第百八十譚 二人の妖精は共に舞う


「それはそうと勇者よ。私からの贈り物は気に入ってもらえたか?」


 決戦の場である『魔王の爪痕』に向かう道中、そんな言葉が魔王から問いかけられた。


「贈り物? 何だそれ?」

「何? トゥルニカでスカルウェインから受け取ったのだろう? 魔法の収納袋を」

「ん? トゥルニカで――はあ!? これお前からの!?」

「何だ、説明を受けていなかったのか。スカルウェインめ、あれほど説明しておけと……」


 俺が腰に下げている袋。これはトゥルニカを発つ前日に、怪しげなフードを被った男から受け取ったものだ。

 小物入れとしてずっと使っていたんだけど、まさかこの袋が魔王からの贈り物だったなんて。


「確かに今思い返してみると……スカルウェインだな、あの男は」


 話し方がそのままだ。そうか、魔王城で初めてあいつに会った時の既視感はそれか。


「……まあいい。その袋は『魔法の収納袋』。入れたものを異空間に飛ばし、自らが念じたものを素早く取り出すことのできるものだ」


 その説明を聞き、俺はある事を思い出す。

 エルフィリムにて冒険者登録を行おうとした際、能力確認のための魔法具が見当たらなかったことがある。ただ、この小物入れを探した時すぐに見つかった。これは恐らく魔法道具を小物入れにしまっていて、頭にそれを思い浮かべながら取り出そうとしたことで取り出せたという事なのだろう。


「使い方次第で武器にもなる。どう扱うかは貴様次第だがな」

「へえ……。待てよ、異空間に繋がってるって事はつまり――」

「――ほう、その使い方もあながち間違いではないな」




□――――魔王の爪痕【現在】




「こ、こいつ……! 剣と長杖の二刀流だと……!」


 近くにいた男が顔を強張らせながら言葉を発した。


「あの長杖、何もない所から取り出したように見えたぞ……!?」

「ふざけた真似をっ……! ええい、怯むな! 殺せ!」


 足を止める聖王軍は徐々に多くなり、それは波のように徐々に広がっていく。

 しかし、これだけの数を止めても全体的に見れば米粒程度だろう。


 だけど、ここでの役目は充分に果たした。

 先程から金属がぶつかり合う音や雄叫びが激しく聴こえてきているから、両軍がぶつかって戦闘が始まっていると見ていい。

 俺がここでやる事は、唯一つ。


「この戦闘スタイルは今日が初めてなんだ、試させてくれる奴がいるならかかって来い!」


 少しでも多く、敵の数を減らすことだ。




□――――魔王の爪痕:中央軍




 魔王の号令が出されてすぐ、左軍前方から彗星の如く飛び出していく勇者の姿を見て、中央軍の妖精族二人は揃って口を開く。


「随分とやる気だね、アルヴェリオ」

「序盤からあんな飛ばしてバカよね……。もう少し温存しながら戦いなさいよって思うわ」

「それ、君が言うかい?」


 蛇が獲物を狙うような目で睨みつけられたグラジオラスは、下手な口笛を吹きながら目を逸らした。


 しかし、そんな事を言いながらも二人からは勇者に負けず劣らずのやる気がみられた。

 彼らは勇者のパーティの中でも最古参。始まりの時から勇者と苦楽を共にしてきている戦友である。

 

 そんな彼らが、勇者に後れをとることを良しと思うはずも無く。


「さぁて、あのバカに負けないようアタシたちも行くわよ」

「僕たちにも意地ってものがあるってこと、思い知らせてあげようか」


 その言葉と共に、二人の姿がフッと煙のように消える。

 突撃を開始している中央軍の魔物たち。その僅かな隙間を舞うように、妖精族の二人は最前線に向けて走り抜けていた。


「アザレア! 二魔法同時詠唱で中央の敵をお願いしていいかい?」

「ハア!? いきなり二魔法同時とかバカなんじゃないの! それになんでアタシに命令してんのよ!」

「いいからいいから、僕に考えがあるんだ」


 普段通りの笑顔を見せながら、微笑みかけるグラジオラス。

 アザレアは少し不満そうにしながらも、やれやれといったように肩をすぼめた。


「ま、いいわ。やったげる。アタシも最初っからぶちかますの嫌いじゃないし」

「いやいや、むしろ好きな方だよね」

「燃やす……」

「冗談だってば!」


 中央軍の最前線まで抜け出たアザレアは、走りながら杖を構えて詠唱を始める。

 それに続くように、グラジオラスが敵軍に突っ込んでいく。


 アザレアの体を計り知れないほどの魔力が覆う。

 彼女の口角がにやりと上がると共に、辺りの地面が悲鳴を上げた。

 小さな石粒や砂粒がふわりと舞い上がり、地面の土が細かく抉れるように宙へと浮いていく。


「さあ! ぶちかますわよーっ!」

「頼んだよ!」

「”炎の円陣フレイム・サークル”! ”暴風ストーム”!」


 魔法を唱えると、敵中央軍の前線に巨大な魔法陣が描かれ、炎が燃え上がった。追い打ちをかけるように、その魔法陣の中に暴風が起こる。炎は勢いを増し、風と共に魔法陣の外へと飛び散っていく。


 敵中央軍の足は完全に止まり、炎拡大による混乱は敵後方にも広がりつつあった。

 そして、その時を待っていたと言わんばかりに、グラジオラスが跳び出した。


「いつものあれを頼んだよ、アザレア!」

「ったく! 今やろうとしてたところだったのよ!」


 彼女の言葉を聞き、グラジオラスは短剣を構え――魔力を込め始めた。

 彼女の魔法と合わせるように詠唱を始め、二人の魔法はついに重なった。


「”炎女神の一撃ヘスティアー・ブロウ”!」

「”風神の怒りアイオロス・エインガー”!」


 頭上から巨大な炎の塊が聖王軍向かって落下していく。

 その炎塊は、風を纏いながら急速に落ちていった。


「へえ、アンタいつの間にそんな魔法使えるようになったのよ」

「僕だってやる時はやるんだよ」


 落ちた炎の塊は爆発を生み、辺りを火の海へと変えると共に風の刃が敵軍を襲い掛かる。

 これにより、中央軍前線の戦力は圧倒的に低下。開戦からたった数分で、聖王軍の被害はおよそ四万超に及んだ。


 このままの勢いならば魔王軍が優勢だろう。

 だが、そう簡単にも行くはずが無く。


「――見つけたぜェ、妖精ハエの王子様よォ……!」


 炎の海からゆらりと現れたのは二つの影。


「ほう。まさか再会することが出来たとはな。貴公の執念深さには神も呆れるという事か」

「うるせえっつってんだよ。テメェから殺すぞ」


 グラジオラスは現れた人物を見て、拳を握る力を強める。

 ただならぬ気配を感じたのか、アザレアも表情を強張らせた。


「グラジオラス。こいつらは――」

「うん、分かっているよ」


 紅い鎧を身に纏った二刀使いの男と、紫の鎧を身に纏った銃槍使いの男。

 この者たちを知らない者など、この戦場にはいないだろう。


「紅騎士、紫騎士……!」


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