第四十六話 お話

 入れ替わる様にシャオイーが鞄を提げてやって来た。視線は横をすり抜ける様に帰っていくホンファ先輩に向けていたが、顔を前に向けた時に俺と目が合った。


「あ……」


 シャオイーは俺を認めると眉尻を下げる。


「おはよう、リン君」

「あ、あぁ。おはよう、シャオ、ちゃん」


 昔の様に呼ぶには時間を置きすぎたかな。慣れないな。


「どうしたの? 先輩、急ぎ足で寮に戻って行ったけど」


 寮の方に目を走らせながら言った。俺は先輩から言われたままを伝えた。


「そっか。何か私達に気を遣ってくれている様な気がするけど。それに何だか、リン君にはどこか遠慮している様な気がするけど。何ていうか昔と違うような気がする。そこだけは」


 俺は空を見上げる。言わなければと思っていた事を、シャオイーを目の前にして言えなくなっていた。気まずいというか、悲しませたくないのだろうか。いや、違うな。


「そうだ。朝ごはん、まだだよね? 私ひとりじゃ食べきれそうにないからリン君もどうぞ」


 シャオイーは敷物を地面に敷くとそこに腰を下ろして、その隣を俺に勧める。動きの一つ一つが小動物の様に細々としており、可愛らしさがある。


「じゃあ、隣に失礼して」


 籠の蓋を開けるとやや大きめの水筒にコップが二つ、そして、サンドイッチが複数入っていた。シャオイーはそこからコップを取り出して中身を注ぐ。


「オニオンスープね。苦手じゃないでしょう?」


 コップを受け取ると口を付ける。香ばしい香りが口一杯に広がり、そこから鼻を抜ける。


「温かい」


 口から漏れる白い吐息は漂いながら周りの空気と同化してゆく。一番寒い時期とは言わないが、外で食べるにはちょっと寒いかな。


「怪我、完治はしていなさそうね。ちょっとコップを受け取る時の動きがぎこちないし、どこか痛い?」


 思わず顔を逸らした。

 俺以上に俺の事を知っている様な気がする。


「確かに普通に生活は送れるけど、それでも時々突っかかる感じはあるけどね。それにしてもよく気が付いたな」


 そっぽを向いていたら袖口を引かれ、そちらを確認した。すると皿に二つのサンドイッチが置かれている。断面を見るとレタスが挟んである物とツナが一つだ。


「ん、ありがと」


 皿を受け取ると無造作に一つを掴んで口に運ぶ。口に入れた物はレタスにトマトにチーズの定番の一つとも言える物で、美味しい。


「そうだ。言わなきゃいけない事あるんだけど、いいか?」


 シャオイーは訝しむ様に俺の顔を観察して、覚悟を決めた様に一つ息を吸った。


「うん。なんか改まる様に言うなんて大切な事、なんだよね?」

「そう、だな」


 歯切れ悪く答えるとやっぱり話を逸らそうかななんて思う。しかし、シャオイーの瞳をひとたび見てしまえば、そんな事は無理だと観念する。


「あのな。俺、近い内にレンラン聖教国に治療に行く予定なんだ」


 僅かにシャオイーの瞳が揺れた。俺にはそう見えた。実際は勘違いかもしれないけれど。


「学園では治せないの? 後遺症あるなら仕方ないかな」


 シャオイーの面が俯いた。


「期間はよく分からない。次に大陸の何処かに近付いたらそこで降りて、レンラン聖教国に行くことになってる」

「そうだよね。でも、元気なリン君を見られるならそれも、いいかな……」


 消え入りそうな声がして、シャオイーを見ると俯いていてその表情は分からない。


「じゃあ、私もう行くね」

「しゃ、シャオちゃん」


 シャオイーはとぼとぼと帰路に就いた。

 しかし、俺は追いかけて話す話題も勇気も無かった。それに一瞬だけ見えたシャオイーの顔になんと言葉を掛けたらいいのかさえも分からなかったのだ。

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