が、人造魔剣『回』について何も知らされていないはずがない」
アンデラの言葉は、正確には理屈が通ってはいなかった。それでも、断言には確信が見える。
「仮に俺がそれを知ってたとして、話すと思うのか?」
「人は痛みには耐えられない。つい先程、君が証明したようにね」
それは、脅迫だった。
アンデラの操る人造魔剣『回』の前に、俺は無力だ。残りの右腕を『回』してしまえば俺は抵抗する手段を失い、両脚を『回』せば動く事すらできなくなる。そうなった後でなお拷問に耐えるような気力は残っていないだろう。
アンデラの読みは正しい。だからこそ、その行動はまったくもって甘かった。
「――っ」
可能な限り予備動作を殺しての、静止からの前進。
一歩、二歩を踏み出そうとしたところで、右腕に奇妙な感覚が奔り――そして消えた。
「なっ――」
俺が右の剣を突き出す最中、アンデラの剣がそれを握っていた左腕ごと宙に舞う。剣を失ったアンデラはそれでも突きを躱し、だが続いた剣の腹での殴打には耐えられずに地面へと倒れ込んだ。
「下手な事をすれば殺す。この状況なら俺の方が早い」
体勢を立て直されるよりも早く、アンデラの首元に剣を突きつける。
アンデラはすでに一度、聖剣『アンデラの施し』の偽物を用意するという手段を使っていた。剣を腕ごと落としたからといって、気を抜くわけにはいかない。
「――なるほど。やはり……そっちが本命だったか」
仰向けの首元を刃に撫でられながら、アンデラの口元には薄い笑み。それは、俺の持つ剣の力の全貌を垣間見る事ができたという成果へのものだろう。
魔剣『不可断』は、触れたものを消し去る流体を発生させる鞘だ。ただし、その操作に関しては、鞘が誰の手元にもない場合に限り、この手に握った剣でも行う事ができる。
だから、最初に鞘を落とされたのも、更に言えばアンデラが魔剣『回』の力を手中にしていた事すらも、俺にとっては好機だった。
あるいは本来の剣、聖剣『アンデラの施し』を持った状態のアンデラであれば、俺を警戒し、まず問答無用で行動不能にしてから話を聞き出そうとしたかもしれない。
だが、『回』の力を得たアンデラには余裕があり、その余裕が俺に後退する時間を与えてくれた。だからこそ、俺へと距離を詰めてくるアンデラが地面に転がる鞘の傍まで来た機を狙っての不意打ちが可能となっていたのだ。
「力に溺れたな、魔剣使われ」
おそらく、『アンデラの施し』の身体強化があれば、アンデラは流体の不意打ちからも逃れる事ができたはずだ。自らの剣と戦闘技術を手放し、人造魔剣『回』の圧倒的な力に頼ったのがアンデラの敗因だった。
「クーリアはどこだ? どうすれば、あいつを解放できる?」
そして、過程はどうあれ、すでに俺達の勝敗は決した。ここから先はアンデラは俺の問いに答えるだけ、それ以上動く余地は与えない。
「残念だけど、クーリア・パトスが完全にリロス国防軍から解放される事は――」
「時間がない。無駄口を叩けば殺す」
『不可断』の流体で、アンデラの足首を切断。脅しの初手としてはやり過ぎかと思わない事もないが、そろそろ俺の左腕の断面からの出血が放置できなくなっていた。早くアンデラから情報を聞き出し、そして完全に無力化する必要がある。
「――すでに人造魔剣『回』は僕を含めて五人の人間を構成要素として取り込んだ。クーリア・パトスと僕を除いても三人、その全員を処理しない限り、クーリア・パトスが解放される事はない」
俺の事情と意思を悟ったのか、しかしアンデラの語った内容は先程口にしたそれとほとんど同じ意味のものでしかなかった。
人造魔剣『回』、圧倒的な力を操る人間が残り三人。それも、今のような騙し打ちはもう通用しないだろう。アンデラを抜けてきた俺に対しては、今度こそ交渉や分析ではなく本気で排除しに来るはずだ。
「だけど、このまま君が玉砕するよりは、もう少し穏便な結末を迎える事はできる」
アンデラの言葉に対しての、その真偽を含む判断の最中、更に言葉が上乗せされた。
「君の持つその剣、『自身が触れた剣を操る』剣の力をクーリア・パトスを扱うために貸してくれるなら、彼女の解放以外でできうる限りの望みに答えよう」
そう語ったアンデラの視線は、自身の喉元へと伸びる剣へと向けられていた。
「……ああ、そういう事か」
そこで、ふと納得が頭の中で組み上がっていく。
今のアンデラにわかるこの剣の性質は、魔剣『不可断』、鞘の力を遠隔で操作する事ができるというところまで。だが、そこからそれ以上を想像する事は出来る。アンデラと、おそらくナナロはこの剣を『触れた剣を操る力』を持った剣であると考えた。
「残念だったな」
そして、それはおそらく正解なのだろう。
「それができたなら、ハイアットは滅びてなかったんだ」
ただしそれは、人造魔剣『回』を操る事が可能であるという意味ではなかった。
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