第百二十譚 戦いが終わったら
暗闇の中、木々の間からわずかに零れる月明かりを頼りに、俺たちは森の中をひた走っていた。
流石に慣れてきたのか、俺に抱えられているセレーネは何も言わずにしがみついている。
ただ、顔がうっすらと赤らんでいるのは気のせいだろう。
森を抜けるまで、あとどのくらい時間がかかるかわからない。
そう思った俺は、気になっていたことをセレーネに問いかけることにした。
「あのさ、ムルモアってどんな奴なんだ?」
俺の問いに、セレーネは驚いたのか小さく声を上げる。
純粋に気になったんだ。
ムルモアがどういう奴なのかを。
海鳴りの地での会話から察するに、きっとムルモアはセレーネの味方だったんだろう。
多分、エネレスとしてではなくセレーネとして接してきていたんだと思う。
俺は知りたいんだ。
これから道を同じくするかもしれない奴の事を。
「ムルモアさんは私の育て親、のような方です」
「育て親って事は……セレーネの両親はいないのか?」
「……はい、もういません」
セレーネの言葉に、俺は自分が失言してしまった事に気づき、すぐさま謝罪の言葉を伝える。
「ごめん、セレーネ。気悪くさせちゃったかな」
「いいえ、もう気にはしていない事ですので……私の方こそ気分を悪くしてしまうような話にしてしまってごめんなさい」
「いや今のは俺が……!」
セレーネが俺の顔を見てくすりと笑う。
その後、セレーネは話を戻してムルモアの素性を語り始めた。
「ムルモアさんは、ああ見えてとても優しい人なのですよ? 私が風邪を引いてしまった時もつきっきりで看病してくれましたし、いつも私の味方でいてくれましたから」
「へえ……、強面の巨漢だから恐い奴なのかと思ってたよ。人は見かけによらないとはよく言ったもんだな」
「確かに私も初めて会った時は恐ろしかったのを憶えています。当時はまだ幼かったので、ムルモアさんの近くに居ることが恐くて」
「俺もきっとそうなりそうだ……」
思い出を懐かしむように優し気な表情で語るセレーネ。
それに釣られ、俺の表情も緩んだ。
セレーネの口から出てくるムルモアの素性に、俺は驚きながらも彼の存在を掴んできた。
普通に話してみたらきっと面白い奴なんだろうな、と思ってたりもする。
今度会った時はちゃんと話してみよう。敵味方としてじゃなくて唯の人間として。
「……アル様」
セレーネが小さく、どこか力強く俺の名前を呼んだ。
「どうした?」
「この戦争が終わったら、きちんと話をしませんか? 私のこれまでの過去の話を――アル様の過去の話をもっと沢山聞かせてほしいのです」
突然告げられた言葉に、俺は足を止めた。
どうしてこう、異世界の奴らは旗を立てるのだろうか。
これほど危険なフラグはないというのに。
「どうして笑っているのですか?」
「ん、ああごめん。セレーネはきっと立派な建築士に慣れると思ってな」
「建築士?」
「なんでもないよ」
俺は緩んだ頬を引き締め、もう一度足を動かし始めた。
「……まあ、そうだな。俺もお前の過去話は聞きたいからな」
「では、約束ですね」
「ああ、約束だ」
俺はセレーネに向かって笑顔を見せる。
それに釣られたように、セレーネも微笑みを浮かべた。
どれだけセレーネがフラグを立てようと、俺はそれをへし折る。
そんな運命はぶち壊してやるって決めたんだ。
夜風がまた一段と強さを増す。
道も段々と開けてきつつあり、森の出口が近いのだろう。
「アル様、何か聞こえてきませんか?」
「これは、声? ――戦場が近いってことだ! 急ぐぞ!」
走る速度を上げ、森の出口を目指す。
走れば走るほど、金属音や声などが鮮明に聞こえてくる。
前方にやや明るい場所を見つけた俺は、全速力でそこ向かって駆ける。
その場所を抜けると、視界が一気に開けた。
俺の目に映ったのは、聖王軍とトゥルニカの兵士たちが戦っている戦場。
「着いたのか!?」
俺は思わず声を上げる。
その時、いつか聞いた事のあるような声が耳に入ってきた。
「ほう、まさかここにやってくるとはな」
「……え、どうし、て……?」
その声を聞いたセレーネが驚きの声を上げる。
俺は声の主の方を向く。
二角の角を持つ兜。煌びやかな鎧に、血塗られた長い剣。
そして、この胸を抉られるように痛みさえ感じるほどのオーラ。
そこに立っていたのは紛れもなく、エルフィリムにいた騎士――総指揮だった。
「流石は“再誕の勇者”と言うべきか。それとも――いや、そんなことはどうでもいいか」
「お前が、総指揮……!」
「ああ、そうだ。私の名前はギルヴァンス。この軍の総指揮を任せれている騎士だ」
ギルヴァンス。
その名前を聞いた瞬間、胸に何かが刺さるような痛みを覚えた。
一切聞き覚えのない名前のはずなのに、何故か知っているような感覚にみまわれる。
俺はゆっくりとエネレスを下ろすと、ギルヴァンスに体を向けた。
「それにしてもエネレス。貴様はそちら側に移ってしまったのか、非常に残念だ」
「っ……! わ、私はもうエネレスではありません! 私はセレーネ、勇者様を支える僧侶です!」
「ふむ、では貴様ら二人纏めて殺すとしよう」
その瞬間、辺りに何とも言えない邪悪な気配が漂う。
それがギルヴァンスの放った殺気だった事に気づいたのは、奴の斬撃が眼前に現れた時だった。
「ッ!?」
俺は突如目の前に現れた斬撃をギリギリのところでかわし、後方に距離を取った。
「ほう、これを避けるのか」
俺は慌ててセレーネの方を見る。
どうにかセレーネもさっきの斬撃をかわせていたようで、無事でいた事に安堵した。
「なんだよ、今のは」
「貴様はよく理解しているはずだが――まあいい。さあ、始めようじゃないか。せいぜい私を楽しませてくれよ?」
「……上等だ、お前を倒して戦争を終わらせてやる!」
俺は近くに落ちていた長剣を手に取り、腰を深く落として構えた。
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