第八話 特別実習
ラウラ先生の戦闘スタイルは精霊術をベースに魔法や魔術、その他を組み合わせた特殊な戦い方をすると聞いていた。それら全てを見せる事は無いだろうから、精霊術だけに気を付けるべきだと判断した。が、問題が一つあった。それは俺には精霊が見えない事だ。見えなければ対策のしようも無い。勘で戦うしか無いのか。
「よろしくね。リンフォン君」
妙に艶を感じさせる挨拶にたじろぐと、一気に距離を詰めてきた。吐息が鼻先に触れるほど近づくと、
「可愛いわね。でも、そんなに緊張しなくていいわよ」
人差し指が鼻の頭にトンッと触れた。ドキドキと胸が早鐘を打ち、思わず視線を下げると、丁度胸元から下に下がらなくて更に狼狽した。それを分かっている様な身のこなしは逆に酷く恐ろしいと感じさせられた。
「フフフ、思った通りだわ。貴方、面白いわ」
あっ、とラウラ先生が天井を仰いだ。何かを思い出したように耳元に息を吹きかける。生暖かい空気が耳朶を撫で、外耳道を洗うように進むと、鼓膜をそっと震わせる。甘く、こそばゆい官能的な刺激は脳を溶かすように俺の心を惑わす。
「んっ……。アッ、ンぅ」
どんどん顔が熱くなる。距離を取ろうにも背側から何かに押されているようで動けない。
徐々にノって来たのかラウラ先生の瞳は喜色に満ち、頬を上気させると更に俺の右手を捕まえて離さない。
「同じクラスでも随分と空気が悪いわね。私が介入しても解決はできなさそうね。貴方には期待しているわ。それと、後ろの子達見えないよね。私の目を貸してあげる」
人差し指と中指を立ててピースの形を作るとそっと目頭に押し当てて、
「マギア・アイ」
ポワンと何かが弾けると急に眼が温かくなった。同時に視野が広がり、背中に視線を向けると可愛らしい緑の羽の生えた何かが俺を見ていた。
「風の精霊シルフ。私の最初の使い魔ね」
シルフはクスクス笑いながら俺の背を離れるとラウラ先生の肩に乗る。それから耳打ちをするとラウラ先生はちょっと驚いたような表情を作る。
「なるほどね。んー、でも大丈夫でしょう。彼の使う術にあれは無くてもいいからね」
あれが無い? 俺が螺旋魔法を使う事は知っているのだろう。しかし、気になる。
「貴方はまだ気にしなくていいわ。それと、そろそろ始めましょうか。いくつがいい? 一から八まであるけど、四までが普通かな」
一から八? 難易度的なものか。それとも別の意味があるのか。
「四でいきましょう。ちなみに四は、シルフ、ノーム、ウンディーネ、サラマンダーの四精霊ね。そこから更に組み合わせると二十四ね」
四精霊がラウラ先生の背後から現れた。それぞれが風、土、水、炎を司り、特にサラマンダーが猛っている。
「紹介するわね。ノームのノーミィ、ウンディーネのディーネ、サラマンダーのサラ、そしてさっき貴方の後ろに居たシルフのシルフィ。じゃあ、来なさいな」
杖を体の正面に構えると四精霊が周囲をぐるぐると回り始めた。時折、精霊たちは体を一回転させて、その様は故郷で見た舞踏会の様だ。
「一手、御教授願います」
腰を落とし、足を開いて半身の姿勢を取る。そこから一足飛びで突きを放つ。
「おっと。中々いい突きね。シルフィ」
シルフィの名を呼んだラウラ先生がその場から移動していた。
「動いたのは貴方よ?」
俺の思考を読み取ったかのような言葉。しかし、それ以外の考えは抱きようが無いほどに経験が浅すぎた。
足元を見ると着地をする寸前で風によって押し戻されていたようだ。だが、実感がない。どういう事だ。
「不思議よね。勢いを相殺しただけなんだけどね」
コンッ。
ラウラ先生の足元で魔法陣が展開された。
「魔方陣は複雑な方が凄そうに見えるでしょう。でもね、そんなものは展開最中にやられたり壊されたりしたら意味が無いの。だから、ある程度修めたら、簡素な形に変えるの。貴方の八極拳にも通じるでしょう。けど、これは精霊を束縛し、暴走を防ぐためのもの」
確かに達人くらいになるとパッと見では凄さが分からない。小さな動きで、大きな威力を放つ。八極拳が地味と言われがちだが、目に見える物が全てではないことは魔法や魔術の世界に生きる者にとって常識な様だ。
ん? 足元の魔方陣は単純に三角と点だけで構成される。陣は光り、思わずそれを見つめてしまう。
「はいはい。サラのお好きな様に」
陣に炎が混ざる。中心にはサラマンダーが座り、組み込まれていく。
カチリ、と何かの噛み合う音がして目の前が弾けた。「あ……」ラウラ先生が頭を抱える。
『手加減出来ないけど、頑張ってね』
うねる炎から声が聞こえたがもう遅い。大きな塊となって降り注ぐ。
炎の塊は隕石の様に、異様な熱と威圧感を放つ。それは流星群の様に、肌を刺すという表現では生ぬるいほどに。焼くや焦がすとは違う。消し炭でも温い表現な攻撃は確実に迫る。
炎に背を向ける様に構える。呆れるほどに馬鹿な生き方しか出来ないなと思うが、体は動いている。
「鉄山靠!」
肩と背中を炎にぶつける様に叩き込む。
『ご主人の命令だから手伝うわね』
肩から背にかけて水に包まれたような冷たさを感じる。そのまま炎と水はぶつかった。背面から蒸気が駆け抜ける様に走っていく。
「ったく。戦うの好きなくせに手加減を知らないんだから」
蒸気が晴れたらそこに結果はあった。俺に覆い被さるようにラウラ先生が居て、更にノームが土壁を作っていた。
ボロッと崩れるとその先にディーネと小さくなっているサラがいる。
『ご、ごめんなさい』
しょんぼりしているサラにラウラ先生は詰め寄って、
「久しぶりの戦闘だからって普通にぶっ放すなんて思わないじゃん。やりすぎないで、って言ったでしょう。けど、私が悪いわね。もう少し複雑な魔法陣を作っておけばよかったし、見通しが甘かった。ごめんなさい」
ディーネもかなり消耗している様で直ぐにラウラ先生のローブの中に入った。
「ごめんね。私、砲台みたいな戦い方しか出来ないのよ。それに精霊達は私の魔力を喰って勝手に動くから。それに私は高火力を手加減無しで撃ち込むの。けど、サラの炎に立ち向かうなんて無茶するわね。どっかの誰かさんみたい。……だから、……するのよ」
ラウラ先生が天井を仰ぐ。一瞬だけ瞳が軽く揺れた様に見えた。俺はラウラ先生に声を掛ける事が出来ず俯く。
ラウラ先生が杖を振るとスーッと目元から熱が引いていく。それと同時に精霊たちが見えなくなり、同時に声も聞こえなくなっていた。
「ラウラ先生、ありがとうございました」
一礼すると、ラウラ先生は首を振って、「こちらこそありがとうね。ごめんなさい。それから。ううん、何でもないわ」足早に去って行った。
「怪我はしていないか。目に見えないところが怖いから養護の先生に見てもらえ。あれでだいぶ手加減しているんだろうけど」
グラ―ディオ先生と養護教諭の先生が駆け付けた。養護の先生は片手に救急箱を掴んでいる。
「あら? かなり凄まじい事があったんだから、酷い怪我をしたと思ったんですが何もないですね」
養護の先生は背中を重点的に見ていたが、触診を終えると首を傾げている。
「エイル先生、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫も何も何ともなっていませんね。ラウラ先生のおかげでしょうね。おかげと言うのもあれですけど……」
治療の最中ですら嫌な視線を受け続けていた。近い内に手を出して来るだろうな。
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