第二十一話 宣戦布告
それから二年生の授業を見る機会があった。魔闘技の授業で、ホンファ先輩の姿もあった。噂ではあまり良い成績では無いようだが、魔物狩りの実習で点を稼いでいると聞いていた。
「あれからどうなの?」
隣にシャオイーが座っている。シャオイーは戦闘が苦手だったが、実技以外の成績はB組の中でも優秀だった。俺はどうかと言うと、あまり実技は芳しくなかった。理由は二つで、一つ目は攻撃面の弱さだった。これは打撃系攻撃力の低さと接近戦を主とする戦闘法は学園内でかなり厳しいのだ。そこに俺は身体強化の魔法は使えないとくれば、勝てない事に無理は無かった。
二つ目は螺旋魔法の特殊性だ。螺旋魔法は螺旋を描く事と龍脈がある事。この二つが俺にとっての発動の絶対条件だった。しかし、闘技館は龍脈が弱く、十分な火力が期待できない。前に試した事はあったが、火力の物足りなさを実感するだけだった。
「やっと対武器の戦い方に入ったところ。身体強化のブーストは無いから、緊張感が凄いよ」
気による打撃力の強化は出来るが、そもそも接近戦を真面目にやる相手は少ない。近接戦闘を主とする生徒の武器は拳ではなく、剣やナイフ、ハンマー等が多く、俺にはそれらのプレッシャーに耐えながら戦うしかなかった。
『次』
ホンファ先輩の戦闘スタイルは精霊系近接格闘という割と珍しいものだった。しかも、精霊をラウラ先生のように従えるのではなくて、道具に憑依させる型破りなスタイルだと聞いていた。伝聞なのは先輩が精霊を使っているのを見た事が無いし、そもそも精霊などを見ることが出来ないからである。
ホンファ先輩が闘技台の上に上っていく。相手は魔法使いに見えたが、武器はナイフだ。
「相手は魔術師か。それも黒魔術だな」
黒魔術と聞くと少しだけ身震いが起こる。特に俺が受けたわけではないが、授業で聞く黒魔術=呪いで認識しているのでやっぱり怖い。
『始め』
魔術師はナイフを前に構えている。目深にかぶったフードの奥で目だけが異様に光っている。ゆらゆらとした動きから低い姿勢でステップを踏みながら接近した。
「トラップを用いる魔術師とは違うようだね。あの武器が怖いけど」
ナイフに呪いか何かが込められているのは想像に易い。しかし、ナイフ一本では折れたり弾かれたりした時に攻撃手段が無くなる。だから、敵は複数の武器を用意している事だろう。ローブの下かな。
先輩は魔術師の攻撃をやり過ごす。だが、攻める機会を得ても手を出そうとはしない。その間も魔術師は攻め手を緩めない。
「ちょっと隙が多すぎるね。ホンファ先輩が攻めないから、動きの一つ一つが緩慢になっている」
魔術師がローブの前面を開いた。中には冒険者、にしては軽装気味の半そで半ズボンの男が現れた。同時に顔も見えたが、遮光眼鏡を掛けている。
そこから蹴りを交える踊りの様な連携攻撃を見せ始める。顔面を集中して狙ったかと思えば、足元を掬う。しかし、先輩は相手の腕や足に自身の肩肘で攻撃を逸らす。一見地味に見える攻防だが、付かず離れずを徹底している。
「精霊術、使わないね」
シャオイーが呟いた。確かにここまで先輩は精霊術を使った様子は見られない。ただの体術のみで戦っている。おそらく、魔法による身体強化は使っているのだろう。俺には学ぶことが多すぎる。
一瞬、先輩が視線を上に向けた。正確には俺の方を見た。笑顔を見せたのだ。隣のシャオイーもそれを見て、「先輩」と呟いた。
『戦闘中によそ見とは大した度胸だな。対人戦での勝率が低いくせに!』
魔術師が声を張り上げた。それから、ポケットから棒状の入れ物を取り出し、地面に叩き付ける。パリーンとガラスの砕ける音と煙の様なものが発生した。煙幕である。逃走用によく用いられる道具で魔術師が作った物は様々な効果を持っている事もある。
「ただの目くらましだな。毒は使用を禁止されているからな」
目に頼る戦い方をする者ならば効果は絶大だろう。更に相手はこの状況を作りだしたのだ。だったら、何かそこに勝機があるのだろう。
体捌きの音だけが聞こえる。内部の状況は分かる者にしか分からないだろう。俺は分からない側だけど。
『そこまでッ!』
試合が終わった様だ。勝ったのは魔術師だったようで、先輩が降参した様だ。
どうして? という気持ちは何故か湧かなかった。それは試合中にあの笑顔を見たからだろうか。いや、そうでは無いだろう。だったら、アーマードリザードを一撃のもとに屠った時だろうか。そうかもしれない。あれを人間相手に打ち込めばどうなるか。考えるまでもない。
『何故降参した! 一度も攻撃しなかっただろッ!』
『隙が見つからなかった。これでいいかな?』
先輩は勝ち負けに拘る性格では無かったと思う。ただ、何よりも真剣勝負に重きを置いていた。
『これでいいか? だと。魔物狩りの時を思えば、こうはならないだろう』
試合が終わったというのにかなり不穏な空気が漂う。
「やっぱり、北方系の拳法使いは大した事ないな。だが、あの時お前の全力は出せたのか?」
***
背後に居たのはバラクネだった。バラクネは取り巻きを従え、前の席の背もたれに足を乗せている。
「俺は負けるのが嫌いだからな。入学試験の実技、魔闘技の授業での試合で一勝一敗か。だから、次で全てにけりを付けたい」
バラクネの金色の瞳がギラギラと光る。派手な装飾の服がライトを反射し、チカチカとする。しかし、自信満々の顔には恐ろしい程に似合っていた。荒っぽいのが好きな奴なら惚れ込むだろうカリスマ性も垣間見える。
「大した事ないか、取り消せ。それに一部を見ただけで全てを理解した? 相手との実力差も分からんとはな。だったらお前は大した事ないな」
出来るだけ相手を小馬鹿にするように言ってやった。バラクネはニヤリと笑って、
「そうか、だったら勝負するしかないな。俺が負ければ何でもしてやるよ。俺が勝ったら、いや、どうせ俺の勝ちだから何もいらん」
バラクネは言い放った。だが、それでは俺の気が済まない。あの言葉は俺だけではなく、先輩への侮辱も含まれている。俺だけなら構わない。
「勝負は対等だ。俺が負けたら、お前の奴隷にでもなってやるよ。なんだったら靴だって舐めてやるさ」
バラクネの顔色が変わった。あからさまにイライラが見て取れる。その証拠に眉間をピクピクさせると、金髪の毛先から電流が走る。灯りが明滅し、バチッと何かが弾けるような音。バラクネの感情は奴の持つ雷の力を引き出す要素になっているようだ。電灯は弾けるように輝いては消えてを繰り返す。徐々にその範囲は広くなり闘技館全体に波及した。
「はぁ? 対等だと。まぁ、いいだろう。二度とそんな口を利けない様にしてやるよ」
距離を取っていた取り巻き複数が戻って来た。スーツの様な貴族服のバラクネはマントを翻す。一々様になっているのを見るとやや滑稽にも思える。
「場所と日時はこっちで指定する。せいぜい準備を頑張ることだな。道化師君」
ぞろぞろとバラクネは立ち去った。まるで嵐の様な出来事だった。終わってみれば、俺達の居た場所には多くの生徒が集まっていて、闘技場の一階から先輩が見上げていた。
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