第三十六譚 兄の威厳
□――――エルフィリム領:???
深い森の中で、一人の若い騎士が怠そうにため息を吐く。
「なぜ我々が動かねばならんのですか……」
その若い騎士の隣に立つ老騎士は、遠くを見つめながら答える。
「仕方があるまい。
「はあ……本当に我らが王には困ったものですよ……」
「貴様、それが王に対する侮辱ならば斬るぞ」
その言葉に、若い騎士はゆっくりと首を横に振って否定する。
「ふん……しかし、確かにこれはいささかどうかとは思うがな」
老騎士は静かに後方を向く。
彼等の後ろには、完全武装した兵士達が森を埋め尽くしていた。
「まさか五万の勢力で滅ぼせとは、王も慈悲深いお方だ。私であればこれの二倍は用意しますよ」
「貴様は中々に狂っているな」
高笑う彼等は、進軍のペースを少しだけ上げる。
「む、そうだ。あの者に連絡は入れたのか?
「伝達兵を向かわせていますよ。まあ、連絡が無くともあれは動くと思いますが」
ここはエルフィリム領の東。
太古の昔に使われていたという転移魔法陣がある場所。
「ふむ、では行こう。彼等を滅ばすために」
現在はその使用方法は不明で、この世界において転移魔法を扱える者は一人もいない。
そう、この世界だけならば。
「――
謎の騎士達――およそ五万人。
エルフィリム向けて進軍を開始したのは、魔物達に襲われる六日前の事である。
□――――フェアリーレイク:エルフィリム入り口前【グラジオラスside】
「アドニス! 無事かい!?」
「はっはっはっ! このアドニス! まだまだ戦えますぞ!」
母様との謁見から数十分。
僕はアドニスのもとに戻ってきた。
やはり、母様と側近たちの間でもめていて、高位妖精がどうだとか妖精がなんだという話をしていた。
側近たちの中には、妖精から成りあがって高位妖精になった者もいるため、意見は真っ二つに割れていた。
妖精達を戦わせている隙に態勢を立て直すことを進言する派か、全員が協力してこの状況を打破する派。
勿論、母様は後者の意見に賛成だった。
僕が場を治めようとしても、意見がまとまる事はなかった。
だけど、そんな時だ。
通信魔法で彼女の声が聞こえたのは。
――テメエが高位妖精だか妖精だかなんて関係ねえだろ!? 今の状況考えろタコ! あァ!? 今は種族内でもめてる場合じゃねえだろ!? 一つになんなきゃいけねえんだよ!!――
彼女が通信魔法を切り忘れていたのか、それとも意図的にエルフィリム全員に発したのかはわからないが、その言葉によって場は落ち着いた。
皆の意見が、全員で協力する事に決まったんだ。
高位妖精でも妖精でも関係ない。
全くその通りだと思う。
その時、僕は思った。
アザレアは流石だ、と。彼女は変わってないんだなって。
彼女は普段脳筋だけど、いざという時は本当に頼りになる。
「僕はこれから東側に向かう! ここを任せる形になるけどいいかい!?」
「勿論ですとも! 王子は東側の者達を助けてやってくだされ!」
アドニスは魔物を斬りつけながら、高らかに笑って余裕を見せる。
「ああ、頼むよ!」
アザレアばかりに手柄をとられるわけにはいかない。
兄の威厳ってものがあるからね。
今度は僕が美味しい所をいただく番だ。
□■□■□
東側に着いた僕は、指揮を執る者のもとに急ぐ。
ここは他の戦場とは比較的被害が少ない。
魔物達の数も他よりも少ないためか、激しい戦闘が起こっていないんだ。
「ここの指揮を執っているのは誰だい!?」
僕は東側の本陣で大声を出す。
「俺です、グラジオラス王子」
「ウェスティリア卿! 君がここを指揮していたのかい!」
侯爵の一人である、ウェスティリア・フィリス・フィーリルキニア卿。
彼は若くして侯爵の位にまでなった天才で、いずれは最年少で公爵になると名高い男だ。
正義感溢れ心優しく、僕の幼馴染でもある。
「ここの状況はどうだい?」
「こっちは比較的順調ですね。被害もそれほどじゃないですし」
そう答えたウェスティリア卿は、周りの兵達に作戦を伝える。
ここは僕がいなくても大丈夫そうだ。
ならば、支援に向かうとするなら西側か?
「でも、一つ気になる事があってですね、魔物達の様子がおかしいんですよ」
「おかしいというと?」
「何というか、上手く言い表せないんですが、何かを待ってるように時間稼ぎのような行動をとる時があるんですよ。ほら、アレみたいなやつです」
僕はウェスティリア卿の指さす方向を注目する。
彼が指さした場所では、ゴブリン種が集まってじっと止まったまま動いていなかった。
動いたかと思えば、すぐに数歩後ろに下がって何かを待つように立ち止まる。
確かに、奇妙な動きをする。
一体何がしたいんだ?
「何を企んでいるのかわからないので、迂闊に攻撃できないんですよね」
「うん、難しい所だね……。でも、ここは――」
その時、僕の耳にある音が聞こえてきた。
聞こえてきた音に耳を澄まし、その方向をじっと見つめる。
「グラジオラス王子? どうしたんですか?」
「静かに……!」
森の奥から聞こえてくる音は、だんだんと近づいてくる。
複数の魔物達の音。
その中に混じる、異様な音。
叫び声……魔物の、というよりは人に近い……。
「まさか――!」
僕が叫ぼうとした瞬間。森の中から数十頭の魔物達が現れる。
しかし、その中に混じっていたのは、一人の人間。
「くっそぉおお!! ついて来るなよ! 何!? お前等って俺のファンか何かなの!? 勘弁してくれそっちの気はないんだよ!!」
「アルヴェリオ……!!」
生きていたんだ。やっぱり。
信じていたよ、君は帰ってくると。
君は、
「いい加減に……っ! 諦めろ!!」
アルヴェリオは急に立ち止まり、反転しながら魔物を斬りつけていった。
その動きに無駄はなく、剣舞のような美しさを感じる。
向かってくる魔物を一撃で仕留め、飛び回るように斬っていく。
「も、もう三万は斬ったろ……! こ、こっちの体力、考えてくれ……!」
聞こえてきた言葉に、僕は目を見開いて驚く。
この、たった数時間で三万の魔物を斬ったというのかい……?
ただ斬るという行為だけで三万も……?
「一体君は……何者なんだい……?」
僕の言葉は、風と共に流れて消えていった。
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