第五十四譚 新生勇者一行
まだ太陽が隠れている早朝。
辺りが薄暗い中で、俺達は出発の準備を整えて“大樹通り”を歩いていた。
活気づいている普段とは違い、俺達以外誰もいないこの場所は静かだった。
「こんな感じの……つい最近王都であったよなぁ」
「ええ。ですが、あの時は王様がお見送りに来てくださっていたではないですか」
「今回は見送り無しかぁ……」
俺達はエルフィリムの入り口であり出口でもある橋を目指す。
「でも仲間は増えたよ?」
「……戦利品があっただけましか」
「その扱いは酷いと思うな!」
王都の時と違うのは、見送りがいないだけじゃない。
新しい仲間が加わったんだ。
エルフィリムの王子にして、元勇者パーティーの一人。
それがジウノス――改めグラジオラス。
昨日の夜、彼からとある相談を受けた。
それは、過去ではなく現在を――グラジオラスとして生きていきたいという彼の願い。
だから、俺達は古い名で呼ぶ事を止め、現在の名前で呼び合う事を決めた。
それだけ、ジオは今の人生を気に入ってるんだろう。
「まさかジオさんが共に来てくださるなんて思いませんでした」
「僕もつい先日までは思ってなかったんだけどね。心変わりってやつだよ」
俺もまさかこんな事になるなんて思いもしなかった。
ジオとアザレア。二人が転生者で、俺の元仲間だった事を知ったのは聖王軍を退けた日の夜。
アザレアと決闘をした後の事だった。
ナファセロがアザレアに転生してたって事でさえ頭が混乱してたのに、ジウノスがジオに転生してるなんて聞かされた時は頭がショートするかと思ったぐらいだ。
「まあ、何にせよこれから一緒に旅するんだ。改めて自己紹介でもしとくか?」
「いや、エルフィリムを出てからにしよう。僕は一応この国を黙って出ていくわけだしさ、途中で見つかったら困るからね」
本当に心配なんだけど、こいつ旅の途中で離脱しないよな?
もし、旅の途中で女に惚れて離脱しようもんなら縛り上げてでも連れ帰るからな。
俺は漁師の息子のように甘くないぞキ〇ファ。
「それもそうだな。名残惜しいけど、急いでこの国から出るか」
俺達は物音を立てずに、忍び足で目的地へと向かった。
□■□■□
「……もう少しだね」
ジオが少し寂しそうに言葉を発する。
ジオは妖精族だから、俺達よりも長く生きているため、エルフィリムに対する思い入れも強いんだろう。
たしか、死んですぐ転生したって聞いたから、五十年近くはここに住んでいる。
それなら情も沸くはずだ。
俺だって、そんなに住んでたら情が沸いて出ていく気なんて無くなる。
でも、ジオは違う。
この国が好きだからこそ、大切だからこそ、エルフィリムに住む妖精達の幸せを守るために出ていこうとしている。
随分と変わったよ、昔はこんな他人の為に何かをするって感じの奴じゃなかったのに。
もしかしたらジオも、形はどうであれ俺と同じように変わろうとしたのかな。
「お前も変わったんだな……」
「どうしたんだい?」
「いや、何でもない」
やっぱりジオは強いよ、俺なんかと違って。
俺なんか三度目の人生になってやっと本気で変わり始めてきたのに。
俺も頑張らなきゃな……。
「――見てください! 橋の上に誰かいます!」
セレーネが、まだ距離のある橋の方を指した。
俺達は目を凝らして橋をよく見てみる。
橋は少し霧がかっていて、はっきりとは見えないが、確かに人影の様なものは見える。
「……誰だ、あれ?」
シルエットだけでは誰だかはわからないが、微妙に体つきが女性らしい。
「気を引き締めて行こう」
ジオの言葉に、俺達は意を決して人影に向かって行った。
その人影に近づいて行くにつれ、徐々にシルエットがくっきりと見えるようになってくる。
長い耳にスッとした体つき。肩までかかる金色の髪に、大きくも小さくもない胸。
その堂々とした立ち姿は、かつての仲間を連想させた。
「ま、まさか……」
人影の予想がついたのか、ジオが驚愕の表情を見せる。
きっと、ジオが予想した人物は俺が予想してる人物と一緒だ。
だって、あんなに堂々と立つ女は一人しか知らない。
「随分と遅かったじゃない! 待ちくたびれたわ!」
「何で君がここに居るんだい――アザレア」
霧の中から現れたのは一人の少女。
かつての仲間であり、エルフィリムの王女にして次代女王。
アザレアだ。
どうして俺達が今日立つって知ってたのか気になるし、見送りに来たって訳じゃなさそうだ。
「その荷物はどうしたんだ? これからピクニックにでも行くのか?」
「行かないわよ! この荷物はこれから必要になるであろう物を持ってきたのよ。それじゃ、さっさと行きましょ」
アザレアは大きめのバッグを背負って、橋の向こうへ歩き始める。
その時、ジオが強めの声を放った。
「アザレア――」
「アンタは黙ってて!!」
しかし、そんなジオの声はアザレアの言葉によってかき消される。
「……なんで、なんで黙って行こうとするのよ!! なんでアタシを置いていこうとするのよ!! アタシが弱いから!? 仲間一人助けられなかったから!?」
アザレアの怒声が、辺りに響き渡る。
「もう、仲間と離れるのはイヤなのよ!! アタシは、アタシは……!!」
「アザレア!!」
俺はアザレアのもとに向かって走り出し、肩を掴んでこっちを振り向かせた。
振り向かせた彼女は今にも泣きそうに不安そうな表情だった。
「黙って出て行こうとしたのは謝る! でも、それはお前が弱いからとか足手まといだとか思ってたからじゃない!」
「じゃあ何だっていうんだよ……!! アタシは……! 弱いままでいたくないんだよ……! アンタらを……仲間を今度こそ守らせてくれよ……!!」
アザレアの瞳が潤む。
いつの間にか素が出るほどに、アザレアは感情的になっていた。
アザレアはずっと、後悔してきたんだ。あの時、俺達を守れなかったことを。
俺達はそんなこと気にしていないのに。一人で悩んでたんだ。
「お前はこの国の王女で――ああ、もう!! アザレア! お前はこの瞬間! 俺に誘拐された! いいな!」
「……へ……?」
「誘拐されたお前は俺達と一緒に来るしかない! 言っておくけどお前に拒否権はないからな!」
俺の言葉に、アザレアを始め、ジオ達も驚きを隠せずに素っ頓狂な声を上げた。
「なっ! アルヴェリオ!? 君は何言って――」
「お黙り盗人C! お前も共犯者だからな!」
「アル様……」
そうだよ。決めたじゃないか。
後悔しないように生きるって。
このままアザレアと黙って別れてたら、確実に後悔してた。
本当は、望んでたんだ。アザレアとジオとこれからも一緒に旅したいって。
どちらか一人でも欠けたらいけない。二人と、セレーネとこれからも旅したいって。
「リヴァ……本当に……? 本当にアタシも……連れてってくれるの……?」
「……ああ、昔みたいに強くて弄りがいのあるやつに守ってもらわないと困るからな」
その瞬間、彼女の中の何かが切れ、小さな声を上げて涙を流し始めた。
「ちょっ! は!? お前、え!?」
「ばかぁぁぁぁ……! リヴァのばかぁぁぁぁ……!!」
俺は初めて見る彼女の姿に、どうしたらいいか分からずにオロオロしていた。
「はあ……。アルヴェリオ、君って本当に……」
「ええ。アル様は
「ちょっと!? どういう意味ですかねそれ!?」
「ふふっ、何でもありませんよ」
こうして、俺達はジオとアザレアという王族二人を仲間に加え、エルフィリムを後にした。
これより数時間後、王族二人の置手紙が見つかり国中大騒ぎになるのだが、女王は何も言わず、ただ嬉しそうに空を見上げたというのはまた別の話だ。
二章 妖精達の合奏曲 終
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