第百十三譚 互いの覚悟


 海鳴りの地に、強い海風が吹いた。


 まるで、この場所だけ時が止まったかのような静けさが続く。

 俺も、相手も一言すら喋らない沈黙の時。


 その沈黙を破ったのは、彼女だった。


「……いつから、気付いていたのですか」


 その問いに、俺は後ろ髪を軽く搔きながら答える。


「恥ずかしながら気付いたのはついさっきなんだよ。よくよく――というか冷静に考えてみたらさ、なんかしっくりきちゃってさ」


 エネレスがセレーネだと気付いたのは北の戦場に着いてからだ。


 今までのセレーネの行動とエネレスの行動を照らし合わせてみると、驚くぐらいしっくりときてしまった。

 

 エルフィリム領で、夜中にセレーネが誰かと話していたという事も、エルフィリムを襲う手筈を確認していたから。俺に投降を勧めたのも、情が移ったから。

 武闘大会で出場しないと言ったのも、自分が『エネレス』として出場するから。

 決勝戦で俺と戦いたくないと言ったのも、自分だと気づかれたくなかったから。


 なにより、エネレスが見せた回復魔法は、セレーネの回復魔法じゃなきゃできないような回復力だった。

 武闘大会で見た回復魔法と思わせない、ムルモアへの完璧なタイミングのそれは、彼女にしかできないものだ。


「振り返ってみると、いろんなところにヒントはあったんだ。ただ俺が見落としてただけ……きっと認めたくなかったんだと思う」


 心のどこかでは、ずっとセレーネの事を疑っていたのかもしれない。

 そして、あの日セレーネがいなくなってから、真実に気付かないふりをしてここまで来てしまった。


「まさかお前が、って思ったさ。俺なんかと比べ物にならないくらい仲間想いだったお前がまさかって。だからこそ、信じたくなかったのかもしれないな」


 例え酷い傷を負っていても、他に少しでも傷ついた仲間がいたら治療する。

 そんな優しすぎた性格を持っていたのにだ。


「……でもな。俺はまだ、お前を信じてる」

「……え」


 その時、セレーネの口から小さな声が漏れた。

 よほど意外だったんだろう。俺がまだセレーネの事を信じているなんて事が。


 自分でも驚いてるさ。

 でも、そんなセレーネだからこそ、自分から望んでこんな事をやるとは思えないんだ。


「とりあえず、その変声機外したらどうだ? 違和感しかなくて、笑いそうになる」


 セレーネは喉元で何かを操作し、小さな魔道具を取り出した。


「へえ、それで声を男のものに変えてたのか。通りで気付かないわけだ」

「……全てお見通しというわけですか」


 セレーネの声が響く。


 やっぱりそうだったんだ。

 この声、声音。

 凛として、どこか安らぐようなこの声はまさしくセレーネだ。


「久しぶりに聞いたよ、お前の声も」

「…………」

「セレーネさ、あの日話したこと憶えてるか?」

「あの日……?」

「ああ、魔王に勝てるのかってお前が聞いてきた日の事だ」


 あれは、そう。俺がアルヴェリオとして初めてゴブリンを倒した日の夜の話だ。

 その日の夜、俺を倒した魔王にすら勝った聖王に勝てるのかと聞いてきた。


 でも、その時に言った。

 二度ある事は三度ある。三度目の正直っていう矛盾する言葉の意味を。

 それに対する俺の考えは――。

 

「運命は自分の手で切り開くものだって」

「……っ」

「お前がどうしてこんな事をしているのかはわからない。でも、これをお前が望んでやっているとは思えないんだ」


 その言葉に、セレーネは少しだけ下を向いた。

 だが、すぐに顔を上げて言葉を発する。


「いいえ! これは私が望んで行っている事です。私の使命は貴方の監視、及び抹殺でした! ずっと貴方たちを騙してきたのです!」

「………」

「騙されている貴方を見て、蔑んでいた! こんな、こんな適当な人を監視する意味はあるのかと。こんな綺麗事ばかりの人が、勇者なのかと!」

「つまり、お前は最初から俺が勇者の転生者だって気付いて近づいてたってわけか」

「そうです! 私は、私は貴方を……貴方を抹殺、するために行動してきたのです! 貴方を案じる行為もっ、行動も全てはこの時のためだったのですから!」


 セレーネの言葉が徐々に荒げる。

 兜のせいで表情が見えないが、セレーネの言ってる事が本心じゃないというのはわかる。


 あんな震えた声で叫ばれても、説得力無いって。


「……そっか、なら仕方ないな。俺もここに来るまでに覚悟は決めてたんだ」


 決めたはずだ。

 大切な人や支えてくれる人を守るって。

 そのためならどんな奴でも容赦はしないと。


「最後に一つだけ聞かせてくれ」


 ゆっくりと。言葉一つ一つを紡ぐように大事に問いかけた。


「今までの、俺たちとの日々は……お前が俺に言ってくれた言葉は本当に全部嘘だったのか?」

「っ……先程話した事が全てです。これ以上言葉を交わすつもりは、ありません……!」

「そうか、ありがとう」


 そう言って、俺は長剣を引き抜く。

 その間、俺の頭の中にはセレーネとの日々が走馬灯のように駆け巡っていた。


「俺は決めたんだ、俺自身の覚悟を。だから、ここで終わらせよう。エネレス・・・・

「……っ。ええ、その通りですね。私も……もう引くわけにはいかないのです!」

「俺の覚悟の為に――」

「私の信念を貫くために――!」


 俺は長剣を構え、エネレスに向かって跳び出した。


「いくぞ、エネレスッ!」

「来なさい、アルヴェリオ・エンデミアン!」


 次の瞬間、互いの決意が、武器に乗ってぶつかり合った。

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