第百九十九譚 聖王リヴェリア


「リヴェリア・エアズ・レニヴァンだ」


 目の前に立つ男がそう言葉にする。

 俺は頭の中が真っ白になった。


「世迷言を! そのような嘘が通じるなど思わない事です! なぜならここには本物のリヴェリアが――」


 セレーネが俺を見て唖然とする。

 俺は今、ひどい顔をしているのだろう。


「アル……様?」

「本物、本物ね。確かに本物はここにいるぜ」


 リヴェリアはケタケタと笑いながらこちらを見ている。


「不思議だろ? 不思議だよな! どうしてリヴェリアと瓜二つの姿をした男がここにいるのか!」

「俺は、リヴェリアは五十年前に魔王との戦いで命を落としたはずだ……。それなのに、どうして生きてる?」

「そりゃ死んでねえからだろうが、考えたらわかるだろ」

「お前は、お前は一体誰だ! なんで俺の姿をしてる!」

「オレの姿……?」


 空気がまた一段と重くなる。


「オレがリヴェリアだ! オマエじゃねえ!」


 その激昂は、建物を軋ませた。

 とてつもなく強い威圧に、セレーネが尻もちをつく。


「あ、貴方は一体何者ですか……? この禍々しい気配、もはや人のものでは……」

「オレはリヴェリア。本来この世に生まれてくるはずだった、本物のリヴェリアだ」

「どういう意味だよ、それ」

「そのままの意味だ。オマエが、オマエの魂がオレの体に入り込んでこなければ、オレはオレの人生を歩めたんだ!」


 その言葉に俺は悟った。こいつの正体に。


「俺が転生したばかりに、本来生まれてくるはずだったお前の人生を奪ってしまったってことか……?」

「ああ、そうだ。オマエの魂が入ってきたことで、オレの魂はこの体の奥底に追いやられていたのさ。だが、魔王と戦ったあの日、オマエはあの魔法を唱えた!」

「あの魔法……とは?」

「魔族に伝わる秘術。”自己犠牲エゴ・イプセ・サクリフィキウム”をな」


 エゴ・イプセ・サクリフィキウム。

 それは俺が女神から教わった最後の手段だった。


「その魔法は確かに使ったさ! 使ったけどそれが今の状況と関係あるのか!」

「そうか、オマエはアディヌにこう言われてたんだっけな。自分を犠牲に爆発を生む魔法だって」

「ああ、言われたさ!」

「そりゃ嘘だ」


 嘘。嘘だって?

 女神アディヌに教わった魔法だったから、きっと何か裏があったんだろうとは思っていた。

 でも、その魔法自体が嘘だとしたら。


「あの魔法は、自らの魂と引き換えに対象の魂を滅する魔法だ。だから、その魔法によってオマエの魂と魔王の魂は死に、この体に元々あった魂――オレの魂が宿ったのさ」


 訳が分からない。頭がぐちゃぐちゃになりそうだ。


 結局、俺はあの魔法で魔王を倒していて、本来生まれるはずだったリヴェリアの魂が蘇った。

 つまり、世間で言われていた『勇者が魔王を倒して聖王になった』という話は間違っていなかったってことか。


「オレはオマエが生きていた間、体の中からずっと見ていた。オレが歩むはずだった人生を。オレが感じるはずだった世界を! どれだけ羨ましかったか! どれだけ妬ましかったか! それが今ではどうだ、オレが。オレこそがリヴェリアだ!」

「だからと言って、世界を滅茶苦茶にしていいはずがないだろ! どうして世界を壊そうとする! どうして女神アディヌと手を組む!」

「オレの人生を奪ったオマエがオレの人生に口出すんじゃねえ! オレの人生だ、オレだけの人生なんだ! オマエに奪われた人生をどう生きようがオレの勝手だろ!」


 駄目だ。俺じゃ何も言えない。

 そうだ、元々生まれてくるはずだった本当のリヴェリアの人生を奪った俺が何かを言う資格なんてない。

 人の人生を奪い、悠々と生きた俺には。


「貴方は間違っています。私には、お二人の難しい関係についてまだ理解が及んでいませんが、もっとまっとうに生きる道があったはずです! なぜ世界を滅ぼそうとするのですか!」

「決まってるだろ。オレが滅ぼしたいから滅ぼすんだ。ほかに理由なんてねえよ」

「それではまるで……っ! そう、でしたか。そうですよね。貴方は……叱るべき親も、その親から与えられるはずの愛情も――知らない……」


 消え入るような声でセレーネが呟く。

 

「……ごめん、ごめんな。元凶は、俺だ。だから――」


 懐の長剣を抜き、目の前に立つリヴェリアに向けた。


「俺の手で、終わらせるよ。憎んでくれて構わない。全部、俺が背負っていくからさ」

「二度もオマエはオレの人生を奪うってのか? だが死ぬのはオレじゃない、オマエだ。オレはオマエを殺して、この因縁にケリをつける!」


 リヴェリアはどこからか長剣を取り出し、見覚えのある構えをとる。

 その構えは、俺と同じ。リヴェリアの身体は、俺の構えを覚えているのだろう。


「あれから五十年……オレはオマエを殺すための方法を考えてきた。オマエの戦い方はオレが一番よく知ってんだ。そんなオレに勝てると思うなよ!」

「そうだな、俺の構えはリヴェリアの時に完成していた。でも、今の俺とは違う。今の俺はリヴェリアじゃない。アルヴェリオなんだから」


 俺はセレーネの前に庇うようにして立った。


「セレーネ、こいつは。こいつだけは俺の手でやらなくちゃいけない。だから――」

「私も戦います」

「何言って――」

「お忘れですか?」


 セレーネは俺の肩にそっと触れ、並び立つように前に出た。


「貴方の罪も、罰も、後悔さえ共に背負います。私の心は、貴方と共にありますから」

「セレーネ……」

「これだけではいけませんか?」

「……ありがとう」


 俺は剣を。彼女は槍を。

 その二つの武器は互いの信念を表しているようだった。


「行くぞリヴェリア! お前の全部、ここで断ち切る!」

「オマエだけは、オレがこの手で殺してやるよ!」


 魔王を倒した元勇者と二度目の転生を果たした勇者。

 二人の勇者は聖王として。再誕の勇者として相対する。


 勇者と勇者の戦いが、最初にして最後の戦いが始まった。


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