第十九話 勃発

 随分と冷え込んで、冬の訪れを感じる様になった。葉っぱが落ちて、銀杏の匂いもやや気になってきた。


「はぁ? てめぇらのせいだろうが!」


 クラス内の不和が空気から形になった。きっかけは魔闘技の授業で、アイヴァン王国系の生徒が北方系生徒によって怪我をした事だった。互いに不満が溜まっており、とうとう不満が爆発したのだ。


「おい! お前ら何をやっているんだ」


 グラ―ディオ先生が割って入った。いつもならここで終わりだが、今日は違った。両陣営が武器を構えたのだ。授業中の乱闘はご法度であったが、あろうことか複数の生徒が教師をバインド魔法で拘束した。


「何をやっているのか分かっているのかッ!」


 先生の怒声もどこ吹く風。闘技館で五対五の乱戦が始まった。他の生徒は面白半分に冷やかしている。俺は中に加わる気は一切無かったが、いつの間にか輪の中央に押し込まれていて、北方系生徒のリーダーみたいになっていた。

 打撃、斬撃、魔法、魔術に精霊術が飛び交う。この際、最も厄介な存在が黒魔術だった。扱える奴は術符を使って呪いを飛ばしている。基本的には高熱にうなされたり、風邪をひくなどだったが、もっと質の悪い呪いが頭の上を飛んでいく。


「クソッ! 食べ物の味を感じなく呪いを外した」


 闘技館の中は阿鼻叫喚に包まれた。カエルに変化する呪いを受けた生徒が女生徒から足蹴にされたりもしていた。


「関係ない奴を呪ってどうするんだ! もっと狙え」


 俺の前方には複数の敵が立っていた。一人が近接で他が魔導書を持っている。


「リンフォン、貴様さえいなければ」


 恨まれる筋合いは毛頭ない。更に大人しくやられるつもりもない。が、多人数の相手は初めてだった。

 敵後衛が詠唱を始めた。複数の種類の魔方陣が展開されている。そして、目の前には大きな盾とランスを構えた男が立ちはだかる。盾を押し出しつつ接近して来た。


「身体強化」


 低い声が聞こえると一気に距離を詰められていた。横に跳んで前転。回避には成功したが背後には方向転換を終え、ランスを構えて走っている敵が迫っていた。


「焼き尽くせ」


 火球が横から飛んできている。仲間は足止めをされており、この複数に対し、俺一人で時間を稼がなければいけなくなっている。

 ボンッ。火球は弾け、熱は広がる。見ている者達はヒートアップしているが、その渦中にいる俺は必死に逃げる。対策とかそんな問題ではなく、火球の次は水が、そして、烈風が吹き荒れる。


「やばい」


 一息つけたと思ったら、ランスが湯気を突き破る。何とかランスの横に手を当てて軌道を逸らす。バランスを崩せば攻撃の機会は生まれる。

 右足を踏み込む。兜の奥に鈍く光る眼と目が合った。手のひらを押し込むべく、右手を開いた。

 その時、二度目の詠唱が止まった。俺にはそう思えたが「次来るぞ!」という言葉に飛び退いた。


「吹き荒れろ……」


 仲間を巻き込む攻撃だった。先ほどまでいた場所には鎧を纏った敵が宙を舞っていた。重装備が空を飛んでいるのに驚くが、カンフー服だけの俺だったらどうなるだろうか。背筋がゾッとする。

 盾役が消えた事で魔法使いと俺との間の障害物が消えた。距離はおよそ一〇メートル。次の詠唱完了までに打撃を与える事は可能。しかし、全員を攻撃不能の状態まではもっていくことは出来ないだろう。


「馬鹿野郎がッ! アイザックを吹っ飛ばしてどうする。あいつは俺達の作戦に必要なんだぞ」


 魔法使いの一人が叫んだ。


「そう言えば、あいつと親しくしていた奴がいたよな?」


 一人の視線が俺から外れた。そして、顔は小さく固まる一団の方を向いた。


「あそこに撃ち込むか?」

「確かにあいつらも嫌いだけど、今回のターゲットはリンフォンだ」


 一人が杖で魔法陣を描く。赤い魔法陣は火の魔法。詠唱が始まる。魔法の詠唱は二種類あって、一つは新式詠唱でこれは翻訳可能の魔法で多くの生徒に馴染みが深く、威力が抑えられている。しかし、もう一つの古式詠唱は翻訳不可能で威力は高い。不完全な詠唱では発動できない。

 聞こえた詠唱は古式詠唱だった。初級魔法ですら新式においては中級、場合によっては上級以上の威力を発する。


「お前、古式詠唱なんて使えたのか?」


 一人が驚きで目を見開いた。その場にいた者、その中でもグラ―ディオ先生が驚きの声を上げる。


「や、止めろ! 誰でもいいから詠唱を止めろ。最悪、闘技館が吹っ飛ぶぞ!」


 先生ですら古式詠唱を使う事を知らなかった様だ。知っていれば、B組にいるわけがない。

 闘技館内がパニック状態に陥った。詠唱に入った仲間を止めようと必死に説得を開始した敵達だったが、それが無理な状態まで入っていた。いわゆるトランス状態になっている。叩いても揺すっても止まらない。流石に殴る事は躊躇われたのか随分と優しく止めようとしている。


「何をしているの?」


 騒ぎを聞いて教員が複数やって来た。教員達は一目見て気が付いた。生徒の一人が古式詠唱に入っている事に。そして、その中でも魔法を扱える先生の表情が凍り付いた。


「一生徒が使える魔法の域を出ているわ。何故そうなったかは後で考えましょう」


 ラウラ先生が杖を構えて詠唱状態の生徒に歩み寄る。

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